「完全自殺マニュアル」作者が勧める非効率な人生

効率を追求するほど、人生は「空白」になる, 若者が「先住民」で、中高年は「移民」, 「大人げない」行動を積み重ねる, 「やり残した」とジタバタする死に際でいい

60代になり、『死ぬまで落ち着かない』を上梓した鶴見済氏(写真:本人提供)

昨今、私たちの社会には「タイパ」や「コスパ」という言葉が深く浸透している。

【写真】『完全自殺マニュアル』著者が夢中になっていること

「セイコー時間白書2025」によれば、全体の約6割が「タイパを意識して行動している」と回答している。10代と30代に限って言えば、約7割(69.5%)にものぼる。

現代において、効率化はもはやマナーのひとつである。この波は人間関係にも及んでおり、若者を中心に「1分1秒を無駄にできない」という考え方が広がる一方で、その風潮についていけない、あるいは逆行する振る舞いは「無駄」として切り捨てられる。

特に、デジタル社会やAI社会に不慣れで効率の悪い中高年は、時として「老害」と呼ばれ、疎まれる対象となってしまう。

1993年に発売され、ミリオンセラーとなった『完全自殺マニュアル』(太田出版)の著者であり、近著『死ぬまで落ち着かない』(同)を上梓した鶴見済氏(61歳)は、中高年にとっての「効率至上主義」に異を唱える。

効率を追求するほど、人生は「空白」になる

現代社会が求める「タイパ」や「コスパ」の意識は、最短距離で目的地に到達することをよしとする。しかし、鶴見氏は若い頃を過ぎてもそれにとらわれていると、大失敗をしかねないと話す。

「『効率がいい』とは、最終目標までより短い距離で行けるということです。けれども中高年になると最終目標自体が若い頃とは変わっている。もうこれ以上大きな夢は叶えられないのに、若い頃のままの価値基準で生きている人がどれだけ多いことか。

しかも年を取るほど思考を切り替える能力が衰えるので、同じことを続けてしまいがちになる影響も出てくるでしょう」

効率化を突き詰めれば、私たちの生活から充実感が消えていく。かつて鶴見氏は、効率を重視して駅まで自転車を使っていた。しかし現在は、あえて徒歩で通うようにしているという。

「中高年になると時間もあるし、健康が大きな目標になってきます。わざわざ用のない道を行くウォーキングをしているのに、なぜ駅には急いで自転車に乗って行くのかわからなくなりました。

そもそも人生の目的がもう大きくないのだから、目的のために時間を節約するより、過程自体を楽しみにしたほうがいい。歩くこと自体が目的であってもいいのです」

効率を追求するほど、人生は「空白」になる, 若者が「先住民」で、中高年は「移民」, 「大人げない」行動を積み重ねる, 「やり残した」とジタバタする死に際でいい

40代後半になった始めた海外でのサンゴ鑑賞(写真:本人提供)

人生を効率よく片付けるべき課題のように扱うことは、自らの生を空白にしていく行為だ。あえて「非効率な徒歩」を選ぶことは、目的地への「手段」でしかなかった移動時間を、歩くこと自体を楽しむ「目的」そのものへと変えてくれる。

若者が「先住民」で、中高年は「移民」

効率の悪い中高年が「老害」として嫌われる背景には、社会が押し付ける、あるいは自ら演じてしまう「理想の中高年像」の呪縛がある。

孔子は「四十にして惑わず」「五十にして天命を知る」と説いたが、鶴見氏はこうした達観したイメージが現代では中高年の足かせになっていると考える。

「60歳になっても、イメージどおりの達観した中高年にはなりませんでした。内面は若い頃とまったく同じように動揺しているし、まわりもそんな人ばかり。それなのに中高年と言えば、儒教がつくった不惑のイメージくらいしかない。老賢人の素振りだけ求められるのは終わりにしたいです」

鶴見氏は、文化人類学者マーガレット・ミードの言葉を使い、現代における中高年の立ち位置を「移民」と定義する。

「中高年は、今の文化の中にやってきた『移民』にすぎません。昔の社会には変化がなかったので、年長者はみんな知恵を蓄えた賢者でした。けれども今は変化が激しく、古い知識はすぐに時代遅れになる。マーガレット・ミードはこれを1970年に指摘しました。

自分を老賢人のように思うことをやめて、若者から文化の作法を学ぼうという自覚を持つ。そうすることで、老害化を防ぐことができるのではないでしょうか」

今の社会では、中高年は強権的な存在というより、むしろ若い人に気圧され、隅でおどおどしている存在であることも少なくない。その実像を認め、無理に「完成された大人」を演じるのをやめてしまえばいい。

効率を追求するほど、人生は「空白」になる, 若者が「先住民」で、中高年は「移民」, 「大人げない」行動を積み重ねる, 「やり残した」とジタバタする死に際でいい

サンゴ鑑賞で訪れたエジプトのダハブ(写真:本人提供)

「大人げない」行動を積み重ねる

私たちが効率や体裁を気にする背景には、日本特有の「他人に迷惑をかけたくない」という配慮がある。

パーソル総合研究所が24年12月に発表した「若手従業員のメンタルヘルス不調についての定量調査」によれば、現代の若年層は他者からの否定的評価を避けたいという「拒否回避志向」が顕著に高い。

その要素は「怒られたくない」「人目を気にする」「受け身の姿勢」「失敗への恐れ」「対立回避」の5つ。これは若者だけでなく、今の社会全体を覆う空気でもある。

「周囲に迷惑をかけないように、スマートに、効率的に振る舞わなければならない」という無言の圧力。そこから脱するために、鶴見氏は意外なところから着想を得ている。

「アメリカでは人種的・性的なマイノリティへのエンパワメントが盛んです。日本の中高年は“偉そうな老害”というイメージばかりが語られますが、『キモくて金のないおっさん』だって中高年です。日本の中高年もアメリカで励ましを受けているマイノリティと同じ弱い立場にいるのです。だから同じようにエンパワメントが必要だと思いました」

エンパワメントとは、「人が本来持っている力を引き出し、取り戻していくための『人と人との関わり(関係性)』のことをいう。

鶴見氏が提案する「中高年のエンパワメント」は、決してハードルの高いものではない。日常の中にある小さな「大人げない」行動を許すだけでもいい。

「自分も大人らしい振る舞いばかり求められたらきついですね。内面が若い頃と変わらず苦しいのだから、変わりなくストレスの発散もしたい。ライブで叫んだり、スイーツの食べ放題に並んだり、もっと自由な発散ができる環境であってほしいですね。30歳上の親の世代にはありえないことでしたが」

効率を追求するほど、人生は「空白」になる, 若者が「先住民」で、中高年は「移民」, 「大人げない」行動を積み重ねる, 「やり残した」とジタバタする死に際でいい

フィリピンのアポ島で見たウミガメ(写真:本人提供)

「やり残した」とジタバタする死に際でいい

その「大人げない」生き方は、死ぬ直前まで続けていてもいい。

「人生の後半になると、それまでの人生に満足している人が理想とされるから、満足したフリをしそうになるのが嫌ですね。

あるアンケートによると、60代を越えると突然、『これまでの人生に満足』と答える人の割合が上がるんです。もう人生を向上させるのは無理なので、自分の中での見方を変えるのでしょう。でもそういうことをすると、ますますきつくなるのではないでしょうか。死ぬまでジタバタしていいと思っただけで、気が楽になるのを感じます。

『自分の人生に満足したフリ』をして死ななければならないのかと。その圧力をなくしたい。最後の最後まで『あれもやり残した、これもやり残した、まだ死にたくない!』と慌てふためきながらジタバタする死に際でいいんです。そう思うと、人生の残りが減ってくる焦りが消えて、楽になるのを感じます」

世間が求める「立派な大人」というイメージにとらわれなければ、中高年という時期はむしろ自由な時間になる。

「世間が『こうあれ』と望むイメージは、『男はこうあれ』でも『女はこうあれ』でも、もう更新の時期なんです。『中高年はこうあれ』もまったく同じです。そもそも理想のイメージなんて人を縛るだけで、いらないのではないでしょうか」

だからこそ、中高年という年代は尻込みしていた大きな方向転換に打って出るチャンスである。それが、鶴見氏が中高年に提唱する「死ぬまで落ち着かない」生き方なのだ。