【横須賀】100年後のヴィンテージを作る 横地広海知さんのスーベニアジャケット

スカジャン以前の物語「ペイント・カスタム」, 魂を射抜く「瞳」のリアリズム, スカジャン柄デザイナー横地 広海知(よこち ひろみち)さん, 「デザインとは、問題解決のプロセスである」, 「今どきスカジャンなんて」, 「もし現代に、スカジャン黎明期の職人がいたら」

【横須賀】100年後のヴィンテージを作る 横地広海知さんのスーベニアジャケット

横須賀の「スカジャン」と聞いて思い浮かべるのは、派手な刺繍が入ったジャケットでしょう。しかし、スカジャン柄デザイナー横地広海知さんが手がけるのは、それよりもさらに古い時代、刺繍が定着する以前の「第1世代のスーベニアジャケット」です。

スカジャン以前の物語「ペイント・カスタム」

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店内に足を踏み入れた瞬間、その「視線」に釘付けになります。 横地さんが手がける作品の中でも、特に異彩を放っているのが、1940年代のヴィンテージジャケットに直接描かれた一点物のアートです。

第二次世界大戦中、兵士たちは自分のフライトジャケットや制服に、所属部隊や駐留地の名をペンキで描く「ペイント・カスタム」を行っていました。これが、スカジャンの原点。しかし、現存する当時のペイント作品は極めて稀で、横地さんが8万点ほどのお土産品を調査しても、市場に出ていたのはたった1点だけだったそう。「ないなら、作るしかない」。 失われた文化を現代に蘇らせるため、希少な1940年代のヴィンテージジャケットを自ら調達し、そこに手描きでペイントを施して販売しています。

魂を射抜く「瞳」のリアリズム

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さらに見せてくれたのは、背中に描かれた馬の絵。その瞳は、まるで生きているかのように濡れ、光を宿し、見る者の心を見透かすような透明感を湛えています。デジタル全盛の時代にあって、横地さんはあえて絵の具、アクリルガッシュを手に取り、一本一本、筆を走らせています。

「デジタルで絵を描くときは、『レイヤー(層)』を重ねて表現しますよね。アナログでも、それは同じだと思ったんです。色をどんな順番で、どこに重ねれば、その表情が生まれるのか」

デジタルの感覚で構築し、アナログの筆で描き出す。その独自のプロセスが、毛並みのふわふわとした質感や、奥行きのある色彩を生み出し、時を重ねた布地に、鮮やかな生命感を焼き付けていきます。

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店内のヴィンテージジャケットの中から一着を選び、「これに描いてほしい」とオーダーすることもできます。その時間は、かつて米兵たちが胸を躍らせながら、自分だけの一着を作った体験をなぞるよう。ジャケットの価格は20万円前後から。ヴィンテージが持つ物語に、世界にひとつだけのアートが重なるからこその価値です。スカジャンのオーダーも受け付けていて、フロントとバックのデザイン込みで15万円(税別)からです。

スカジャン柄デザイナー横地 広海知(よこち ひろみち)さん

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スカジャン柄デザイナー・横地広海知さんは、2008年、27歳のときに東京から横須賀へ移住しました。ライフワークとして取り組んでいるのは、スカジャン黎明期である1940〜50年代の「伝統柄」と呼ばれるタッチの復興です。現在は「スカジャン発祥の地」とされるドブ板通り商店街振興組合の副理事長も務め、文化としてのスカジャンを次世代へとつなぐ役割を担っています。

多くの人が鎌倉のようにブランド化された街を選ぶなかで、横地さんが惹かれたのは、横須賀に残された「余白」でした。「名前は有名だけれど、誰も中身を知らない街」。駅ビルを中心とした画一的な再開発が進まず、戦後の風景やカルチャーが今も息づいている。その未完成さの中にこそ、物語を紡いでいける可能性を見出しました。

「デザインとは、問題解決のプロセスである」

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横地さんの原点は、大学院での心理学研究にあります。 画家の息子として生まれ、元来モノ作りが好きだった横地さんは、神戸大学大学院に進学、そこで恩師である長坂一郎教授の下で論理学と「デザイン論」を学びました(専門は実験心理学の推論分野)。

教授の教えは、「デザインとは前提から結論を導く『問題解決のプロセス』である」というもの。例えば、「川を渡る」という課題に対し、橋を架けるのか、船を作るのかを設計することこそがデザインの本質です。 机上の研究にとどまらず、この理論を実社会で証明したいと考えた横地さんは、研究室を飛び出し、クリエイターとしての道を歩み始めました。

「今どきスカジャンなんて」

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「私はずっと、ドブ板の“推し活”をしているだけなんです」そう話す横地さんは、どこか照れたように笑います。しかし、その歩みは決して平坦なものではありませんでした。スカジャン柄デザイナーとして活動を始めた当初、周囲の反応は冷ややかだったといいます。「スカジャンをやっています」と自己紹介すれば、「今どきスカジャンなんて、誰も着ないですよね」と返されることも。「もう辞めようと思ったこともあります。価値が伝わらないまま続けることで、かえってスカジャンの評価を下げてしまうのではないかと悩みました」

転機が訪れたのは、横地さんの常軌を逸するほどの情熱が、少しずつ外の世界を動かし始めた頃でした。有名メーカーとのコラボレーション、メディアでの注目。かつて「誰も着ない」と言われたスカジャンは、再び街の主役として光を放ち始めます。「自分がここにいるからドブ板が活性化した、なんてことは正直わかりません。でも、ドブ板の良さをもっと多くの人に知ってほしい。その気持ちだけで続けています」

「もし現代に、スカジャン黎明期の職人がいたら」

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2025年11月、スーベニアショップ「ICHI 横須賀本店」をオープンしました。零から一を生み出す覚悟と戦後の横須賀への敬意。揺るがない美学と世界を目指す夢。そのすべてが、「ICHI」という名に込められています。

ふと街を見渡せば、スカジャンやTシャツ、路上のマンホールに至るまで、横地さんの描くデザインが街の風景に溶け込んでいます。街を変えるのは、いつだって誰かの「これが好きだ」という、震えるような情熱です。その純粋な熱が、冷え切った日常を温め、訪れる人の心に「この街が好きだ」という新しい火を灯します。人々が横地さんの作品を求めるのは、「横地広海知」という一人の人間が紡ぐ、その「熱」を分かち合いたいと願うからです。

過去の記憶と未来の夢が交差する、この場所だけの静かな熱狂があります。 ぜひ、扉を開けてみてください。そして、あなたの魂と深く、強く共鳴する「唯一無二」の一着を見つけてください。その瞬間、あなたの人生という物語もまた、新しく動き出すはずです。

取材日 2025/12/17

※掲載されている商品・情報は取材時点のものであり、変更される場合がありますのでご了承ください。

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