「このままでは赤箱はなくなりますよ?」にベテラン社員も首を縦に振った…牛乳石鹸・赤箱「V字回復」生んだ人質説得
「洗顔で売る」はタブーだった
「『@cosme ベストコスメアワード2015』受賞」
【画像】社内では「洗顔訴求」がタブーとされていた赤箱、今ではビューティークリームなども販売
2015年(平成27年)、想定外のニュースに社内は騒然としていた。1990年代から約20年もの間不振に喘いでいた「カウブランド 赤箱」(以下、赤箱)の受賞は、社員に驚きをもって迎え入れられていた。なぜなら、それが「ボディ洗浄料部門」ではなく、「洗顔部門」での選出だったからだ。
発売以来、「赤箱」は全身に使える身体洗浄料として販売されてきた。「洗顔に使うといい」と言うユーザーが一定数いることを、少数の担当者は知っていた。しかし、過去に「洗顔用に研究開発されたものではない」という議論が社内で交わされており、「洗顔訴求はNG」とされていたのである。

社内では「洗顔訴求」がタブーとされていた(写真:牛乳石鹸共進社)
ちなみに、2011年(平成23年)に「基幹ブランドを立て直す」と始まった「赤箱再生プロジェクト」の際には、「赤箱」シリーズの洗顔石鹸が一時開発された。だが、難航したために途中で頓挫している。
そんな状況のなか、ユーザーの口コミで「洗顔部門」第一位に選ばれたのは、青天の霹靂だっただろう。そのうえ、これを機に売り上げが急上昇したことで、社内に染みついていた思い込みが、数字をもって全否定されたのである。
このままでは「赤箱」がなくなる…強烈な危機感
2018年(平成30年)、「赤箱」ブランドが90周年を迎えたこの年、牛乳石鹸共進社 マーケティング部では大胆な転換策を示した。新たなコアターゲットを「石鹸を使ったことがない20代女性」と定め、「洗顔にも使えるプチプラコスメ」として打ち出すことを提案したのだ。だが、当時の主要顧客層は50〜60代。想定通りというべきか、社内の反応は芳しくなかった。
「『長年ご愛顧いただいているお客様に、感謝を伝えるプロモーションにした方がいい』『今の顧客をメインターゲットにするべきだ』という意見が根強くありました。一度はその方向性で、広告代理店が提案書を持ってくるところまで、話が進んでいたんです。
でも、私からしてみたら『ブランドの100年後を見据えたときに、今のままでは絶対残らない』という強烈な危機感しかありませんでした」
そう振り返るのは、当時のチームメンバーであり、現・マーケティング部 課長の藤松さんだ。こうした状況を打破するために取り組んだのは、社内のキーマンを一人ずつ説得することだった。
「メインユーザーは高齢化し、若い人の使用率がどんどん下がっています。今動かなければ、次の世代にブランドが引き継がれなくなるかもしれません。このままでは、私たちの大好きな『赤箱』がなくなってしまう……それでもいいんですか?」
「赤箱」をあたかも人質に取ったような説得は、長年商品を愛する社員の心にグサリと刺さったらしい。また、アワード受賞後に売り上げが伸びていたことも、大きな後押しとなった。結局、最後まで反対派は残っていたものの、賛成多数で提案が通った。
一度決まると、そこからの改革はこれまでの停滞感が嘘のように、スピーディーに進んだ。まずは、これまで「身体洗浄料」と位置付けていた商品を、「コスメ」として再定義した。クリエイティブはファッション雑誌に入っていても違和感のないデザインに一新し、コミュニケーションの中身を一気に変えていった。

新たに生まれたキャッチコピー「赤箱女子」(写真:牛乳石鹸共進社)
その過程で生まれたのが、「赤箱女子」というキャッチコピーである。ユーザーの読者モデルやインフルエンサーを取材し、「赤箱女子」として特設サイトで発信することで、「おしゃれな洗顔コスメ」としてブランドを再発信していったのである。すると、瞬く間に販売数が伸長し、前年比25.6%の売り上げ増を記録。レギュラーサイズでは、02年に売り上げが逆転していた後発品「カウブランド 青箱」(以下、青箱)を、見事抜き去ったのである。(26年4月現在、「赤箱女子」の発信は終了済み。)
1万2000人が押し寄せたリアルイベント
その年の秋、藤松さんたちは期間限定ショップ「赤箱 AWA-YA in KYOTO」をオープンさせた。店内はパッケージにちなんだレトロな世界観を表現し、泡ハンドパックや泡だて体験、オリジナルグッズの販売などを行った。

「赤箱 AWA-YA in KYOTO」のコンテンツ(写真:牛乳石鹸共進社)
当初、広告代理店が出した目標来場者数は、10日間で700人。だが、予想に反して初日だけで1000人が来場し、約2週間で延べ1万2000人が殺到した。
期間中は人手が足りず、絶えず商品を補充し続けることになった。「こんなの作っても売れないんじゃないか」と周囲から懐疑的な声が上がっていた「赤箱」グッズは、飛ぶように売れた。だが、それ以上に社員が驚かされたものがある。それは、足を運んでくれた顧客の熱量の高さだ。
「『赤箱』が好きで好きで、ずっと使ってるんです!こんなイベントを開催してくれて、めっちゃうれしいです!」
同じように話すお客さんは非常に多く、「商品を好きでいてくれる人が、こんなにたくさんいたのか」と、その場にいた社員全員が実感できたと言う。
ショップの盛況ぶりは多くのメディアで取り上げられ、SNSでも拡散された。すると、これまで「赤箱」を取り扱っていなかった小売店の担当者から、「うちの店にも売り場を作らせてほしい」と問い合わせが相次いだ。とある小売店では、「赤箱」コーナーを設けた途端、前週比10倍の売り上げを記録したそうだ。
「それまでは、『マーケティング部が何かやっている』『そんなイベントやって意味あるの?』と静観していた他部署の社員が、気づいたら応援側に回ってくれてました」
こうした外部の反応のおかげで、従来の「○○してはいけない」という社内の空気は一掃されていった。さらに、かつてのような「企業視点」の考え方ではなく、ファンとのコミュニケーションを重視した、「顧客視点」での製品開発へとシフトしていったのである。

「赤箱の香りのクリームが欲しい」という声が多数寄せられて開発された、「カウブランド 赤箱 ビューティクリーム」(写真:牛乳石鹸共進社)
のちに、全身用スキンクリームや練り香水、ルームフレグランスなどを開発しているが、これらはすべてファンの声を受けてのことだ。また、25年には「青箱グッズも出してほしい」という要望から、商品展開を広げた。直接顧客の声を拾うため、26年にはファンミーティングも開催している。
「ブランドはお客様のもの」
1990年代以降の市場縮小と「青箱」のシェア拡大を受け、2009年には約20年前の3分の1ほどにまで売り上げが落ち込んでいた「赤箱」。しかし、11年に発足した「赤箱再生プロジェクト」、18年のマーケティング施策の大転換を経て、24年に見事V字回復を達成した。
コアターゲットを「石鹸を使ったことがない20代女性」に設定したことで、さぞ顧客層が若返ったのだろうと思っていたら、意外にも「全年代の使用率が上がった」らしい。だが、「この結果はそこまで意外じゃない」と藤松さんは語る。
「プロジェクトが発足した際、『製品の中身は変えない』と決めていました。リブランディングのタイミングでは、『これまでのお客様を決して悲しませない』と会社に約束していました。クリエイティブを一新したときは、ブランドの本質的な価値をきちんと理解したうえで、『赤箱』らしい世界観を残しています。
もはや、ブランドは自分たちのものではなく、お客様のもの。そう考えて、新規を取り込みながら、既存のお客様にも喜んでもらえるようなコミュニケーションを意識していました」

2度の改革を経て、全年代の使用率が上昇した(写真:牛乳石鹸共進社)
とはいえ、20代の使用率が劇的に上がったわけではなく、「未だに試行錯誤している」そうだ。また、昨今の原料価格の高騰で利益が圧迫されており、「まだまだ課題は山積みです」と言葉を噛み締める。目覚ましい飛躍を遂げた今もなお、ブランドの挑戦は続いていた。
ブランドの復活に必要だったもの
今回の取材を通じて、「赤箱」の復活に必要だった要素を整理してみたい。大前提として、ロングセラーを実現している、商品力そのものが肝だったことは間違いない。次に、長年にわたり消費者からの信頼が厚く、愛着が深かったこと。担当者の折れない気持ちに加え、社内の反対派が否と言えない事実があったこと。そして、ある種「商品への愛」を人質に取った、社内コミュニケーションが功を奏したのではないだろうか。
「ただ……」と藤松さんは続ける。
「やっぱり社員が商品を愛してないと、継続できないと思います。うちも数字が上がり出すまでに、数年かかってますからね。好きじゃないと、あれだけ長い年月には耐えられません。それに、自分たちが愛していない商品を、お客様が好きになってくれるわけないですから」

初代「赤箱」のパッケージ(写真:牛乳石鹸共進社)
「商品への愛」が変革を阻むことがある。けれど、その愛情がなければ、改革を成し遂げることはできない――。矛盾しているようで、しかしこれは多くの老舗企業が直面している現実でもあるだろう。
「商いは牛の歩みのごとく」
復活を遂げた「赤箱」だが、発売以来、昔ながらの「釜だき製法(けん化塩析法)」で製造し続けている。この製法は職人による手作業の工程があり、60トンの石けん釜を使って、約1週間かけて作っているそうだ。同じ量を約1日で作れる「連続中和法」という製法もあるが、同工場では採用していない。

機械化できない大切な工程は、職人の技と経験にゆだねられている(写真:牛乳石鹸共進社)
はたから見るとコスパの悪い方法に思えるが、同社では変わらずこの製法を守り続けている。
「やっぱり、うちの信念みたいなものが詰まってますね、ここには」
同社のモットーに、「商いは牛の歩みのごとく」という言葉がある。約20年にわたる低迷も、思うように進められなかった改革も、振り返ってみれば、その歩みの速さそのものだったのかもしれない。ただただ愚直に諦めず、牛のように歩みを続けた先に、令和の「赤箱」ブームが生まれていたのだった。