予備校の栄枯盛衰を知る「代々木ゼミナール」共同代表が語る「大学受験」と「予備校の未来」 「競争をなくすことが日本の教育にいいことなのか」

代々木ゼミナールは多彩な講師陣を武器に1970年代~1990年代の“予備校熱狂時代”を牽引した。その一方、2000年代に入ってからは浪人生の激減もあり、2015年には校舎を大量閉鎖するなど方針転換を図った。同校のトップはかつての栄華と今後の生き残り策をどう考えているのか。
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「私の実家は代々木で、中学生になって電車通学が始まりました。当時の代々木駅前は多くの予備校生でごった返していたことを鮮明に覚えています。特に夏期講習の時期はあまりに人が多く、事務員がロープを張って予備校生を誘導していました」
SAPIX YOZEMI GROUP共同代表の高宮敏郎さん(51)はかつての代々木の雰囲気をこう振り返った。
1986年から92年の7年間は18歳人口が急増し、大学は何もしなくても受験生が集まることから「ゴールデンセブン」とも呼ばれた。この環境は予備校にとっても追い風となり、当時(89年)の「朝日ジャーナル」によれば、浪人生の数は40万にも迫る勢いだったという。当然、予備校には大学に入れなかった多くの浪人生たちが集い、あまたある予備校は生徒を奪い合った。まさに「予備校熱狂時代」と言われる時代だった。
「熱狂と言うかは別にして、本当にたくさんの浪人生が代々木に来て『予備校の町=代々木』を体現していました。予備校生を目当てにした『六大学弁当』なるものを出すお店もあり、周辺の飲食店も繁盛していましたね」(高宮さん)
代々木ゼミナールが設立されたのは、1957年。まだ浪人生に暗いイメージがつきまとっていた時代だった。そんな中、鉄筋コンクリート造りの立派な校舎を建て、ゼミナールというシャレた名前を冠した予備校は珍しかった。講座を好きに選べるアラカルト方式を採用したことで学生は好きな講師の授業を選択ようになり、一方、教える側も売れっ子講師になると「冠」がついた授業が持てるという“相乗効果”を生むシムテムを構築。教わる楽しさと教えるモチベーションをうまく融合させ、代ゼミは多くの生徒を獲得していった。それまでは日陰者的な存在だった浪人生を「予備校生」として表舞台に押し上げた存在ともいえる。

■1979年以降に始まった「情報戦」の時代
その後も予備校は市場規模を拡大させるが、社会から大きな注目を集めるようになったのは、1979年の共通一次試験のスタートだったと高宮さんは振り返る。
「その頃から受験対策が『情報戦』になっていきます。どれだけ多くの受験生のデータを取って蓄積するかで予備校の優位性が決まるようになった。そのデータを全国から集めるために、各予備校は全国展開を始めました。大学進学率も上がり、受験競争が激しくなっていく中で、偏差値という情報の価値が上がっていったことが予備校同士の競争を激しくしていった側面があると思います」
ところが、2000年代中盤以降は、予備校は厳しい「冬の時代」を迎える。加速度的に少子化が進み18歳年齢人口はピーク時の半分程度になる一方で、大学の数は年々増え続け、「大学全入時代」と言われるようになった。さらに受験生の「タイパ」「コスパ」意識の高まりなどで現役志向が強まり、浪人生は激減した。
2015年には代ゼミも全国27校舎のうち7割を超える20校舎を一気に閉鎖したが、これは多様化する入試制度に対応し、より質の高い学習環境を提供するための事業再編だった。2020年代には年内入試(総合型選抜、学校推薦型選抜)を使う受験生が増え、一般入試の志願者は減少傾向にある。
こうした社会情勢を鑑みると、昨今は競争を避ける社会になっていると高宮さんはみる。
「最近、ある県のトップ公立高が定員割れになったのです。定員割れとはいえ、本来、進学校はある程度の学力の生徒を集める必要があり、選抜試験で学力が不十分な生徒は不合格にしたいところでしょう。しかし、近年、定員内不合格について文部科学省が調査や聞き取りを行っており、結果的に全員が合格となりました。そこに競争はないのです。高校受験で競争をしなかった生徒たちは、将来の大学受験も総合型選抜などで競争を避ける傾向が見られます」
一方、中国やインドなど経済発展が著しい国々では、非常に厳しい大学受験競争が繰り広げられている。グローバル化が進む現在、日本の学生も大学卒業後はこうした国々の若者と渡り合うことになる。
「大学入試から競争をなくしていくことが、はたして日本の教育にとっていいことなのでしょうか。私は疑問です。若いうちに他者と切磋琢磨(せっさたくま)する環境をつくることは必要だと考えます。もちろん、総合型選抜などを否定するつもりはありません。しかし、学生時代の『経験』が評価される入試制度は、家庭の経済状況などで格差が生じてしまう面もあると思います。それよりは、シンプルに勉強の到達度を測定するペーパーテストの方が、実は公平な制度だと思います」

■「学校経営」には携わらないという矜持
とはいえ、前述のような環境変化により、予備校の未来は不透明さを増している。そんな中で代ゼミは受験生にとってどのような存在になろうとしているのか。
「生徒たちのセーフティーネットでありたいと考えています。行きたい大学があったけれど高校時代の勉強では足りなかった、部活もがんばったけど勉強では少し追いつかなかった、そういう生徒はこれからもいなくならない。じゃあもう一年がんばろうという生徒を救う装置として存在したいですね」
その意味で、SAPIX YOZEMI GROUPでは学校教育法第一条で定められた「学校」の経営には携わらないという。自らのグループが学校運営をしたら中立性が損なわれるという高宮さんの思いがあるからだ。
「グループの中に『学校』があれば、どうしてもそこを推したくなります。私たちはあくまで学校を支える立場からは外れてはいけない。いい学校には伝統、文化、卒業生のネットワークがあります。それをリスペクトしているので、私たちは中立であり、支えていく立場であることを変えるべきではないと考えています」
(鮎川哲也)
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