【NHK朝ドラ「ばけばけ」最終回】ヘブン(トミー・バストウ)との愛にあふれたすばらしい日々 「勘違い」に気づかされたトキ(高石あかり)

高石あかりがヒロイン・トキを演じる「ばけばけ」(毎週月~土曜午前8時、NHK総合ほか)。最終週にあたる第25週「ウラメシ、ケド、スバラシ。」で、ついに完成した怪談集「KWAIDAN」。それはヘブン(トミー・バストウ)とトキ、そして家族がともに紡いだ“ひとつの到達点”だった。しかしその喜びの裏で、忍び寄っていた終わりの気配。評価されない現実、迫り来る死、そして交わされる「泣かない約束」。さらに、イライザ(シャーロット・ケイト・フォックス)との衝突が突きつけたのは、愛と創作が交わらない瞬間の残酷さだった。最終週は、幸福と喪失が重なり合うなかで、“何が正しかったのか”という問いを静かに観る者へ委ねていく。
* * *
■「KWAIDAN」が照らした幸福と喪失
怪談集「KWAIDAN」の完成は、ヘブンとトキがともに辿り着いた“ひとつの答え”だった。学のない自分でも読める本を――そんなトキの願いから始まった創作は、書生だった丈(杉田雷麟)の翻訳を経て、ついに彼女自身にも届く形となる。家族でその本を囲む光景は、これまでの歩みを静かに肯定するような、穏やかな幸福に満ちていた。
しかし外の世界では、その同じ本に厳しい現実が待っていた。アメリカでの評判は芳しくなく、「幼稚な民話集」といった声が並ぶ。夢がかなったはずの瞬間に突きつけられる、認められない現実。
それでも、この作品が誰のために書かれたものだったのかを思えば、その価値は決して揺らがない。トキのために、家族のために紡がれた物語は、確かにそこに存在している。
一方で、ヘブンの体は静かに限界へと近づいていた。胸の痛み、遺言、そして骨を小瓶に収めてほしいという願い。やがて季節外れの桜が咲き、彼はそれを“自分に会いに来てくれた”と語る。その穏やかな言葉の奥には、死を受け入れた静かな覚悟が滲んでいた。縁側で交わされる「泣かない約束」。それは愛ゆえの願いでありながら、トキにとっては感情を押し込める誓いでもあった。
ヘブンはその約束を残し、静かに息を引き取る。葬儀の後、友人・サワ(円井わん)の「取り乱した?」という一言によって、抑えようとしていたトキの感情は堰を切ったように溢れ出す。

■愛と創作が衝突した先に残ったのは…
そして物語は、さらに痛みを伴う局面へと進む。イライザの来訪である。穏やかな回想から一転、怪談集をめぐる評価の違いが、二人のあいだに決定的な断絶を生む。イライザはそれを「幼稚」な本と断じ、なぜ最後にこんな作品を書いたのかと怒りを露わにする。トキは、自分が頼んだからだと静かに謝る。
しかしその言葉は、イライザの怒りをさらに強める。ヘブンにとって晩年は、作家としての評価を覆す最後の機会だったはずだ、と。そこにあるのは、どちらも“ヘブンを思うがゆえ”の感情だった。しかし、愛のかたちは同じではない。
トキにとっては「共に生きること」、イライザにとっては「作家としての人生に伴走すること」。そのすれ違いは、もはや埋めることができない。
去り際にイライザは「トキにしか書けないものがある」と言い残すが、残されたトキは、自分が彼の人生を閉ざしてしまったのではないかという後悔に押し潰される。正しかったはずの選択が、こんなにも人を苦しめる。
だからこそこの物語は、“何が正解だったのか”を決して示さない。ただ、その先に残されたもの――トキ自身が語るべき物語の存在を、静かに指し示している。

■「フロッグコート」に宿る記憶
回顧録のため、トキはヘブンと過ごした日々を一つひとつ言葉にしていく。しかし、思い出されるのは後悔ばかり。最後まで彼を縛り付けてしまったのではないか。作家としての人生さえ閉ざしてしまったのではないか――そんな思いに囚われ、雰囲気は暗い。
そんななかで浮かび上がってきたのが、「フロックコート」の記憶だった。八雲という日本名を得たヘブンは、本来であれば着物と下駄で勤務先の東京帝大へ通いたがっていた。しかしトキは、西洋人としてのヘブンを期待されていると考え、半ば無理やりフロックコートを着せて送り出していたのだ。
それもまた、自分が彼を縛っていた証だったのではないか――トキはそう受け止めてしまう。
しかし、その記憶は思いがけないかたちでほどけていく。トキは「フロックコート」を「フロッグ(蛙)コート」と言い間違えていたのだ。英語が得意ではない彼女らしい、ささやかな勘違い。そのたびにヘブンは、どこか愛おしそうにトキを見つめ、わざと繰り返させるようにフロックコートを着て微笑んでいた。
それは束縛ではなく、むしろ二人だけのやわらかな時間だったのではないか。家族たちも笑いながら背中を押す。勘違いも失敗も、すべてを受け入れてきた夫婦だったのだと。

涙をこぼしながら、それでも笑いを抑えられないトキの手に、蚊が止まる。蚊が好きだと言っていたヘブン。ならば今も、どこかでそっとトキのそばにいるのかもしれない。夜ごと怪談を語りながら、あの寂しい寺を、二人で歩き続けているのかもしれない。
やがて完成したトキによるヘブンとの回顧録「思い出の記」がめくられるように、これまでの日々が重なっていく。視聴者もまた、その記憶をともに歩いてきた一人なのだと気づかせるように。
(北村有)
・【NHK朝ドラ「ばけばけ」最終週開始】「お先、休ませてもらいます」と旅立つヘブン(トミー・バストウ) 『怪談』の衝突の先にトキ(高石あかり)は…
・【NHK朝ドラ「ばけばけ」第24週】ヘブン(トミー・バストウ)を再起へ導いたトキ(高石あかり)の「よかっただないですか」 二人三脚で“怪談”執筆へ
・【NHK朝ドラ「ばけばけ」第23週】錦織(吉沢亮)がヘブン(トミー・バストウ)に遺した“最期のアシスト” 橋の上の激論と笑顔を残した旅立ち