地方実家5LDKを3カ月で売却、早めの「実家じまい」

関東に住みながら実家じまいを済ませた40代女性に話を聞いた。写真はイメージ(写真:keikyoto/PIXTA)
父が亡くなり、母が5LDKで一人暮らしに
まず話を聞いたのは、関東に住みながら実家じまいを済ませた女性(40代)。当時の自身の経験を「たびねこ家」という筆名でつづったKindle本も出版している。
【写真を見る】不用品をどんどん捨ててスッキリとした実家
たびねこ家さんの実家は、都内から自動車や高速バスで3時間ほどの距離。2018年に父(当時60代)が亡くなり、母(当時60代)が一人暮らしをしていた。実家は1990年頃に立てられた2階建ての5LDKで、かつては両親と、長女であるたびねこ家さん、そして妹2人の計5人が暮らしていた。
「私たちは独立して実家を離れていたことと、実家はあくまで両親のものという考えだったので、『実家をどうするか』を自分のこととして考えたことはありませんでした。父が70歳手前で亡くなり、同じく60代だった母が一人暮らしになってからも、あれこれ口を出すことはなく、自分の仕事や家庭、まだ小さかった子どもたちの世話で手一杯でした」
父ががんで余命宣告を受けたこともあり、それにともなって実家の名義変更など、相続の準備を進められたことは、後々のことを考えるとよかったかもしれない、とふり返る。
母が言った「都会もいいかも」から浮かんだ選択肢
母が一人暮らしになった段階でも、具体的な実家じまいを考えることはなかったというたびねこ家さんだが、母の将来については少しずつ考えるようになった。
「地元はいわゆる“車社会”。高齢になって運転ができなくなったときのことや、広い庭の手入れにかかる費用も、年金暮らしの母にとって負担でした。家も築30年ほど経ち、住み続けるなら修繕が必要な状態。お金の話はあまりしないようにしてきましたが、今後の母の身の振り方を考えるならここで、と覚悟を決めたんです」
もしも実家を処分してどこかに住むなら、娘たちの住む首都圏がベストな選択だろう。しかし、車や実家のランニングコストはかからなくなる一方で、物価や家賃などのコストは上がる可能性が高い。母の年金がいくらなのか、貯金はあるのか。「お金がない」が口癖の母から、「実際のところ」を聞き出すことにした。

(写真:たびねこ家さん提供)
「母の経済状況は思っていたより悪くはありませんでした。年金も予想より多く、また、実家に住み続けることに強いこだわりもなくて、『娘たちがいるし、都会暮らしもいいかも』なんて言っていたんです(笑)。実家に住み続けるなら修繕をしないと……と考えていたのですが、もしかして引っ越しもあり?と方向性が見えてきました」
今すぐ金銭的な援助が必要な状況ではなかったことに胸をなでおろしつつ、一人暮らしの母が暮らす実家を少しずつ片づけることにしたというたびねこ家さん。自身の働き方が変わって自由になる時間が増えたことで、実家へ足を運べる機会も増えていた。
「地方にある物件は売れない」は本当?
実家じまいといえば、気になるのが売却の可能性だ。「辺鄙なところにあるから、売れそうにない」と悩む人も多いだろうが、たびねこ家さんは「そこまで悲観しなくてもよかった」という。
「母が、“知り合いの知り合い”のような人から『このあたりで家を探している人がいる』と聞いたことをきっかけに、実家の売却を考え始めました。『いくらになるんだろうね?』なんて話もして、売るとしたらいくらぐらいが妥当かを考え始めたのです」
地方にある住宅の場合は、車でのアクセス性が重視され、高速道路入口や幹線道路までのアクセスがよければ評価が高くなる傾向があるのだそうだ。また、そもそも物件数が少ないので、新たな売り出しには注目も集まりやすいのだという。
「ネットで見積がとれるような会社からは、うちは対象区域外だったようで連絡がありませんでした。最終的には知人のつながりがある不動産業者に売却の相談をして、地域特化型のサイトに情報を出してもらうことになりました」
空き家期間がなくて比較的きれいな状態だったこと、さらに、当時高まっていた移住需要もあって、掲載開始後すぐに5件以上の内見申込が舞い込んだ。その中でも感触の良かった一組が購入を申し込んでくれ、売却活動開始から3カ月ほどで契約が成立した。
「売り急いでいるなら、少し価格を下げてでも……といった検討をしたかもしれませんが、母や私は『売れなければ、そのまま住み続けてもよい』という考えでいたので、あせる必要がありませんでした。これも、実家じまいを早めに始めておくメリットの一つだと思います」
モノがあふれる実家の片付けは、業者の力も借りて進める
買主との交渉もあり、引き渡しまでは3カ月の期間を設けることになった。その期間を利用して、本格的な片付けを進めていった。特に父が趣味に使っていた部屋の片付けは苦労したという。
「実家の1部屋を占めていたのが父の趣味の品でした。まずはここから……と、売却活動前から片付けを進めていましたが、素人には判断できないものも多く、なかなか進まなくて。価値のありそうなものもあり、オークションサイトやフリマサイトで同じ趣味の方にお譲りしたものもかなりありました。レコードや楽器、さらに貴金属やブランド品なども買取業者を利用して、お金に換えられるものは換えていきました」

(写真:たびねこ家さん提供)
さらにたびねこ家さんたちを悩ませたのが、実家に眠る思い出の品と、実家に残してきた自分たち子世代の不要品だった。3人の娘がそれぞれ引っ越しのたびに「持っていけないから」と実家に送って保管してもらっていたものもそのままになっていた。
「実家の片付けには私と、時々夫も同伴してくれて、重いものを運んだりして手伝ってくれました。何しろ量が多いので、自治体の集積所に車で持ち込んだり、回収業者からレンタルできる大きなコンテナを利用して廃棄したりと、どんどん捨てていきました。時間がなかったこともあり、アルバムなども廃棄してしまったのは少し心残りでしたが、空っぽになった実家を写真におさめることができたのはよかった」

(写真:たびねこ家さん提供)
お互いが「近くにいる」という安心感
実家じまいとなると、親の次の住まいも悩むところだ。たびねこ家さんの母は一度都内の妹の自宅へ身を寄せ、新居を探すこととなった。
「母は当時70歳。たとえ健康面に不安がなくても、高齢者は賃貸物件への入居を断られることもあると聞いていたし、実際に年齢を理由に入居申し込みができなかったり、他の入居者とのバランスからお断りされた物件もありました」
一日の多くを自宅で過ごす母にとって住み心地がよく、自炊もできるようキッチンはしっかりとしたものを……。さまざまな条件のもとで物件を見て回り、気に入った物件にめぐりあうことができた。最終的に身元保証人を立てることで管理会社の審査に通り、母の新たな家も無事に決まった。
移住後、再び一人暮らしをしているというたびねこ家さんの母。新天地での暮らしはどのようなものになったのだろうか。
「引っ越してきた最初の年は、夏の暑さに参ってしまい自宅にこもりがちだったので心配していましたが、実家の地域にもあったジムへ通うようにもなり、定期的に出かける場所や参加するコミュニティが複数できたおかげで、行動範囲やお付き合いが広がっているようです。車に乗らずに歩くようになったので、健康的になったようにも思います」
母と娘の連絡は、初めのうちこそマメにとるよう心がけていたが、いつしか3日に1回、週に1回……と、実家にいたころと変わらない頻度になっているという。ただ、何かあってもすぐに駆け付けられる距離にいるという安心感はお互いにとっても大きいようだ。
「親が健在のうちに実家じまいを終えて、将来への心配が減りました。ただ、実家じまいは親の意思を第一に考えなければうまくいかないと思います。選択肢の一つではあるけど、それを決断するのは子ではなく親。それを念頭において、コミュニケーションをとっていくのがよいと感じています」
たびねこ家さんは「実家はあくまで両親のもの」と、自らが育った家であっても執着はなかったという。ある意味ではドライにも感じられるが、だからこそ母の「実家を売却する」という決断にも揺らぐことなく、実家じまいをやりとげられたのかもしれない。「親の意思を第一に」、これは実家の処遇をめぐる親子の対話で、忘れてはいけない心構えなのだろう。