日本と大違い、中東「ドーハ」鉄道システムの全貌

カタールの首都ドーハのメトロは日本製車両が運行(筆者撮影)
カタールは非常に安全な国だったが…
中東湾岸諸国、とくにドバイやアブダビのあるアラブ首長国連邦やカタールは世界でもトップクラスの安全な国として知られ、日本からの直行便もある。元々はヨーロッパなどへの中継地の役割が大きかったが、現在は観光やリゾートの地としても人気となっていた。ところが、今回のアメリカのイランへの軍事作戦により、イランのミサイルが中東湾岸諸国に向けられることとなってしまった。湾岸諸国にはアメリカ軍の基地がある。カタールの首都ドーハの空港も閉鎖され、日本からの便も欠航が続いた。
【写真はこちら】▶どんな車両が走っている?▶中東カタールの首都ドーハを走る日本製のメトロ車両▶無人運転で「ファミリー室」はセミクロスシート▶「ゴールドクラブ」という1等室は豪華なロングシート▶「展望座席」には肘掛もある
脚光を浴びていたはずのこれらの地は、一瞬にして危険地域になってしまった。日本の外務省が出す海外安全情報でも、これら地は「危険情報なし」から、一挙に危険レベル3の「渡航中止勧告」となった。筆者はたまたま2026年1月、カタールに1週間ほど滞在していたが、そのわずか1~2カ月後に、このようなことになるなどまったく予想できなかった。カタールは評判通り安全で、平和な空気が流れる地だったのである。
カタールはアラビア半島の大半を占めるサウジアラビアからちょこんと突き出た部分、面積は東京、埼玉、千葉を合わせたくらいの小国で、国土のほとんどは砂漠である。そんな砂漠の中のオアシスのような都市が首都ドーハだ。
石油のほか天然ガスで潤うが、すぐそばのアラブ首長国連邦同様、資源はいずれ枯渇するということから、観光、金融、航空などに力を入れ、衛星テレビ局アルジャジーラで知られる。
2019年開業、日本製のメトロ
ドーハでは2019年、メトロがカタール初の鉄道として開業した。2022年のFIFAワールドカップに間に合わせるべく3路線が開業、最も基幹となるレッドラインの北の終点ルサイルが、FIFAワールドカップ決勝戦が行われた競技場のあるところだ。
信号システムはフランス製ながら、日本が建設、車両も日本製である(近畿車両)。標準軌の第三軌条方式、概ね地下区間、郊外では高架となる。全駅ホームドア完備、無人運転である。
3路線はレッドライン、グリーンライン、ゴールドラインと名付けられているが、車両は同じでラインカラーは施されていない。レッドラインのみ南側で2方向に分かれ、一方の終点はハマド国際空港、空港アクセス鉄道も兼ねている。市内中心部から空港まで所要時間15分程と便利である。将来的にはもう1路線計画中だ。
運転時間は日本とほぼ同じだが、イスラムの休日にあたる金曜日は要注意で、メトロは9時以前、後述するトラムに至っては、14時以前は運休となる。
3両編成、2両は普通車に相当するスタンダード、1両は半室が「ゴールドクラブ」という1等室、残り半室がファミリー向けになっていて、ファミリー室は子供連れの他、女性専用車的に利用されていた。ファミリー室はセミクロスシート、その他はロングシートで、両端の先頭車展望席は前を向いたクロスシートである。無人運転なので運転台はない。3両編成と短いが、ホームは6両編成の長さがあり、混雑時は2本連結した6両編成での運転もあるようだ。

「ゴールドクラブ」という1等室は豪華なロングシート(筆者撮影)
運賃は1回利用が90分以内で2カタールリヤル(100円弱:実際にクレジットカードから引き落とされた額、以下同)、筆者は2026年1月に7日間滞在し、毎日1日券を利用、スタンダード6カタールリヤル(268円)、1日だけは「ゴールドクラブ」30カタールリヤル(1352円)を利用した。「ゴールドクラブ」でもそれほど高くないが、スタンダードが格安なので、「ゴールドクラブ」はいつもガラガラであった。「ゴールドクラブ」はスタンダードの5倍の運賃だが、スタンダードでも通勤時間帯以外は楽に座れる。
この料金でハマド国際空港もカバーしているので、世界でも最も格安な空港アクセス鉄道ではないかと思う。切符は後述するトラムにも有効なので、公共交通はかなり格安だ。
全駅にエスカレーターとエレベーター完備、それらは必ず地上階まで達していて、階段を登る必要がない。全駅にトイレとイスラム教徒用のお祈り部屋、券売機とともに有人窓口、主要駅には飲料やスナックの自販機とATM、コンビニもあった。
施設が充実しているだけでなく、それらがきちんと稼働していることが大切である。2025年10月7日付記事(リスボン観光の象徴「ケーブルカー事故」なぜ起きた)でも述べたが、海外では、エスカレーターがあっても故障で動いていないことがある。
その点、ドーハではすべての施設が稼働していた。トイレもトイレットペーパーやペーパータオルを切らさないよう管理され、ハンドドライヤーも稼働してないものはなかった。トイレの壁には日本同様にチェックした日付、時間、サインがあったが、おそらく日本式を取り入れたのではないだろうか。駅にはゴミ箱が設置され、日本より便利な部分もある。
先進的なトラム3路線がメトロを補完
ドーハにはメトロを補完するようにトラムが3路線ある。北部のルサイルトラム、西部のエデュケーションシティトラム、そして中心街のムシェイレブトラムである。それぞれの路線は独立しており、システムもかなり異なる。
北部のルサイルトラムはフランス製の5連接車で地下区間、地上の専用軌道、および道路上の併用軌道を運行する。車両がトラムというだけで運行形態はメトロに近い。メトロは改札口があるのに対し、ルサイルトラムは車内にある機械に切符をタッチする信用乗車式である。
ルサイルトラムの特徴は集電方法で、地下区間ではパンタグラフ、地上ではレールとレールの間に敷設された第三軌条から集電する。しかし、一般的な第三軌条ではなく、列車の長さほどのセクションごとになっていて、列車が通過するときだけ通電する。併用軌道も走行するが、人がそこを踏んでも感電しない。フランスのアルストムが開発した最新式のシステムである。
地下区間のパンタグラフに対して地上区間で第三軌条なのは景観維持が目的である。フランス、オーストラリア、アラブ首長国連邦などでも採用されている。
西部にあるのはエデュケーションシティトラムで、学園都市線といったところ。ドイツ製3連接車で運行、専用軌道、路面、高架区間がある。こちらは充電式で、やはり架線がない。充電式トラムは台湾、中国などでも採用、近年開業したトラムでは珍しくない。

エデュケーションシティトラムも架線のない充電式でドイツ製(筆者撮影)
ムシェイレブトラムは中心街を運行する。ムシェイレブは3路線あるメトロがすべて交差、東京でいえば大手町のようなところだ。ムシェイレブトラムは1周が約2kmの環状運転。単線で、反時計回りの巡回路線、運賃無料である。進行方向が決まっているので運転席は片側にしかなく、反対側は展望席になっている。この路線も架線がなく、アメリカ製の水素電池車両を使い、最高時速20kmで運転する。
トラム3路線は日本では見られない架線のないタイプで、さながら最新トラムの見本市である。エネルギーに困ることがないであろう資源大国が、環境にやさしい動力源を実用化している。架線がないのは景観にとってプラスのはずだが、日本はそもそも電信柱の地中化すら進んでおらず、景観への配慮も着目してほしいものである。
運賃が格安な理由
メトロ3路線とトラム3路線が主要地、観光スポット、大型ショッピングモール、マリーナ地区、リゾートがあるカタラ地区、空港などをうまくカバーしているのでタクシーやライドシェアを利用する必要はなかった。カナートカルティエというイタリアのヴェネチアを模した地区へはバスを利用する必要があるが、メトロリンクというメトロと接続するバスがある。これらの交通機関の1日券が日本円で300円以下というのはうれしい。

トラムもメトロの1日券がそのまま有効(筆者撮影)
利用者の多くはカタールで働く外国人である。カタールに住むカタール人の割合は約10%に過ぎず、カタールは車社会である。メトロ開業から約6年、公共交通機関を利用するのは人口の90%を占める外国人労働者で、多くはインド、ネパール、スリランカ、パキスタン、バングラデシュ人で占められる。駅のスタッフもインド系の人が大勢を占めていた。
運賃が格安なのは、こういった海外からの労働者に合わせたものなのかもしれない。現地の人や観光客用のレストランは日本より高額だが、インド系の庶民の食堂は日本よりかなり格安だった。すぐ近くのアラブ首長国連邦ドバイは「世界中の富裕層が集まる」といわれ、物価が高そうに思えるが、人口の90%が海外からの労働者なので、意外と庶民の店は物価が安い。
おそらくメトロやトラムの建設費用に対して、運賃が格安なので、何年先に黒字になる予定なのかわからないが、オイルマネーで潤う国なので、先行投資として交通インフラを充実させ、都市の価値を高め、いい循環へ持って行こうというのだろう。
対照的に日本はバスだけでなく、運転士不足から鉄道が減便、長崎では路面電車の1系統が運休となるなど、全体的に縮小の方向を余儀なくされている。日本にとっては深刻な問題だが、世界全体から見るとローカルな事情といわざるを得ないのも事実である。カタールの都市交通を利用していると、日本も世界各国のさまざまな施策などを参考にし、これからの公共交通を考えていく姿勢も必要と感じた。
路線バスはほぼ中国製
こんなドーハの公共交通であるが、路線バスは主要地を循環する観光バスを除くとほぼ中国製充電式電気車両である。バスターミナルでは充電するバスの光景が見られる。

バスターミナルにはバスの充電設備がある(筆者撮影)
日本では大阪・関西万博用に導入の、中身がほぼ中国製という日本製充電式電気車両が粗悪品だったと問題になっているが、それは日本側の導入経緯がお粗末だった話で、中国の充電式車両は世界で定評があり、ヨーロッパ各国でも採用されている。
鉄道の建設を日本が行い、バスは安価であろう中国製。バスは気に入らなければドイツ製などへ更新することは容易だが、駅や高架はそう簡単に取り換えられない。そういう意味でカタールは賢い選択をしたように感じる。