大衆演劇も女形も嫌いだった…早乙女太一が劇団を一度離れて気づいたルーツへの愛と覚悟

早乙女太一 撮影/有坂政晴 ヘアメイク/Aya Iwasawa スタイリスト/TAKAFUMI YAO
「劇団朱雀」3年ぶりの公演『OMIAKASHI』を控えた早乙女太一さん。二代目座長として、演出家として、今作に挑む思いを聞いた。また、4歳から積み重ねてきた大衆演劇の道のりは平坦ではなく、「大衆演劇は好きじゃなかった」と当時を振り返りはっきりと語る。その思いから現在へ至る「THE CHANGE」には、いったい何があったのか。そして、いま大事にしている思いとは。率直な言葉がまっすぐに届く。【第2回/全6回】
3年ぶりの「劇団朱雀」公演となる『OMIAKASHI』。二代目座長であり、総合演出として全身全霊で作品に向き合う。“演出家・早乙女太一としての変化や進化は自身でどう感じているのか”と伺うと、思わぬ例えで表現してくれた。
「料理で例えると、“いろいろな料理が作れるようになった”という感じですかね。いままでは和食しか作れなかったのが、洋食も中華もいけるようになったという感じ。自分の料理をする腕が少しずつですけど、上がってきた感覚はあります」
“役者でいるより演出家でいる、演出の立ち位置にいるほうが、自分は好きなんだな”と気が付いた
演出家として舞台を構築するうえでの「料理の腕」はどのように上げていったのだろうか。
「場数を重ねたということもあるとは思いますけど、なかでも大きいのは、“自分が好きだということに気がついて作るようになった”ということが大きいかもしれないです。ちょっと語弊があるかもしれないですけど、“役者でいるよりも、演出家の立ち位置にいるほうが、自分は好きなんだな”ということに気がついたんです。だから、“その好きなことを少しずつ広げていこう”とシンプルに思えた、というのが大きかったかなと思います」
4歳のときから大衆演劇の世界で舞台に立ち、その道を長く続けてきた早乙女さん。そのなかでたどり着いた「好きなんだな」という思い。
「そこに対しては、元をたどると僕は、大衆演劇も、女形をやるのも嫌いだし、反発の中で頑張ってきたところがあったんです。でも、その大衆演劇の世界から一回離れたんですね(※2015年に劇団朱雀を解散し、個々の活動に入った)。
離れることによって自分のルーツを見つめ直したり、自分が何をやるべきかということをとらえ直すことができました。僕の目標は“自分のルーツである場所を、いかに自分の手で幸せな場所にできるか”なんだ、ということに気づけたんです」

早乙女太一 撮影/有坂政晴 ヘアメイク/Aya Iwasawa スタイリスト/TAKAFUMI YAO
「楽しくなかった時期のほうが長かった」だからこそ……
いったん大衆演劇の世界から離れたことで見えてきた目標。大きな気づきだった。
「楽しくなかった時期のほうが長かったので、その場所を捨てちゃうこともできたと思うんです。でも、それをまた新たに自分が0から作って、ハッピーな場所にするというのが、自分の中でひとつ目標になったということは大きな変化でした。そして、そういうハッピーな場所にするために自分たちがやるべきことは何なのかということを、突き詰めるようになりました」
大衆演劇の伝統と新しい挑戦の融合で、いまの「劇団朱雀」の世界を生み出すようになる。
「ただ伝統や文化を引き継ぐだけではなく、いまの自分たちがさらにブラッシュアップできることは何かを突き詰めていこう、それが前に進む原動力になりましたね」
【画像】“役”を生きた早乙女太一が自身に“THE CHANGE”する瞬間──。貴重なオフショット

※本人のインスタグラム@taichisaotome_official より
(以下引用)
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(以上引用)
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