「お前の代わりはいくらでもいる」――年収450万円でバスドライバーを担う限界! 関東バス“スト回避”が映す専門職軽視の社会構造

赤字常態化の構造

 日本の路線バスは、いま制度、市場、労働の三つの側面から同時に強い負担を受けている。事業者の99.6%が赤字という事実は、これまでのやり方が成り立たなくなっている状況を示している。

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 路線バスは観光用や高速バスと異なり、決められた時刻どおりに運行する必要があるため、効率を高めにくい。人件費や燃料費を削る取り組みも限界に近づき、行政による支えも十分とはいえない。このようななかで、「2024年問題」により労働時間の上限が厳しくなり、人手不足を理由に路線を廃止する動きが現実となった。

 現場では平均年齢が53歳から55歳に達し、年収450万円から470万円という水準は、長い時間働くことを前提にしても低い水準にとどまっている。日本バス協会が2030年に3万6000人の不足を見込んでいるのは、この仕事に人が集まりにくくなっている現状の反映だといえる。

 この状況は、規制が急に引き起こしたものではない。むしろ、労働者に負担の大きい働き方を前提にし、その結果として必要となる安全のための費用を十分に負担してこなかった、これまでの慣行が続けられなくなったことを示しているだろう。規制が崩れの原因なのか、それともこれまで見えにくかった問題を明らかにしたにすぎないのか、いま改めて問われている。

供給制約をめぐる見方

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路線バスのイメージ(画像:写真AC)

 路線バスの現状をどう見るか――議論のわかれ目は、いまの危機を

・一時的な制度の制約と見るか

・長く積み重なった仕組みの行き詰まりと見るか

にある。

 一方の見方は、働き方の制限が供給を抑えたとする。平均53歳から55歳のドライバーが支える現場で、2024年からの労働時間の上限は、運行を続ける力を弱めた。若い人の確保が難しいなかで、大型二種免許の取得条件を19歳以上へ緩めても、不足は続いている。この立場では、政策の変化が減便や廃止の直接の要因とされ、制限の緩和や人手の確保が対応策になる。

 もう一方の見方は、

「経営のあり方」

に根本の問題があるとする。年収450万円から470万円という水準は、これまで長い残業を前提にしてようやく保たれてきた。1985(昭和60)年以降、利用者が各地で減り続けるなかで、経営側は人への投資を十分に行わず、現場の働き手に負担をかけることでしのいできた。働く人を大切にせず、その技能を使い捨てる形で続いてきた仕組みが、法の制約の下では維持できなくなっている。今回の制限は、積み重なってきた無理を表に出したものにほかならない。この対立は、

・目の前の不足に目を向けるか

・長い年月にわたる経営の積み重ねに目を向けるか

という、見る時間の長さの違いから生じている。一方は規制を障害と捉え、もう一方は経営が労働市場での力を失っていた現実に、改めて向き合うことになったと考えているだろう。

待遇水準と現場の高齢化

 これまでバス事業者は、ドライバーを育てるべき大切な人材ではなく、削る対象の費用として扱ってきた。現場の平均年齢が53歳から55歳に達し、高齢化が進み続けている状況は、人材を大切にせず使い続けてきた結果にほかならない。

 年収450万円から470万円という水準は、他の産業と比べても高いとはいえず、将来への期待を持ちにくい状況にある。にもかかわらず経営側は、ドライバーの専門性を十分に重視せず、「二種免許さえあれば誰でも代替可能」という考え方を大きく改めてこなかった。

 こうした現場への軽視は、すでに机上の議論ではなく、都市インフラを揺るがす現実的なリスクとして表面化している。2026年3月27日、東京・中野区や杉並区を支える関東バス(中野区)で計画されたストライキは、その象徴的な事例だ。春闘をめぐる労使交渉は深夜まで難航し、回避が決まったのは始発直前の26日23時55分だった。一時は公式サイトで「終日運休」が告知されるほど、現場の不満と経営側の調整は限界に達し、都市交通を麻痺させかねない状況にまで追い込まれていた。

 かつて現場で繰り返されてきた「嫌なら辞めろ」「代わりはいくらでもいる」といった姿勢は、働く人の誇りを傷つけ、業界全体の価値を自ら下げてきた。こうした労働環境への軽視の積み重ねが、現在の深刻な人手不足へとつながっている。

 2030年に3万6000人のドライバーが足りなくなると見込まれている状況は、規制による一時的な混乱ではなく、人を費用として扱い続けてきた長い期間の経営の結果である。労働市場で選ばれる力を失った現実は、長年にわたり人を大切にしてこなかった判断の積み重ねを示しているのだ。

利用者減と収入の縮小

 路線バス事業者の99.6%が赤字という現実は、黒字の路線で赤字路線の損失を補う内部補助というやり方が成り立たなくなっていることを示している。

 1985年以降、全国で利用者は減り続けてきた。福島県では、1996(平成8)年に4614万人だった利用者が2020年には1343万人まで減り、四半世紀で3割ほどの水準に落ちている。2020年の新型コロナによる在宅勤務の広がりは、定期券収入を大きく減らした。これは収入が減っただけでなく、前払いで確保していた安定した資金を失い、運営に余裕がなくなったことを意味する。

 経営側はこの内部補助に頼り続け、個々の路線ごとの収支を改善する取り組みを後回しにしてきた。土台が弱いまま続けてきた経営は、利用の減少という変化の前で行き詰まっている。長い年月にわたり、先を見据えずに特定のやり方に頼り続けてきた判断が、現在の厳しい状況を招いている。

時間軸の違い

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路線バスのイメージ(画像:写真AC)

 議論がかみ合わない理由は、立場の違いにより、見る時間の長さや目的が大きく異なるためである。目の前の運行を守らなければならない事業者にとっては、規制による急な変化がそのまま重い負担となる。

 一方で、将来の地域の移動手段を守ろうとする側からは、長い年月にわたる経営の積み重ねこそが問題の中心に見える。

 事業者が今日や明日の運行といった個別の対応に追われるのに対し、行政は限られた予算のなかで全体の状況を見ながら先を考える。既存の事業者を保つことが目的なのか、それとも地域の移動手段そのものを守ることが目的なのかという点で、目指す先がそろっていない。

 目の前の不足を問題と見る側と、これまでの積み残しを指摘する側では、出発点となる考え方が異なっている。一方が規制を理由に挙げ、もう一方が過去の判断の誤りを指摘し続ける状況は、この視点の違いから生じている。

需要動向と人手不足

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路線バスのイメージ(画像:写真AC)

 将来の状況がどう変わるかによって、どの考え方が妥当かは変わる。利用者が戻る状況であれば、規制による人手不足が運行の妨げとして直接の障害になる。

 この場合、規制の見直しや人手の確保が有効な対応に見える。ただし、年収450万円から470万円という水準のままでは、他の仕事に対して競り負け、人が集まらない状況は続く。

 2065年に総人口が8800万人まで減るとする見通しのように、需要が減り続けるなら、これまでの仕組みを保てないとする考えが現実に近づく。高山市の事例では、年間約1300万円の予算を減らし、住民が担う形へ切り替えたが、これは専門の担い手による運行が地域に合わなくなった結果である。

 自動運転などの技術が進んでも、費用が大きくかかる点は変わらない。どの方向に進むにしても、これまでと同じやり方を続けることは難しい。将来の人口や予算の使い方をどう考えるかによって、どの立場を取るかが左右される。

持続できない運営手法

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路線バスのイメージ(画像:写真AC)

 本稿の出発点となる直接のきっかけは、規制そのものではなく、規制がなくても保てるはずの仕組みを前提にせず、これまで続けてきた経営や政策の積み重ねにあるという指摘である。この見方は重い。規制が崩れを生んだのではなく、その進みを早め、見えにくかった現実を表に出したにすぎない。

 路線バス事業者の99.6%が赤字という数字は、これまでの運営のやり方が行き詰まっている事実を示している。長い時間の労働や、年収450万円から470万円という低い水準をそのままにし、働く人の負担の上に路線網を保ってきたこと自体が大きな問題である。

 2030年に3万6000人が不足するとの見通しは、こうした無理のある仕組みが働き手の側から受け入れられなくなっている状況を表している。適切な働き方や条件が求められるようになり、これまでの経営がどれほど現場の負担に頼っていたかが明らかになった。本来取り組むべき課題を後回しにし、続けられない方法に頼り続けてきたことの重さが、いま深刻な人手不足という形で表れているのだ。

運賃と公費の行方

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日本の路線バス:限界と選択。

 将来の移動需要をどのように見込むかによって、この問題の見方は変わる。路線バス事業者の99.6%が赤字という厳しい状況のなかで、年収450万円から470万円という低い水準をそのままにして運行を続けることは難しい。

 読者が直面しているのは、運賃の引き上げや多額の税金投入を受け入れて専門の担い手による運行を守るのか、それとも高山市の例のように年間1300万円の予算を減らし、住民が担う形へ移るのかという、具体的な負担の選択である。

 これまでのように、誰かの長い労働や負担の上に成り立つ安い利便性を当然と考え続けるのであれば、労働に関する制限は運行の妨げにしか見えない。一方で、働く人の立場を守り、適切な対価を支払うことを前提とするならば、いまの混乱はこれまでの進め方を見直す機会となる。

 路線バスを続けるかどうかは、誰かの責任を問うだけでは解決しない。どのように負担を分け合い、どのような形で移動の手段を残すのかという点で、社会全体の考え方が問われている。