「パンチくん」飼育員が語る"誤解されている"現実

「サル山担当」になり1カ月半で、パンチくんを人工哺育, パンチくんを「保育器に入れなかった」理由, ぬいぐるみは「人への過剰な依存」を避ける目的もある, 群れに戻すことは非常に難しい, 飼育員が「やさしくしてくれるサル」を見極めた, “無邪気で活発”なパンチくんの強み

人工哺育で大きくなった、生後2カ月頃のパンチくん(写真:市川市動植物園提供)

「パンチがあれだけ元気にケガもなく過ごせているのは、群れ全体に基本的にやさしさがあるからだと思います」

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市川市動植物園でニホンザルを担当する飼育員はそう語る。

日本だけでなく世界中から注目を集めるニホンザルの「パンチくん」。25年7月に生まれ、26年1月から群れに合流した。今はほかのサルから“群れのルール”を学んでいるところだ。

パンチくん人気が過熱し、社会現象となっているが、「無事に群れに戻す」という当初からの目標は変わらない。

難しいとされている「群れ入れ」について、3月上旬、関係者に話を聞いた。

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「サル山担当」になり1カ月半で、パンチくんを人工哺育

千葉県市川市大町、最寄り駅から2kmほどの場所に市川市動植物園はある。

1987年に開園し、レッサーパンダやオランウータン、カワウソやアルパカなどの動物が展示されている。動物園への入園料は大人440円だが、バラ園や自然観察園には無料で入ることができる。

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市川市動植物園。レッサーパンダが有名(撮影:尾形文繁)

訪れたのは平日の午後。ゲートを抜けて園内に進むと、雨にもかかわらず奥に傘をさす人だかりが見えた。パンチくんのいるサル山だ。

多くの人の視線の先には、岩のくぼみにちょこんとおさまる“小さなおさるさん”がいた。パンチくんだ。

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岩陰でじっと他のサルたちを見つめていたパンチくん(撮影:尾形文繁)

彼を有名にした、いつも一緒に連れて歩くオランウータンのぬいぐるみ(愛称「オランママ」)はそばに見当たらないが、ほかのサルの近くでのびのび過ごしていた。

「いちばん小さくて黒っぽい毛色のサルがパンチです」と特徴を教えてくれたのは、ニホンザルの飼育員さん。25年6月に担当となり、1カ月半ほどでパンチくんが誕生した。「ニホンザルを学びながら人工哺育をするのはけっこう怒涛でした」と振り返る。

パンチくんを「保育器に入れなかった」理由

ニホンザルは、一般的に秋から冬にかけて発情期を迎え、春に出産する。特に4〜6月頃の出産が多く、パンチくんは少し遅めの7月26日に生まれた。母親は初産で、猛暑の中で体力を消耗し、子育てができずにいた。

「パンチは生まれて間もない状態で、サル山の地面に横たわっていました。母親が迎えに来る可能性も考え、室内の日の当たらないところに移動させ、反応を見ることにしました」

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パンチくん

パンチくんは元気で生命力も強かったが、抱き上げるサルは現れない。飼育担当者らは話し合い、人工哺育を始めることを決めた。

「通常、人工哺育であれば別室に用意した保育器に入れて行いますが、今回はサル山の中ですべて行うやり方を試してみることにしました」

ほかのサルから隔離せず、最初からサルの世界の中で育てるということだ。これは実は、パンチくんが真夏に生まれたからできたことでもある。

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生後間もないパンチくん(写真:市川市動植物園提供)

ニホンザルが過ごす場所は、岩山のある放飼場と屋内にあり、サルたちは24時間、外と中を自由に行き来できる。

出産の多い春から夏の初めの時期は、夜間に冷え込むため保育器が必要となるが、真夏に生まれたパンチくんは冷え込みの心配は不要だった。最初からほかのサルと隔離せずに育てることができたのだ。

「ミルクのときだけ舎内の別室で与え、またサルのいる空間に戻す。母親が何かのタイミングで拾ってくれたら、と試しながら人工哺育を進めていきました。パンチの体力があったことも大きかったです」

ちなみにパンチくんの名前の由来は、ルパン三世の作者、モンキー・パンチさんだ。海外の人も呼びやすい。

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パンチくんが過ごすサル山(撮影:尾形文繁)

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壁にある四角い穴から顔を出しているのがパンチくんだ(撮影:尾形文繁)

ぬいぐるみは「人への過剰な依存」を避ける目的もある

人工哺育ではぬいぐるみも大きな役割を果たしている。

ニホンザルの赤ちゃんは親にしがみつく習性があり、タオルやぬいぐるみはその補助の役割を持つ。さらに人への過剰な依存を避ける目的もあるという。パンチくんにとっては、その相棒はIKEAのオランウータンのぬいぐるみだ。

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“オランママ”に抱かれる赤ちゃんパンチくん(写真:市川市動植物園提供)

「人工哺育を始めた頃に、園にあったぬいぐるみを集めてパンチの反応を見ることにしました。ペンギンやキリンのぬいぐるみ、いろいろな太さに巻いたタオルも用意し、その中で毛足が長く掴みやすかったのがIKEAのぬいぐるみです。僕らも、あのぬいぐるみがいいねとなりました」

もちろんぬいぐるみだけでは補えない身体的な接触と安心感もある。担当者はどのようにパンチくんに接していたのだろうか。

「僕たちのゴールはパンチを群れに戻すことです。接触を大切にしながら、人間との距離を近づけすぎないように気をつけていました」

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最近はだんだんとぬいぐるみの“お母さん”から離れる時間も増えたという「パンチくん」。3月上旬に撮影(撮影:尾形文繁)

人に慣れすぎてしまうと、のちの群れ入りに影響がでる。人への過剰な依存を避けるためにぬいぐるみを使い、ミルクを与えるタイミングで飼育員がしっかり接触する時間をとることに決めた。

「パンチはお母さんがいないことの寂しさをこちらにぶつけることもあり、ミルクの時間は距離を保ちつつ、パンチとしっかり触れ合うようにしていました。また、パンチの筋力をつけるために、しがみついている腕をできるだけ大きく動かすなど、運動もさせていました」

ぬいぐるみから離れる時間が徐々に増えているが、ほかのサルに怒られた後や寝るときなどはぬいぐるみをそばに置いているという。また、給餌の時間になるとパンチくんは飼育員にかけよってしがみつき、そのまま餌やミルクの補助も続いている。

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パンチくんが飼育員の足元にしがみつく姿が「かわいらしい」と話題に(写真:EPA=時事)

群れに戻すことは非常に難しい

パンチくんが群れに入ったのは、生後5カ月の1月19日。群れで唯一の0歳だ。約半年遅れて群れのルールを覚えている。

「パンチは人に育てられたため、今まさに学んでいるところです。例えば、ほかのサルに目を合わせて近づいてしまうと警戒され、押さえつけられたり軽く噛まれたりすることもあります。

人間から見ると『あんな小さい赤ちゃんを押さえつけてかわいそう』となりますが、群れの中ではよく見られることです。ほかの子どものサルも同じようにされていますし、むしろパンチは手加減されているのかなって。パンチは大きなケガなく元気にしていますよ」

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先輩サルのそばでくつろぐパンチくん(写真左)の様子も見られた(撮影:尾形文繁)

市川市動植物園では、過去にもニホンザルの人工哺育からの群れ入れが行われた。何例かが成功しており、中でも象徴的だったのは、08年6月生まれの「オトメ」だ。彼女もぬいぐるみを抱えて大きくなった。

1歳を過ぎて群れに合流し、出産・育児を経て現在もサル山で暮らしている。

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飼育員からミルクを飲ませてもらう「オトメ」(画像:市川市HP「令和4年度 広報いちかわ 8月6日号 特集」より)

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人工哺育で大きくなった「オトメ」も、リラックマのぬいぐるみとともに育った(画像:市川市HP「令和4年度 広報いちかわ 8月6日号 特集」より)

オトメは成功例だが、人工哺育からの群れに戻すのは容易ではないようだ。市川市動植物園の安永崇課長はこう語る。

「園にいる豊富な経験を持つ飼育員の目から見ても、生後間もないパンチを『生かす』ことは技量的には十分可能ですが、『群れに戻す』のは非常に難しいことです。担当者たちはオトメなどの過去の事例等を参考に、獣医師やサルに関わる同僚たちと相談しながらパンチの群れ入れの計画を立てました」

飼育員が「やさしくしてくれるサル」を見極めた

パンチくんの人工哺育は、先述した通りサル山の中で行われた。ほかのサルにパンチくんを見せ、パンチくんも群れのサルが見える環境だったという。

「柵越しにほかのサルと触れ合い、その後、担当者にしがみつきながらサル山に入りました。担当者が地面に降ろして遊ばせたり少し離れてみたり、群れへの復帰の手順を少しずつ踏んでいった形です」

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サル山の中に置かれたケージも群れに戻すステップで使われた(撮影:尾形文繁)

このとき飼育担当者らは、「パンチくんにやさしくしてくれるサル」も観察していたそうだ。

「『この子ならやさしく接してくれる』というサルを見極め、パンチと一定期間同居をさせました。パンチは怖がることなく平気だったため、『これなら思い切って群れに戻せるな』と。ミーティングをして群れ入れの日が決まりました」

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岩陰で大人のサルたちのそばに寄り添うパンチくん(撮影:尾形文繁)

群れ入れには、パンチくんの様子はもちろん、受け入れるサルたちの性格や状態も関係する。飼育員は、普段から60頭近い群れのサルたちを観察している。

温和な空気が保たれるようにサルたちの精神状態をうまく導くことも飼育員の手腕であり、群れに戻す「タイミングを見る力」も飼育員には大切だという。

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給餌を行う飼育員。この間にもサルたちの様子をつぶさに観察している(撮影:尾形文繁)

“無邪気で活発”なパンチくんの強み

群れに入ってから、ほかのサルたちはパンチくんに手加減をしながら接しているようだ。「むしろやさしい」という声もある。安永さんはパンチくんの様子をこう話した。

「当初飼育員たちが気にしたのは、パンチがオドオドしてしまわないかということでした。そうなると群れになじみにくくなります。でもパンチは無邪気に、そして活発に生活していますね。パンチのへこたれない性格がうまくいく最大のカギかもしれません」

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サル山を駆け回り、元気よく遊ぶ姿が見られた(撮影:尾形文繁)