〈mærge〉柴田秀之シェフが挑む「美食経済圏」の構築【未来を拓くクラフトマンシップ Vol.2】

〈mærge〉柴田秀之シェフが挑む「美食経済圏」の構築【未来を拓くクラフトマンシップ Vol.2】

逆境に負けず、窮地を飛躍へのチャンスと捉えて前に進む。そのポジティブな姿勢が「今は毎日が幸せ」と語る柴田シェフの原動力となっている。チーム・マージの夢は、始まったばかりだ。 Jan Buus
Hideyuki Shibata/mærge
柴田秀之(フレンチシェフ)
スペインのバスク地方に位置する美食の街サン・セバスチャン。ガストロエコノミックを体現するこの街のように、食文化を基柱としたエコシステムの実現を目指す柴田秀之シェフ。食を通じて経済を循環させ、活性化させる。未来を見据えた新しい取り組みを語ってもらった。
三つ星の先に見据える、世界を変えるエコシステム
「将来的には、サン・セバスチャンを創りたいんです」。目を輝かせながらそう言い放ったマージの柴田秀之シェフ。昨年6月、南青山にオープンしたフランス料理店「マージ」のオーナーシェフだ。 その柴田シェフが料理人を目指したのは中学生のとき。既に高校の卒業アルバムには「東京の僕のフレンチレストランに食べにきてください」と書いていたそうだから、まさに初志貫徹。意志の強さはさすがというべきだろう。高校を卒業後、北海道北見市から上京し、恵比寿の「レストランモナリザ」で修業を積み、渡仏。帰国後の2016年に独立し、白金台に「ラ クレリエール」をオープンする。伝統のフレンチに現代的な解釈を加えた彼の料理は、瞬く間にグルマンたちの注視の的となり、開店2年目でミシュランの一つ星を獲得する。 全ては順風満帆に運んでいた2020年、未曾有のパンデミックが世界を震撼させた。しかし、そのコロナ禍にあって、柴田シェフは突如SNSで“ミシュランの三つ星を取る”と明言する。唐突な宣言とも思えるなか、その裏には柴田シェフ自身の静かな心の変化があった。それはある意味“目覚め”といってもいいかもしれない。 料理人としての仕事をより大局的に考え、食を取りまく環境全体の在り方を鑑みる。そして自分はレストランのオーナーシェフとしていかにあるべきか、何をなすべきかを熟慮した結果、芽生えたのが“世界一のレストランカンパニーを目ざす” という新たな使命。その第一歩が“ミシュランの三つ星”であり、新たなフェーズへのファーストステップでもあった。
100年続くメゾンと、名もなき食材への光
興味を持つと、ガンガン突き進んでいくタイプと自らを評する柴田シェフ。2024年に「ラ クレリエール」を閉め、1年間の充電期間を設け、日本や世界各地を巡る旅に出た。食材の産地を訪ねては生産者の声に耳を傾け、自らの目で確かめるためだ。また、デンマークの「ノーマ」やペルーの「セントラル」などなど、今後のビジネスモデルになりそうな世界のレストランを見て歩き、思い描くレストランづくりへの糧とした。そして、100年続くメゾンを目標に誕生したのがここ「mærge マージ」だ。中国古代の自然哲学、五行をテーマとした店内は、木と土のぬくもりが伝わるシンプルかつ静謐な空間。店名はフランス語の「marge(余白、額縁)」と英語の「merge(融合)」をかけ合わせた造語で、その名が示すとおり“名もない食材に額縁をかけ、食材と食べ手の新しい関係をつなぐ”ことを目指す。例えば、川魚の“鮠(はや)”といったこれまでファインダイニングでは振り向かれることのなかった食材にスポットを当て、レストランにふさわしい逸品に仕上げる。このような従来の固定観念に囚われることなく日本の食材を見つめ直し、その可能性を突き詰めていく。それと同時に、産卵を終え本来は使用されない親鶏を活用したアミューズ「荒間鶏のバロチンヌ」を考案するなど、SDGsへの取り組みにも積極的だ。

シグニチャーメニューの「キスのクレープ 黒トリュフとバニラ風味」。 Masahiro Goda
全11品ほどが登場するコースは、華麗でありながら素材感を殺すことなく、豊かな味のハーモニーを楽しませてくれる。昨今のフレンチではほとんど見かけなくなったゲリドンサービスといったエンターテインメント性も、空間、料理と共に三つ星を狙ううえで欠かせぬ要素だろう。

柴田シェフが熱く語る。「あと5年のうちにミシュランの三つ星をとって世界に打って出る。そして10年後までには複合施設に出店する。ここまでが、今、『マージ』が目指している動きです」。では、最終的なゴールであるコンセプトシティは東京に?という問いに「いえ、東京、少なくとも23区内は考えていません。もっと大きな視野で日本全体を見据えたい」との返事が返ってきた。
現在、そのために時間を作っては地方に赴き、生産者とのつながりを深め、全国的なネットワークを築くためのハブを各地に造ろうとしている。目下のところ、島原、伊豆大島、三重、余市、旭川などに創設中だという。生産者と料理人が連携し、地産地消の循環を実現させた美食経済圏を創り出す。これが柴田シェフの志すエコシステムであり、冒頭の言葉につながっていくわけだ。そこには生産者を守りたいとの確固たる思いが深く根付いている。

無駄のない厨房スタッフの動きを目の当たりにしながら、珠玉の料理を楽しめるダイレクトキッチン(シェフズテーブル)はわずか4席のプレミアムシート。五感で味わう臨場感もご馳走だ。 Masahiro Goda
一方で未来を見据え、シェフが運営する「nuage ニュアージュ」(元「ラ クレリエール」)では子どもたちに対し食育的な活動も行っている。令和の今、優れた料理人は少なからず未来を見据えている。食材保護を踏まえて環境に配慮した食材への向き合い方は、もはや常識だ。
だが、より組識化したシステムを設け長い視野の下での実現を志す。こうした柴田シェフのチャレンジは、これからの料理人の一つの在り方を示唆しているといえるかもしれない。

アッシュカラーを基調とする店内は、“完結しない美”をテーマに構成。自然素材でまとめた空間は、シンプルでいて洗練されている。 Masahiro Goda
◇「mærge」概要
東京都港区南青山3-8-14 VORT南青山III 1F
Hideyuki Shibata
柴田秀之/北海道出身。「モナリザ」での修業後、渡仏。帰国後の2016年に白金台「ラ クレリエール」を開業し、2年目でミシュラン一つ星を獲得。2024年の1年間の世界行脚を経て昨年「マージ」をオープン。料理人の枠を超え、生産者と連携した「美食経済圏」の構築に挑む気鋭の起業家。
※雑誌『Esquire Japan』2026年4月号より転載
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