EV減速で「ハイブリッド回帰」は正しい選択なのか? AI特許65%を中国が握る現実、SDV戦争で揺らぐ欧米の“戦略空白”

物理からソフトへ、車の価値を決める転換点

 欧米のメーカーが、電気自動車(EV)の導入目標を相次いで引き下げている。代わって存在感を増しているのが、ハイブリッド車(HV)への回帰だ。現場での生産の停滞や、脱炭素効果への懐疑的な視線を背景に、欧米の政治情勢もHV容認へとかじを切り始めた。

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 目先の収益を守り、現実的な環境対策を講じるという意味では、この判断には一定の理がある。だが、その裏側でソフトウェア定義車両(SDV)を巡る競争から脱落しかねない危機の芽が育っていることも、無視はできないだろう。

 そもそも、エンジンという内燃機関を前提とした複雑な構造と、各所に分散した電子制御ユニット(ECU)は、車両全体をひとつのシステムとして統合制御しようとする今の潮流とは、根本的に相性が悪いのだ。制御をまとめようとすればするほど、物理的な調整箇所が足かせとなり、結果として開発の自由度を奪っていく。

 つまりHVという選択は、ソフトウェアの進化を足止めする要因になりかねない。今や自動車は、移動の道具から、高度な情報処理機能を持つ存在へと姿を変えつつある。動力源を何にするかという議論を超えて、機械側の複雑さがソフトの開発スピードを縛るという、逆転現象が起きているのが現実だ。本稿では、ハードとソフトの主従関係が入れ替わるなかで起きる産業構造の変化と、HV回帰という選択がはらむ、表面化しにくい課題について考えてみたい。

 三菱UFJ銀行産業リサーチ&プロデュース部が2025年1月に出した『乗用車の価値に関する生活者調査』によれば、自家用車を選ぶ理由として

「自分の意思で操縦できる・思いのままに操れる“大人のおもちゃ”」

を挙げた人が14.7%に達した。また、カスタマイズの自由度を重視する層も9.7%存在する。

 これらは決して大きな数字ではないかもしれない。しかし、車に

・可変性

・自由

を求める声が顕在化してきたことは、見逃せない変化である。かつては部品の組み合わせといった物理的な調整で生み出されていた操縦の楽しさは、今やデジタルな演算処理によって作り出されるものになった。ハードによってあらかじめ固定された性能ではなく、

「ソフトによって書き換え可能な性能」

に価値が移っていることは、もはや疑いようのない事実なのである。

目先の利益が招く、開発資源の停滞という罠

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自動車(画像:Pexels)

 世界の低公害車を巡る潮流は、長らくEVへと向かっていた。だが、足元の欧州では、技術的な足踏みや部材確保の難航が重なり、製造も普及も停滞の色が濃い。一方の米国に目を向ければ、トランプ政権は脱炭素の効果に疑いのまなざしを向け、自国の強みであるエンジン技術を活かせるHVへとかじを切り直そうとしている。

 そもそもEVの駆動用バッテリーは、車両価格の3割から4割を占める。リチウムなどの希少金属を多用するためだ。たとえば500万円の車体なら、バッテリーだけで150万から200万円のコストが乗る計算になる。もっとも、サプライチェーンの強化や全固体電池の開発が進むことで、将来的なコストダウンへの期待は根強い。バッテリー事業を足がかりに急成長した比亜迪(BYD)のような存在が市場を揺さぶっている現状を考えれば、EVの優位性が揺らぐことはまずないだろう。

 欧米で見られる今の動きは、HVの収益性や国家の思惑、そして目に見える減災効果が重なり合った、いわば

「一時的な帰結」

に過ぎない。しかし、複雑な内燃機関を抱え続ける選択は、限られた開発資源を過去の技術の磨き上げに縛り付ける危うさをはらんでいる。

 利用者が求める自由な機能を車両全体に広げようとする際、エンジンと電気の技術を混在させることは、かえって足かせとなる。ここで重要なのは、

・排出ガスの議論

・車両を動かすOSの議論

を混ぜてしまわないことだ。

 ガソリン車はおよそ8000点から1万点の部品で成り立つが、HVはふたつの技術を組み合わせるために、そこからさらに800点から2000点ほど部品が増えてしまう。構造はより複雑になり、現にコスト増を招いているのが実情だ。対してEVは、ガソリン車の3分の1程度まで部品を減らすことができ、構造を極めて簡潔に保てる。

 機能の自由度を高め、ソフトウェアの更新によって車の価値を高めていくには、電気系統に特化したEVの方がはるかに相性がいい。技術的な素性の良さにおいて、EVが長期的には勝る。目先の利益に目を奪われ、この構造的な事実を軽視する姿勢は、将来的に取り返しのつかない損失を招くことになりかねない。

複雑な機械構造が阻む、デジタル進化の速度

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自動車(画像:Pexels)

 HVは、エンジンと電動モーターというふたつの心臓を併用して走る。この仕組みは、制御がバラバラに存在するECUの限界を、いま改めて浮き彫りにしている。エンジンや排気系といった、複雑な物理現象を伴う機械の動きそのものが、ソフトウェアによる全体管理を阻んでしまうのだ。

 一方、EVは部品が圧倒的に少ない。この簡潔さこそが、ひとつの中心で車両全体を司る電子電気(E/E)アーキテクチャへの移行を、より滑らかなものにする。利用者が重視する機能の向上、すなわち無線通信によるデータ更新(OTA)をどこまで深く行えるかは、車を動かす仕組みの複雑さに左右される。

 仕組みが複雑であればあるほど、ソフトウェアを書き換えた後の動作確認には多大な手間がかかるものだ。特に熱や振動といった物理的な影響を避けられないHVでは、安全を確かめるための作業は膨大にならざるを得ない。

 車のような製品は、データの更新に数百MBから時には10GBもの通信量を要する。だが、電気だけで完結する仕組みの方が、こうした更新を効率的に行えるのは明白だ。人々は今、自動車に対して、まるでスマートフォンのような軽快さを求め始めている。デジタルの論理で動く仕組みと、複雑な物理現象が色濃く残る仕組み。この両者の間には、進化の速度において決定的な差がつくことになる。

データが支配する市場、中国勢の圧倒的攻勢

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自動車(画像:Pexels)

 前述の『乗用車の価値に関する生活者調査』をひも解くと、人々の関心がエンジンの性能から

・車内での過ごし方

・自分だけの空間

へと、明確に移り変わっていることがわかる。もはや走行性能そのものよりも、AIアシスタントや自動運転といった機能への期待の方が大きい。スマートフォンと同じように、常にクラウドと繋がり、機能が磨かれ続ける。そんな車両こそが、今の時代に求められているのだ。

 次世代の市場において、データをいかに収益に結びつけるかは、避けて通れない戦いの中心となる。その点、中国勢の動きはひとつの脅威といわざるを得ない。彼らは動力源が何であるかといった議論を飛び越え、

・利用者の体験

・ソフトウェアが更新される頻度

の高さで、若い層の心を掴んでいる。

 三菱UFJリサーチ&コンサルティングの報告によれば、SDVの関連市場は2030年までに6500億ドル(約103兆4440億円)規模に膨らむ見通しだという。さらに、2019年から2023年にかけての自動車AI関連特許のうち、実に約65%が

「中国企業」

によるものだ。車を作る工程からAIによる新サービス、自動運転の実装に必要な環境整備に至るまで、膨大な知的財産が中国から生み出されている。

 世界がネット接続によるリアルタイムの更新を重視するなかで、日本が後れを取っている事実は否めない。デジタル技術と車両をひとつにまとめ、利便性を高めた者が勝者となる。満足度の高い体験を絶え間なく提供し続ける企業だけが、この先も生き残っていくことになるだろう。

開発期間を劇的に削る、土台共通化の衝撃

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自動車(画像:Pexels)

 EVが備える部品点数の少なさという強みは、いま生産現場に劇的な変化をもたらしつつある。構造が極限まで削ぎ落とされることで、専用の土台を用いた工程の効率化が、もはや避けて通れない現実となったのだ。

 この簡潔さにデジタル技術を掛け合わせれば、開発に要する時間は驚くほど短縮できる。フロントローディングやモデルベース開発、さらに試験の自動化や3Dプリンタといった技術を活用すれば、意思決定の速度を極限まで高めることが可能になる。実際の現場でも、本来なら3年から5年はかかるはずの開発期間を大幅に圧縮し、わずか9か月から10か月ほどでコンセプトモデルを完成させた事例がある。その際の費用も、従来と比べて約70%程度に抑えられている。

 これほどまでに開発のサイクルが速まる理由は、土台となるハードウェアをあらかじめ共通化し、ソフトウェアの制御によって多彩な車種を産み出す手法が確立されたからに他ならない。共通の土台の上で、制御プログラムを書き換えるだけでスポーツカーからスポーツタイプ多目的車(SUV)までを仕立てわける。こうした手法は、目まぐるしく変わる市場への適応力を飛躍的に高める。

 対照的なのがHVだ。異なるふたつの技術を融合させなければならないHVは、どうしても開発スピードの面で大きな差をつけられてしまう。ソフトウェアを主軸に据えて突き進むEVに対し、複雑な機械構造を抱え続けるHVは、市場の流行を追いかける速度において、どうしても後手に回らざるを得ない。

 これからは、資金の使い道を抜本的に変えていく必要があるだろう。顧客の細かな要望に応え続けるためには、機械部品に投じていた費用を削り、その余力をソフトウェアの開発や半導体の確保へと振り向けるべきだ。開発というコマをいかに速く回し続けられるか。その回転速度こそが、企業の生き残りを決めるわかれ道になる。

二枚腰戦略の限界、存続を賭けた自己変革

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SDV競争と自動車産業の構造的転換。

 世界の動向を俯瞰する限り、現在の“二枚腰戦略」”は非常に危うい。HVで利益を出しながら、同時にEVの開発を進めるという手法。これは、性質の異なるふたつの開発体制を無理に並行させる負担を生み、組織としての意思決定を重く、遅くさせている。

 一時的な収益の確保に甘んじているうちに、ソフトウェアの更新速度で他社に圧倒され、気づいた時には手遅れになっている――そんな懸念は、決して杞憂ではないだろう。

 今、メーカーは自らの立ち位置を改めて問い直すべき時期に来ている。自動車会社が、これまで通り精巧な機械を作る組織であり続けるのか。それとも、移動にまつわる新たな体験やサービスを提供する存在へと生まれ変わるのか。2035年に向けて、業界は大きな転換期を迎えている。

 今日のHVにおける成功が、皮肉にも明日のデジタル面での敗戦を招く前触れにならないか。物理的な制約に縛られない、しなやかな構成の戦略こそがいま求められている。

 昨今の地政学的な燃料調達のリスクも無視はできない。そうした不透明な時代に、利用者の期待に応える「自由度の高い体験」をいかに提供できるか――この問いに対する答えの出し方ひとつが、企業の存続を左右することになるはずだ。