『1975年のケルン・コンサート』不完全な状態から生まれた、伝説のコンサート

キース・ジャレット、伝説のコンサートの舞台裏, ティーンのプロモーター、ヴェラ・ブランデスの青春像, キース・ジャレットをめぐるロードムービー, 不完全な状態から生まれるマジック

『1975年のケルン・コンサート』不完全な状態から生まれた、伝説のコンサート

キース・ジャレット、伝説のコンサートの舞台裏

キース・ジャレットが1975年1月にドイツ・ケルンのオペラハウスで行ったソロによるライブ、「ザ・ケルン・コンサート」は今も音楽界の伝説として語り継がれている。

76年にアルバムがリリースされると、大きな評判を呼び、世界中で400万枚以上の売り上げを記録。過去のジャズのピアノアルバム、そして、ソロアルバムとしても最高の売り上げとなっている。そして、今に至るまでキースのキャリアにおける代表作のひとつと考えられている。

『1975年のケルン・コンサート』(25)は、そんなキースの歴史的なライブ公演の舞台裏を描いた作品だ。ただ、主役は彼ではなく、このコンサートを主催した18歳の若き女性プロモーター、ヴェラ・ブランデス。当時、ジャズに心酔していた彼女は、ベルリンでキースの生演奏を聞いて衝撃を受け、ケルンでも同じようにコンサートを開きたいと考える。

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『1975年のケルン・コンサート』(c) Wolfgang Ennenbach / One Two Films

ただ、そのためには高額の保証金も必要となる。10代の彼女にはとても手の届かない金額だ。歯科医の娘だったヴェラだが、厳格な父親は彼女の活動に否定的。音楽に関した仕事ではなく、歯科医のように堅実な仕事につくことを望んでいる。だから、父親から借りるのは不可能に思える。

しかし、なんとか資金を得ることができて、コンサートの開催に向けて動き始める。ところが、当日になって別の問題が持ち上がる。キースは普段のピアノより鍵盤も多いベーゼンドルファーのインペリアルを希望していたが、会場に置かれていたのは同じベーゼンドルファー製でも、もっと小型のリハーサル用のピアノ。しかも、ペダルもこわれ、ひどい音しかでない。それを知ったキースは激怒し、コンサートに出演できないと言い出す。絶体絶命のピンチ!

ヴェラがどう危機を乗り越え、最終的にはコンサートが実現したのか。そのスリリングな展開が、この映画の後半の見せ場となる。

ティーンのプロモーター、ヴェラ・ブランデスの青春像

この作品はドイツ映画として作られ、ドイツ映画賞では作品賞や演技関係の賞にもノミネートになっているが、監督自身はドイツ人ではなく、ニューヨーク在住のイスラエル系の監督、イド・フルークだ。フルーク監督にオンライン取材できたので、彼の言葉も紹介しながら、その製作への道のりを振り返ってみたい。

この映画の製作にあたって、何よりもフルークがこだわったのが、ヴェラの存在だ。たまたま雑誌で、ケルン・コンサートとヴェラをめぐる物語を読み、その展開に興味を持ったという。

「あのコンサートでは、ほとんど壊れたピアノが使われ、しかもプロモーターがティーンエージャーの女性だったことを知り、すごく驚きました。こわれた楽器から、素晴らしいアートが生まれるプロセスを描くことができる。これは素晴らしい物語になると直感しました」

まずはヴェラを探し出すことから映画作りが始まった。運よく彼女と連絡が取れ、あなたの物語を映画にしたい、と告げたら、ヴェラはこう答えたという――「やっとね(Finally)」。ヴェラも心のどこかで、この物語が映像化される瞬間を待ち望んでいたのだろうか。

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『1975年のケルン・コンサート』(c) Wolfgang Ennenbach / One Two Films

1970年代に当時としては珍しかった10代の音楽プロモーターとなり、この歴史的なコンサートを実現させたヴェラのことを、フルークは“フェミニスト・アイコン”と呼んでいた。

ヴェラから当時の話を8時間ほど聞いて監督は脚本を作っていったという。映画は中年となったヴェラが、自分の誕生日に過去を振り返る、というスタイルが取られている。

若き日のヴェラを演じるのは、マラ・エムデというドイツの若い女優で、この映画で彼女はドイツ映画賞の主演女優賞にノミネートされている。エムデには挑戦的な側面があり、物おじしない強さも感じた、と監督は語っていた。一緒に闘いながら、映画を作っていける女優と考え、彼女をキャスティングした。

ヴェラは高校に在学中から、音楽プロモーターのアルバイトを始め、新聞に取材される存在にもなる。しかし、厳格な歯科医の父とはいつも対立する。反逆児でありながら、10代ならではの未熟さもあるヴェラ。この映画はジャズという音楽を通じた彼女の成長物語にもなっている。

彼女には仲のいい女友だちなど、何人かの協力的な仲間がいる。ヴェラ同様、父親と折り合いの悪い兄もやがてはこのグループに加わる。一緒にいる時はジャズだけではなく、クラウト・ロックと呼ばれるドイツのロックも楽しむ(日本でも音楽マニアには知られているCanなども劇中では使われる)。社会の価値観が変わりつつあった1970年代。ヴェラたちは女性の中絶の権利を訴えるデモにも参加する。

そんな新しい風が吹いていた70年代。コンサート実現のため、ヴェラはケルンの街を疾走する。まだ、世の中をよく知らないからこそ、自分のイノセントな夢にまっすぐ飛び込める。そんなヴェラの輝きがこの青春映画の支柱になっている。

キース・ジャレットをめぐるロードムービー

前半はヴェラの物語だが、中盤からはガラリと映画のトーンが変わり、キース・ジャレット本人と彼の所属したレーベル、ECMの創業者のマンフレード・アイヒャー、さらに彼らに同行する音楽ジャーナリスト、マイケル・ワッツの物語になっていく。

当時のキースはヨーロッパ各地をまわりながら、ソロ・コンサートを続けていた。この映画を見ると、小さな車に乗って、ふたりだけで地味に演奏旅行を続けていたことが分る。

アイヒャーがドイツでこのレーベルを立ち上げたのは1969年。「沈黙の次に美しい音」をめざしたレーベルだった。所属アーティストは、キースの他にピアニストのチック・コリア、ギタリストのパット・メセニーやビル・フリゼール、ヨーロッパ系のヤン・ガルバレク、現代音楽のアルヴォ・ペルトーやスティーヴ・ライヒなど、著名なミュージシャンが多い。

また、このレーベルはジャケットのアートワークに凝ることでも知られている。当時はキースと並んで新鋭ピアニストの筆頭として注目されていた、チック・コリアのベストセラー・アルバム「リターン・トゥ・フォーエバー」は海を飛ぶカモメの写真が使われているが、どこか幻想的な雰囲気も漂う。「ザ・ケルン・コンサート」は白地でキースがピアノに没入しているモノクロ写真があしらわれ、詩的な雰囲気も漂う(ただ、これはケルンではなく、別のコンサートからの写真のようだ)。

個人的に忘れがたい思い出があるECMのジャケット・デザインは、ふたりのギタリスト、ラルフ・タウナーとジョン・アバークロンビーが80年代初頭に出した「ファイブ・イヤーズ・レイター」である。白地にセピア調の海辺の写真があしらってあり、ふたつのビーチチェアだけ、うっすら人工着色されている。あまりにも美しくて、知り合いの音楽関係の事務所で見かけて、どうしてもほしい、とお願いしてもらって帰った覚えがある(音はまるで知らないまま、持ち帰ったが、音の方もよかった)。

アートワークとサウンドが一体化することで、独特な世界観を作り上げ、“静謐”という日本語がはまりそうな音作りを見せていた(このレーベルをめぐるドキュメンタリー『ECMレコード サウンズ&サイレンス』(09)も作られている)

今回の映画でキースを演じているのは、アメリカの男優、ジョン・マガロ。ケリー・ライカート監督の『ファースト・カウ』(19)、社会ドラマ『セプテンバー5』(24)、過去の恋愛をモチーフにした『パスト・ライブス/再会』(23)などに出演した実力派の男優で、髪型を変えたり、メガネをかけたりするだけで、別人に見える。

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『1975年のケルン・コンサート』(c) Wolfgang Ennenbach / One Two Films

そんな彼ゆえ、「ザ・ケルン・コンサート」のジャケット写真に写ったキースのイメージを裏切らない雰囲気を見事に作り上げていく。

腰痛をかかえ、睡眠不足にも悩まされ、最悪の体調でケルンでのコンサートを迎えるキース。あまりにも若すぎるヴェラを頼りなく思い、この映画を見る限り、彼女へのリスペクトは感じられない。

見るからに神経質そうな天才型のアーティスト。そんなキースの気難しそうな雰囲気をマガロは見事に作り上げる。

監督のフルークがマガロの演出において気をつけた点は「抑制された演技に徹すること」だという。「いかにもキース風の演技だとカリカチュアに見えるので、彼の微妙なニュアンスを伝えられるように心がけました」と監督は語っていた。

マンフレート・アイヒャー役のドイツの俳優、アレクサンダー・シェアーも好演で、この映画でドイツ映画賞の助演男優賞候補になっている。キースを辛抱強く見守りながら、サポートして、自分のめざす音楽世界を作り上げる。そんな人物像が映画から伝わる。

コンサートの直前にアイヒャーが音楽ジャーナリストのマイケル・ワッツにバーで語る言葉が意味深だ――「アメリカは芸術を食い物にするが、ヨーロッパには聴き手がいる。だから、そういう人間のための音楽をめざしたい」。

描かれた時代は1970年代半ば、ECMの設立からまだ10年未満の時期である。しかしその後、ヨーロッパのジャズの歴史を語る時には欠かせないレーベルに成長した。まだ、創立から時間がたっていない時期のECM創業者と演奏家の質素な旅が描かれ、彼らの純粋な音楽観が伝わる点も興味深い。

最初はキースに邪険にされながらも、彼の動向を追うワッツ役のマイケル・チャーナスもユーモラスな温かみを映画にもたらす。ピリピリした現場に彼がいることで、どこかほっとできるし、いかにも音楽好きで、観察者でもある彼の存在がこの映画を静かに支えている。

不完全な状態から生まれるマジック

今回の映画、最初はドイツの10代の若者たちの奔放な青春映画だが、途中からはキースやアイヒャー、ワッツらの音楽の旅を描くロードムービーとなり、最後はそのふたつの流れがケルンで合流する。

こうした流れに関して、フルーク監督は「ジャズの即興演奏のように自分が感じるままに流れを作っていきました」と振り返っていた。

また、監督はこの映画のテーマに関して、「芸術的なマジックは実は不完全な状態から生まれることもある。そのことに何よりもひかれました」とも語った。このコンサートは今では伝説となっているが、それが実現する前の現場はあまりにもカオスな状態。どう考えても、うまくいくとは思えない緊張感が漂っている。

キース自身は今回の映画作りには協力的でなかったため、選曲に関しては別のピアニスト(ステファン・ルスコーニ)の曲やニーナ・シモンやカーメン・マクレエなどのジャズ・ボーカル、ロックのトッド・ラングレンの曲も使われる

ヴェラの最近のインタビューによると、キースとの友情はこのイベントによって生まれることはなかったという。音楽ファンからすると、ちょっと寂しいエピソードにも思えるが、監督によればヴェラは今回の映画の完成を心から喜び、作品も気にいってくれたという。「この映画がベルリン映画祭に出品されて、彼女も舞台に立ち観客に拍手で迎えられた瞬間は私の人生でも最も忘れがたいものになりました。多くの人が彼女の仕事を認めることになったのです」とフルーク監督はうれしそうに言っていた。

キース・ジャレット、伝説のコンサートの舞台裏, ティーンのプロモーター、ヴェラ・ブランデスの青春像, キース・ジャレットをめぐるロードムービー, 不完全な状態から生まれるマジック

『1975年のケルン・コンサート』(c) Wolfgang Ennenbach / One Two Films

「ザ・ケルン・コンサート」がリリースされた時、一部のジャズファンは日本でも難色を示していた(筆者の周囲にも何人かアンチがいて、「キースはもっと他にいいアルバムがある」と口をそろえて言っていた)。

もちろん、熱心な支持者もいた。そのうちのひとりが、テレビの名脚本家だった山田太一氏である。横浜にあるNHKの放送ライブラリーでは、2025年末から2026年初頭に「山田太一・上映展示会~名もなき魂たちをみつめて~」という企画展があったが、そこには生前、氏が愛聴していた「ザ・ケルン・コンサート」のアナログ盤も展示されていた。

そこには山田氏の「昼下りの悪魔」(冬樹社)という78年刊行の初期エッセイ集も置かれていたが、この本には「キース・ジャレット讃」という文章も収められている――「去年の暮れ、喫茶店で人を待っていると、素晴らしいピアノが流れはじめたのです。はじめからひきこまれ、進むにつれて、これはもうまいったという感じになってきた。のんびり椅子の背になんかもたれていられなくなった」

しかし、そこに待ち人が現れたので、その演奏者の名前が分からぬまま店を出た。その後、いろいろ調べてみたが、手がかりがつかめない日々が続く。しかし、しばらくたって、あるレコードショップで、再び、その音を耳にして迷わずアルバムを買って帰った。十数年間、ジャズを聴くのをやめていたが、以後、キースの他のアルバムも買うようになった。でも、やはり1番の愛聴盤はケルン・コンサートだったようだ。

白紙の状態で耳にしても、けっして忘れることのない静かなインパクトが残る透明感のある音楽。それが「ザ・ケルン・コンサート」だろうか。山田氏のエッセイを読むと、永遠に語りつがれる音楽の磁力が生々しく伝わってくる。

取材・文:大森さわこ

映画評論家、ジャーナリスト。著書に「ロスト・シネマ」(河出書房新社)他、訳書に「ウディ」(D・エヴァニアー著、キネマ旬報社)他。雑誌は「ミュージック・マガジン」、「キネマ旬報」、「スクリーン」等に寄稿。東京のミニシアターの歴史を追ったノンフィクション「ミニシアター再訪(リヴィジテッド) 都市と映画の物語 1981-2023」(アルテス・パブリッシング)で日本映画ペンクラブ賞を受賞。ウェブの「スクリーン・オンライン」で「英国 映画人File」を連載中。

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『1975年のケルン・コンサート』

新宿ピカデリー、ヒューマントラストシネマ有楽町、YEBISU GARDEN CINEMA、アップリンク吉祥寺ほか全国順次ロードショー中

配給:ザジフィルムズ

(c) Wolfgang Ennenbach / One Two Films