交通事故で瀕死の子猫、痩せ細って捨てられた犬…杉本彩が指摘、SNSに急増する動物救出動画への違和感

XやTikTok、YouTubeなどをみていると、かなりの頻度で目にするのが、ひどい状況にある動物たちを助ける動画だ。海外発のものも目立つが、日本国内らしきものも存在する。そして、コメント欄をみると、さまざまな言語で感謝や感動を伝えるコメントが並ぶ。

こういった動物が大変な状況下にある現場は「演出」することも可能だ。写真はイメージです。photo/iStock

もちろん、その中にはきちんとした事例もあるのだろうが、何とも言えないモヤモヤを感じる動画も少なくない。

「5年ぐらい前から少しずつ増えて、最近ではAIなどを使って巧妙な動画も増えているように感じます。すべてのレスキュー動画に闇があるとは思いません。きちんとした活動をされているケースもありますが、違和感を覚えるものが以前よりも増えていると感じます。感動や人々の優しい気持ちの先にある、優しい気持ちを利用する闇を知ってほしいと思います」

そう指摘するのは、長野県松本市の繁殖事業者の事件など、動物虐待事案の告発や、動物福祉向上に関する普及啓発活動を積極的に行っている『公益財団法人動物環境・福祉協会Eva』の主宰でもある俳優の杉本彩さんだ。

杉本さんが自ら執筆し、動物に関する問題を伝える連載『猫と犬と、動物と 』の13回目では、この「フェイク動物救出動画の闇」の問題について執筆いただく。

以下より、杉本さんの執筆です。

SNSに溢れる動物レスキュー動画への違和感

SNSをみていて、ときどき強い違和感を覚えることがある。それは、あまりにも「出来すぎた」動物の救出映像だ。

泥の中でもがく子猫。

蛇に襲われる子犬。

水に沈みかけている小動物。

危険な状況に置かれた小さな命。そして、絶妙なタイミングで現れる“救助者”。

私たちは、思わず胸を締めつけられ、「早く助けてあげて」と祈るような気持ちになる。そして、無事に救われた瞬間には、「よかった」と安堵する。

写真はイメージです。photo/iStock

けれど同時に、こう感じたことはないだろうか。なぜ、この瞬間が撮影されているのだろう。なぜ、すぐに助けないのだろう。もし自分が一刻を争う事態に直面したら、その状況を前にカメラを出して撮影するなんてあり得ない。「撮影する」というワードすら思い浮かばず、何はともあれ助ける、もしくは一人で無理だったら周囲に助けを求めるなどの行動に移すだろう……。

こうした何とも腑に落ちない違和感の背景には、いま世界的に指摘されている 「フェイク動物救出動画」という問題があるからだ。動物を意図的に危険な状況に置き、それを“救う”様子を撮影して拡散する。これは明確な動物虐待であり、同時に簡単に「感動」を生み出すコンテンツでもある。そして、その感動は、時に新たな問題を生み出す。それが、詐欺だ。

SNSで起きた「パンチくん」を利用した詐欺

最近、日本でも大きな話題となった千葉県の市川市動植物園の子どものニホンザル「パンチくん」。オランウータンのぬいぐるみ「オランママ」をギュッと抱きしめ連れて歩く姿に、世界中の多くの人が心を動かされた。

パンチくんは、生後まもなく母親に育児放棄され、飼育員の手によって育てられた。そのため、精神的な安定を保つ目的で、ぬいぐるみが“代替的な愛着対象”として与えられていた。その背景も含め、SNS上では「#がんばれパンチ」のハッシュタグとともに、彼の成長を応援する声が広がり、Xのフォロワー数が軒並み増え、来場者数も開園以来の最高記録を更新した。

パンチくんの飼育担当の方々の努力を踏みにじるような善意につけ込む動きがある。パンチくんの飼育員をかたる、偽のSNSアカウントが登場したのだ。「献身的に飼育員をしています。赤ちゃんサル『パンチ』の世話をしています」 そう名乗るアカウントは、実際の動画を無断で使用しながら、あたかも本人であるかのように発信を続けていた。そのフォロワー数は、なんと8万人以上。多くの人が「本物」だと信じてしまうには、十分すぎる数字だ。

さらに問題なのは、その先だ。プロフィール欄に貼られたリンクを開くと、寄附金を募るサイトへと誘導される。そこには、「パンチに新しい家を」というタイトル。そして、不自然な日本語でこう書かれていた。「パンチを動物園の環境から飼育員の実家に、慎重に準備され、法的にも遵守されたプライベートな空間へと移す」……。 一見もっともらしく見えるこの文章も、冷静に読めば違和感がある。

そもそも、動物園の動物を個人宅に移すという話自体、極めて不自然だ。しかし、人は感動していると、その違和感に気づきにくくなる。「かわいそうだから助けたい」 「応援したい」 その純粋な気持ちが強いほど、疑うという行為を後回しにしてしまうのだ。実際、このような偽アカウントは複数確認されており、管理者とみられる人物に連絡を取っても、応答はないと報じられている。

SNS犯罪や動物が絡む事件に詳しい専門家は、フォロワー数の多さもまた、信頼してしまう大きな要因だと指摘している。つまりこうした詐欺は、「人の優しさ」と「SNSの仕組み」の両方を利用して成立しているのだ。今回はパンチくんがターゲットとなったが、これは、決して特別なケースではない。動物に限らず、災害、病気、弱者など、「助けたい」と思わせる対象には、必ずと言っていいほど、それを利用する人間が現れる。

問題は、その構造を私たちが見抜けるかどうかだ。募金や支援を呼びかける情報に触れたとき、まず確認すべきことがある。それは、「公式」かどうかだ。動物園や保護団体が関わっているのであれば、必ず公式サイトや正式な発表が存在する。

そこに情報がない場合、それは極めて疑わしいものと考えるべきだ。どれほど感動的に見えても、どれほど拡散されていても、「多くの人が信じていること」と「真実であること」 は、別である。見る人がいるから、広がる。信じる人がいるから、成立する。この構造を断ち切ることができるのは、私たち一人ひとりの意識だ。

※市川市動植物園は、パンチくんに関する偽りの募金に誘導されないように、公式サイト内に、パンチくんに関する市川市動植物園への寄附についてのご案内『#がんばれパンチサポーターズガイド』を立ち上げている。公式的な寄付金のやり方含めて、市川市動植物園に集まった募金総額も公表されている。詳しくは、市川氏動植物園のサイトでご確認ください。

「感動ビジネス」に流されない心も必要

悲しいかな動物保護団体であっても、保護するシーンをドラマティックに演出したり、一頭の犬や猫を主人公にしてストーリーを作り、劇場型手法で注目を集めるところも少なくない。動物版感動ポルノとして、話題性や保護活動費などの運営資金を集めているという声も聞く。

そういう団体に限って、施設にいる保護動物の飼育環境や健康状態、運営に問題があると内部通報があるのも事実だ。何か事が起きると事態の終息を図るよりもまず「動画撮って!」とカメラに収めることを優先にするのだと……。これでは、本末転倒だ。例えば、実存する保護団体が、最初から意図的な演出や展開で世間の関心を引こうとして巧妙に動画を作っていたとしたら……。これは、関係者外の人間が見極めるのは非常に難しい。

写真はイメージです。photo/iStock

心ある善良な保護団体は、目の前の切迫した状態の動物を助けることで精一杯で、動画アピールまで手が回らない。そういった現状は、長年活動してきてたくさん目にしてきたので、とてもよくわかる。

もちろん保護活動には資金もとても大切だ。しかし、一度感動による運営効果を知ってしまうと、「助けるよりもまずは動画」に知らず知れずに走り、それが当たり前になってしまう……。これが動物保護の中で当たり前になってほしくないと私は感じるのだ。だからこそ、自分が目にしているその動画の感動ストーリーは作られたものでないか、寄附する前に冷静に考えてみてほしいと思う。

感動動画を見分けられない問題は、一般の人たちだけでなく、メディアも同じで、SNSに上がっている動物の感動動画のソースを確認せずに、記事にしているニュースメディアもある。感動記事は読まれるのだろうが、第一次情報をきちんと確認することが必要だと感じている。

また、この“劇場型”の構造は、SNSだけの問題ではない。テレビ番組においても、視聴者の涙や共感を引き出すために、編集や演出によって現実がドラマとして再構成されることがある。そうした表現は一見すると善意に見えるが、時に本質的な問題を覆い隠し、「感動すること」そのものが目的化してしまう危うさをはらんでいる。

媒体が何であれ、私たちは常に「何が見せられているのか」を見極める視点を持つ必要がある。

もちろん感動すること自体は、悪ではない。むしろ、人として自然で大切な感情だ。けれど、その感動が誰かに利用され、結果として別の搾取を生んでしまうのであれば、そこは一度立ち止まる必要がある。そして、その命に向けられた「優しさ」が、詐欺の温床になってしまうことは避けなければならない。

写真はイメージです。photo/iStock

だからこそ、私たちは問い続ける必要がある。その情報は本当に正しいのか。その支援は、本当に必要とされているのか。感動する前に、少しだけ疑うこと。それは冷たい行為ではなく、むしろ、命と善意を守るための「責任ある優しさ」なのだと思う。