「鉄道を拒否した城下町」栃木県大田原市が、朝ドラ『風、薫る』の聖地になるまで…移住者急増「那須塩原市」との明暗

明治の時代、栃木県の小さな城下町から、日本の看護の歴史を変えた女性がいました。

【写真】「オシャレすぎる!」「これは移住したい…」移住者が殺到している《那須塩原の現在》

4月からスタートしたNHK連続テレビ小説『風、薫る』。日本初の「トレインド・ナース」である「大関和(おおぜき・ちか)」さんと「鈴木雅(すずき・まさ)」さんの2人をモチーフにした、明治黎明期の「冒険物語」です。

「和」がモデルとなったヒロイン「一ノ瀬りん」役を見上愛さんが、バディである「大家直美」役を上坂樹里さんが演じています。

ドラマは、2人が明治時代の東京で出会い、さまざまな人たちと関わりながら看護の仕事と向き合っていく物語。これからますます目が離せない展開が続きます。

舞台地であり、ロケも行われた栃木県

そんな『風、薫る』のゆかりの地として注目を集めているのが、「和」が生まれ育った、現在の栃木県大田原市の「黒羽(くろばね)」という古い城下町です。

ロケは栃木県内でも行われ、町内の古刹「黒羽山 大雄寺」では制作記者会見も開催されました。

舞台地であり、ロケも行われた栃木県, 歴史に翻弄された、栃木県北の中心地「大田原」, 「那須」は、明治時代に開拓された“新しい地域”, 居住者が増加している「那須塩原市」, 「移住者に優しい」那須の地

「黒羽山 大雄寺」へは、シャガの白い花が一面に咲く山道を登り、山門を目指します(写真:筆者撮影)

現代の黒羽や那須地域を実際に訪れ、「和」が生きた時代を感じてみたいと思います。

【記事中にない写真もこちらから】「オシャレすぎる!」「これは移住したい…」移住者が殺到している《那須塩原の現在》(40枚)

江戸時代、黒羽には石高2万石ほどの「黒羽藩」があり、藩主の大関家は、下野国の大名「那須家」を支える「那須七党」の一角として、代々この地を治めてきました。

大雄寺は藩主・大関家の菩提寺であり、代々の墓所があります。本堂や総門などの茅葺きの建物が印象的で、国の重要文化財に指定されています。

舞台地であり、ロケも行われた栃木県, 歴史に翻弄された、栃木県北の中心地「大田原」, 「那須」は、明治時代に開拓された“新しい地域”, 居住者が増加している「那須塩原市」, 「移住者に優しい」那須の地

「黒羽山 大雄寺」の本堂前には300株を超えるボタンが植栽されており、4月末頃に見頃を迎えます(写真:筆者撮影)

「和」の父・大関増虎は藩主・大関一族でもあり、黒羽藩の家老を務めていました。母もお隣・烏山藩(現那須烏山市)藩士の娘であり、「和」は生粋の「那須の武家の娘」として1858年(安政5年)に生まれました。

「和」の生家は、黒羽城址公園から大雄寺を経て続く古道「大宿街道(だいじゅくかいどう)」沿いにあったとされ、そこには記念碑やデザインマンホールがあり、ドラマのファンが記念写真を撮っていました。

付近にある黒羽小学校の門には、黒羽藩家臣・大沼家の門が移築されています。

舞台地であり、ロケも行われた栃木県, 歴史に翻弄された、栃木県北の中心地「大田原」, 「那須」は、明治時代に開拓された“新しい地域”, 居住者が増加している「那須塩原市」, 「移住者に優しい」那須の地

『風、薫る』の放送を記念し、ヒロインのモデル・大関和をイメージした「チカちゃん」がデザインされたマンホールが、生家そばに設置されています(写真:筆者撮影)

舞台地であり、ロケも行われた栃木県, 歴史に翻弄された、栃木県北の中心地「大田原」, 「那須」は、明治時代に開拓された“新しい地域”, 居住者が増加している「那須塩原市」, 「移住者に優しい」那須の地

激渋な黒羽小学校の校門。移築されたリアル武家屋敷門です(写真:筆者撮影)

町内には、源平合戦で活躍した「那須与一」の活躍をたたえる「那須与一伝承館」があります。11月3日まで『風、薫る』関連の特別企画展が開催されており、「和」の生い立ちや取り巻く人々、当時の衛生環境などを伝える展示は必見です。

また、隣接する「道の駅那須与一の郷」では、当時「和」が愛したとされるフレンチトースト「パン・ペルデュ」をイメージしたジェラートがお土産として人気を集めています。

舞台地であり、ロケも行われた栃木県, 歴史に翻弄された、栃木県北の中心地「大田原」, 「那須」は、明治時代に開拓された“新しい地域”, 居住者が増加している「那須塩原市」, 「移住者に優しい」那須の地

右が「パン・ペルデュジェラート」。フレンチトースト風味でした。左は定番の人気商品「ミルクジェラート」(写真:筆者撮影)

歴史に翻弄された、栃木県北の中心地「大田原」

聖地・黒羽がある大田原市は、近代化の波に大きく翻弄された過去があります。

黒羽や大田原といった町は、古くから街道沿いの宿場町として栄えてきました。古くは東山道、江戸時代には「五街道」の1つである奥州道中(旧奥州街道)が通る交通の要衝です。

大田原地区の中心には、16世紀に大田原資清によって築城された大田原城跡があります。

かつての奥州街道は、市南部の佐久山宿からその大田原城の前を通り、現在の那須塩原市・那須町を経て福島県白河市へと至る、江戸と東北を結ぶメインストリートでした。1874年(明治7年)には栃木県庁大田原支庁が置かれるなど、県北東部の中心はここ大田原だったと言えます。

舞台地であり、ロケも行われた栃木県, 歴史に翻弄された、栃木県北の中心地「大田原」, 「那須」は、明治時代に開拓された“新しい地域”, 居住者が増加している「那須塩原市」, 「移住者に優しい」那須の地

かつてメインストリートだった名残がありました(写真:筆者撮影)

しかし、明治期の鉄道開業時には「鉄道敷設反対運動」の影響で、東北本線の前身「日本鉄道」の路線は大田原を経由せず、隣町の西那須野(当時の那須野村、1886年開業)や黒磯(現・那須塩原市)、黒田原(現・那須町)を通ることになりました。

大田原は鉄道の通らない町となり、結果として、物流の主役の座を奪われてしまったわけです。

大田原への鉄道開業は1918年、西那須野駅から私鉄「東野(とうや)鉄道」が開通してようやく実現しますが、68年に廃止されてしまいます。その後はバス路線として市民の足となり、2018年からは関東自動車が引き継いでいます。

現在もJR西那須野駅から大田原市街へ向かうバスの側面には、当時の「TOYA」のロゴが掲げられています。

舞台地であり、ロケも行われた栃木県, 歴史に翻弄された、栃木県北の中心地「大田原」, 「那須」は、明治時代に開拓された“新しい地域”, 居住者が増加している「那須塩原市」, 「移住者に優しい」那須の地

「TOYA」のロゴが入ったバス(写真:筆者撮影)

「那須」は、明治時代に開拓された“新しい地域”

実は「那須」という地域、そのほとんどが明治以降に開拓された、比較的新しいエリアです。

西那須野駅や、その後開業した東北新幹線「那須塩原駅」付近は「那須野が原」と呼ばれ、明治に入ってから開拓された地域。もともとは川がない火山灰層や砂礫層だった土地に、「那須疏水」の大工事によって水が引かれました。

「那須疏水」は、「琵琶湖疏水」(滋賀県〜京都府)や「安積疏水」(福島県)と並ぶ、日本三大疏水の1つです。

舞台地であり、ロケも行われた栃木県, 歴史に翻弄された、栃木県北の中心地「大田原」, 「那須」は、明治時代に開拓された“新しい地域”, 居住者が増加している「那須塩原市」, 「移住者に優しい」那須の地

1898年に東那須野駅として開業し、1982年に「那須塩原駅」に改称、現駅舎が竣工しました。2017年には駅構内のリニューアルが行われています(写真:筆者撮影)

その那須野が原には、ドラマにも実名で登場する大山巌(高嶋政宏さん)をはじめ、西郷従道、松方正義などの薩摩出身者、そして長州出身の山縣有朋や青木周蔵、肥前出身の鍋島直大など、当時の錚々たる有力者たちが国有地の払い下げを受けて大規模農場を開き、別荘を構えました。

その一部は、現在でも保存されて見学することができます。

「ドイツ翁」と呼ばれた青木周蔵が居を構えた「青木地区」にある「旧青木家那須別邸」の建造物は、1999年に国の重要文化財に指定されています。

現在、その付近は「明治の森・黒磯」という道の駅エリアとなっており、明治期の開拓時代の空気を体感でき、市民に親しまれています。「山縣有朋記念館」(矢板市)などとともに、日本遺産の構成文化財となっています。

舞台地であり、ロケも行われた栃木県, 歴史に翻弄された、栃木県北の中心地「大田原」, 「那須」は、明治時代に開拓された“新しい地域”, 居住者が増加している「那須塩原市」, 「移住者に優しい」那須の地

白い洋館が美しい「旧青木家那須別邸」。道の駅「明治の森・黒磯」の敷地内に建っています(写真:筆者撮影)

舞台地であり、ロケも行われた栃木県, 歴史に翻弄された、栃木県北の中心地「大田原」, 「那須」は、明治時代に開拓された“新しい地域”, 居住者が増加している「那須塩原市」, 「移住者に優しい」那須の地

2024年にリニューアルオープンした道の駅「明治の森・黒磯」。地域の野菜や果物、加工品の買い物や、レストランでは地域の食材を使った食事を楽しめます(写真:筆者撮影)

ちなみに、現在の皇室の「那須御用邸」が作られたのは、今からちょうど100年前の1926年で、当時皇太子であった昭和天皇が、山々と高原の美しい景観に魅せられ建設したのが始まりであったとのことです。

居住者が増加している「那須塩原市」

このように現在の那須地域は、黒羽を含む古い城下町や宿場町が残る東部エリアと、最近に開拓された、那須塩原や那須町などの西部エリアに分かれています。

舞台地であり、ロケも行われた栃木県, 歴史に翻弄された、栃木県北の中心地「大田原」, 「那須」は、明治時代に開拓された“新しい地域”, 居住者が増加している「那須塩原市」, 「移住者に優しい」那須の地

下野最北の宿場だった「芦野宿(あしのしゅく)」。往時を偲ばせる景色が残っています(写真:筆者撮影)

那須塩原市では、新しい街であるといった土地柄から、移住者を受け入れやすい風土が伝統的にあり、特に新幹線の駅近くのエリアは、移住定住や2拠点居住などで居住者が増加しています。

2025年の那須塩原市の人口は11万5611人で、24年と比較して2200人ほど増えています。20年以降、5年ぶりに11万5000人を超える形となりました。

コロナ禍以降のテレワークの普及によって、都心勤務者とその家族が引っ越してきたため、市内の学校では生徒数が急増。校内で運動会ができず、ほかの施設を使うことになったケースも見られるそうです。

舞台地であり、ロケも行われた栃木県, 歴史に翻弄された、栃木県北の中心地「大田原」, 「那須」は、明治時代に開拓された“新しい地域”, 居住者が増加している「那須塩原市」, 「移住者に優しい」那須の地

さすが酪農の街。かわいらしい牛柄のポストが!(写真:筆者撮影)

「移住者に優しい」那須の地

那須塩原エリアは開拓以来、酪農が盛んで、那須塩原市の生乳生産量は全国で2位。トップ10に北海道の自治体が並ぶ中、堂々の2位となっており、本州では断トツの生産量を誇ります。

また、移住してきた新しい住民が開いた店舗も多く、市外や県外からも来訪者を集めています。

JR黒磯駅前には、魅力的な建築で知られ、地域の拠点となっている市立図書館「那須塩原市図書館 みるる」があり、向かい側には地元で人気のパン店「カネルブレッド」や、ピザ店「ピッツェリア ピコ」が並びます。

舞台地であり、ロケも行われた栃木県, 歴史に翻弄された、栃木県北の中心地「大田原」, 「那須」は、明治時代に開拓された“新しい地域”, 居住者が増加している「那須塩原市」, 「移住者に優しい」那須の地

「森」を表現したという「那須塩原市図書館 みるる」(写真:筆者撮影)

舞台地であり、ロケも行われた栃木県, 歴史に翻弄された、栃木県北の中心地「大田原」, 「那須」は、明治時代に開拓された“新しい地域”, 居住者が増加している「那須塩原市」, 「移住者に優しい」那須の地

放射状の本棚によって構成された館内。2021年度グッドデザイン賞を受賞しました(写真:筆者撮影)

庶民的な商店街も近くにあり、移住者にも住みやすいエリア。このような住環境が2拠点居住者の増加に勢いを与えていると言えます。

明治期以降、時代の波に翻弄されながらも、その歴史の流れを現代に感じることのできる那須地域。「明治のナイチンゲール」の故郷を訪ね、彼女が生きた時代の息吹を感じてみてはいかがでしょうか。

舞台地であり、ロケも行われた栃木県, 歴史に翻弄された、栃木県北の中心地「大田原」, 「那須」は、明治時代に開拓された“新しい地域”, 居住者が増加している「那須塩原市」, 「移住者に優しい」那須の地

人気のパン店「カネルブレッド」やピザ店「ピッツェリア ピコ」が並ぶ駅前のオシャレエリア(写真:筆者撮影)