英国を飲み込む「赤い旋風」――老舗自動車メーカーを震え上がらせる「中国勢」の物量作戦、EV価格逆転とトップ10の半数支配

英国で起きたEV価格逆転

 英国の自動車市場で、ひとつの節目となる事態が起きた。国内最大級の自動車売買プラットフォーム「Auto Trader」が2026年4月17日に発表した最新のリポートによると、新型電気自動車(EV)の平均価格が、ついにガソリン車のそれを下回ったのだ。

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 数字を詳しく見ていく。新型EVの平均価格は4万2620ポンド(約914万円)。これに対し、ガソリン車は4万3405ポンド(約931万円)となっている。その差は785ポンド。わずかな開きに見えるかもしれないが、これまで「高価な乗り物」の代名詞だったEVが、価格面でガソリン車を追い抜いた意味は小さくない。

 この逆転劇は、技術革新の賜物というわけではなさそうだ。背景には、政府が掲げる

「ZEV規制(排出ガスゼロ車普及義務化)」

という高い壁がある。メーカー側は、未達による巨額の罰金を避けるため、なりふり構わぬ値引きや補助金の積み増しに動いている。さらに、部品供給から組み立てまでを一手に担う新興メーカーが安値攻勢を仕掛け、それに既存の自動車大手が防衛策を講じるなかで、この価格の均衡が生まれた。

 市場が自然に成熟して安くなった――というよりは、法規制と企業の思惑が激しくぶつかり合った末の逆転といえるだろう。ここからは、プレスリリースの事実を整理しながら、この事象の裏側に潜む力学を読み解いていく。

データが示す現状

英国で起きたEV価格逆転, データが示す現状, 制度的強制力が生む値引き, 中国メーカーの台頭, 変化する自動車市場の秩序

2026年4月、オートトレーダーで最も人気があった新型電気自動車モデル(問い合わせ数・リード数順)(画像:Auto Trader)

 Auto Traderの統計によると、新型EVの平均価格がついにガソリン車を逆転した。

 前述のとおりその差は785ポンド。この逆転劇は、政府による補助金だけでなく、メーカー側が繰り出すなりふり構わぬ値引きによって引き起こされた。市場全体の値引き率が10.0%にとどまるなか、EVに限れば11.7%という異例の割引水準にある。価格を決める主導権は、もはや作り手ではなく、買い手の手に移ったといえるだろう。

 消費者の反応も敏感だ。同サイトでの車両検索数は前年よりも21%伸びた。ちょうど4月は、英国で新しいナンバープレートが導入され、買い替え需要が膨らむ時期でもある。価格差が逆転したことで、消費者の

「損得勘定」

を動かす決定的な一線を超えたのかもしれない。市場の顔ぶれも激変している。最も売れ筋とされるモデルのトップ10を覗くと、驚くべきことにその半数以上を、JaecooやMG、Omodaといった中国ブランドが占めている。EV部門ではルノーの「5 E-Tech Electric」が首位を守ったが、2位と3位には中国資本のモデルがぴたりと背後につけている。

 ブランド別の勢力図を見ても、その傾向は鮮明だ。EV需要ではMGがシェア11.7%でトップに立ち、ルノーや起亜を上回る。ガソリン車を含む総合ランキングではBMWが首位を維持しているものの、2位には再びMGが食い込んだ。ランドローバーやフォルクスワーゲンといった欧州の老舗勢を、新興の勢力が脅かす構図が、今まさに形作られようとしている。

制度的強制力が生む値引き

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2026年4月のAutotraderにおける、問い合わせ数・リード数に基づく人気電気自動車ブランドのランキング(画像:Auto Trader)

 英国では現在、ZEV(ゼロエミッション車)法案が自動車メーカーに重い負担をかけている。販売台数の一定割合をEVにすることを義務付けるこの規制は、守れなければ多額の罰金を科すという厳しいものだ。メーカーにとって、EVを売ることはもはや利益を追うための手段ではない。巨額の制裁金を回避するための、いわば防衛的な行動へと姿を変えている。

 数字を追うとその切迫感が伝わってくる。3月に過去最高となる12.8%を記録したEVの平均割引率は、4月に入っても11.7%という異例の高水準を保ったままだ。前述のとおり車全体の平均割引率が10.0%であることを考えれば、EVにはさらに1.7ポイント分もの「上乗せされた値下げ」が断行されていることになる。

 この1.7ポイントの差を、販促キャンペーンの費用と見るのは早計だろう。実態は、法規制をクリアするために支払われるコンプライアンス上のコストが、価格の引き下げという形で現れたものといえる。

 各社が罰金を免れようと個別に動いた結果、ついにEVの価格がガソリン車を下回るという事態を招いた。本来の生産コストを考えれば、こうした価格設定は説明がつかない。利益を削ってでも一台を売り切ることが、罰金を払うよりも傷が浅いという経営判断。それが、市場が本来持っているはずの価格決定機能を、なかば麻痺させているのが現状だ。

中国メーカーの台頭

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2026年4月、Autotraderで最も人気があった新車モデル(問い合わせ数・リード数順)――全燃料タイプ (画像:Auto Trader)

 モデル別の需要ランキングを眺めると、驚くべき光景が広がっている。Jaecoo 7が3.1%のシェアで総合2位に食い込み、MG S9が4位、Omoda 5が8位。前述のとおりトップ10のうち、実に半数以上が中国資本のブランドで占められる事態となった。

 伝統ある既存メーカーが、古い生産設備や巨大な販売網の維持という重荷に苦しむ一方で、彼らは違う。部品の調達から組み立てまでを効率よくつなげた供給体制を武器に、圧倒的な数の車両を市場へ送り込んでいる。Auto Trader上の広告掲載台数が前年より13%も増えているという事実は、その潤沢な在庫が市場を覆い尽くそうとしている証拠だろう。

 サイトへの訪問数が21%伸び、消費者の目が新車に向く絶好の機会に、彼らは検索画面を自社製品で埋め尽くす。そうすることで、これまでの定番ブランドを消費者の選択肢から追いやる状況を巧みに作り出しているのだ。これは安売りではない。供給能力の差を見せつけることで、市場を物理的に奪い取る実力行使に近い。

 インフレや燃料代の負担が重くのしかかるなか、彼らが示す「手の届きやすい価格」は、生活を守るための合理的な選択として人々に受け入れられた。ブランド別の需要を見ても、MGが8.7%を記録し、ランドローバーの8.2%やフォルクスワーゲンの8.0%を上回って総合2位に躍り出た。かつての勢力図が、新興勢力の手によって塗り替えられている現実は、もはや否定しようがない。

 中古車市場との関係や、思うように進まない充電インフラの整備。こうした足元の制約が、新車の価格設定に大きな影を落としている。Auto Traderのベックス・ケネット氏が指摘するように、過去の需要増が長続きしなかった苦い経験から、メーカー各社は今の在庫をいち早く現金化しようと必死だ。現に新車の供給量は前年より13%も増えており、放っておけば供給過剰に陥るリスクと常に隣り合わせの状態にある。

 そこへ、地政学的な不安が追い打ちをかけた。イラン情勢などをきっかけにエネルギー供給への懸念が強まり、燃料費の高騰を恐れる人々の動きがにわかに活発化している。同サイトへの訪問数が20%も伸びているのは、その表れだろう。

 各メーカーはこの状況を、在庫を吐き出す好機と捉えたようだ。将来的なブランド価値を削ってでも、前述のとおり11.7%という異例の割引率を提示し、目の前の車両を強引に売りさばいている。供給の積み上がりと、ZEV法案を守らなければならないという二重の重圧。これらが重なった結果、価格を維持する力が失われ、ガソリン車より安いという逆転現象が起きた。地政学的なリスクという本来は後ろ向きな要素が、EVの安さを際立たせ、在庫放出を正当化する材料として機能している。

変化する自動車市場の秩序

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英国市場のEV価格逆転。

 英国で起きたEV価格の逆転劇は、環境保護への熱意が生んだものではない。法規制という壁と、市場に食い込もうとする参入者の思惑がぶつかり合った末の産物といえる。

 中国メーカーは、西側諸国が自ら作り上げた「脱炭素」というルールを、自慢の供給能力で巧みに利用している。メーカー各社は制裁金を逃れるために異例の割引を断行し、消費者は最も手近な移動手段として、ガソリン車より安いEVを選ぶ。こうした個々の合理的な振る舞いが積み重なった結果、欧州の自動車産業が築いてきた収益構造は足元から崩れ始めている。それは中国勢による市場制圧を無意識に受け入れる構図を形作ってしまった。

 前述のとおり新車市場全体でMGが総合2位に食い込んでいる現実は重い。こうした秩序の変化は、すでに戻ることのできない段階に入っている。在庫の供給量は増え続け、選択肢の半分以上を中国資本のモデルが占める。この事態を海の向こうの特殊な事例として眺め続けるのは、あまりに危うい。日本がこの変化を直視せず、手をこまねいている間に被る損失は、将来的に計り知れないものになるだろう。