「パパがいるから…」香坂みゆき、離婚で気づいた「窮屈さの正体」自分で自分を縛った「理想の妻」の20年
「ごめん、パパが休みだからランチに行けない」。誰に止められたわけでもないのに、自分から予定をキャンセルしていた。23年に離婚を公表した香坂みゆきさんが、20年の結婚生活を振り返って気づいたのは、「妻はこうあるべき」という見えないルールを課し、自分を縛ってきたのは、他でもない自分だったという事実でした。「本当はずっと自由だった」と語る、今の心境とは。
20年の結婚生活「悩まない人はいないと思いますよ」

香坂みゆき
23年に、離婚していた事実を認める形で公表した── 23年に、20年以上連れ添った方と離婚していたことを公表されました。
香坂さん:もともと私は誰かが「結婚しました」「離婚しました」ということにあまり興味がないので、自分が離婚したこともわざわざ言う必要はないと思っていました。「誰も興味ないでしょ、私の離婚なんて」と(笑)。でも、「最近、家にひとりしか出入りしていない」と張り込みをされたことがあって、「こういうことに興味がある人もいるんだな」と思い、事実を認めるかたちで結果的に公表となりました。
── 離婚を決断するまでの間、迷いはあったのでしょうか。
香坂さん:20年以上の結婚生活でしたから、悩まない人っていないと思いますよ。「たかが20年」という見方はあるかもしれませんが、それだけ長く一緒にやってきた生活の形があります。それを変えるのって、すごく大きなことですよね。
私の場合は前にも一度離婚していましたし、「自分は家庭人に向いているふうではあるけど、そう装っているだけなのかな」と、不安や悩みを抱えた時期がありました。でも(離婚を)決めたら、そこからの行動は早かったですね。
理想の妻を知らぬ間に「自作自演」してきた
── 結婚生活を振り返って、「自分で自分の首を絞めていた」と感じた部分があったそうですね。
香坂さん:1つの理由で(離婚が)決まったわけではないんですけど、あとから客観的に自分を見ると、「『妻としてはこうあるべき』みたいなものがあったな」と感じました。たぶん、みなさん持っていると思うんですよ。「こういう奥さんが素敵」とか「こうあるべき」みたいなものって。それを私も頑張ってやってきたんだと思います。芝居をしているわけじゃないけど、理想の自分を作ろうとしていたというか。
── 具体的にはどんな場面でそう感じていましたか。
香坂さん:たとえばママ友とランチの約束をしていても、「あ、今日パパが休みになったから家にいるな」と思ったら「じゃあランチには行かないでおこう」と思っちゃうんですよね。別に「行くな」と言われていたわけでも、嫌みを言われていたわけでもないんです。それなのに「ごめん、ランチの約束、来週にできない?」と延期する選択をしてしまう自分がいました。
── 当時は妻や母としてのマイルールがあったのでしょうか?
香坂さん:「これ!」という明確なものがあったわけではありません。たとえば「家族なんだから、みんなで一緒にご飯を食べよう」とか、そういうごく当たり前のことですね。私が育ってきた家庭でも母や祖母がそうしていて、「ご飯はお母さんが作るもの」という空気のなかで育ってきました。実際、どんなときでもご飯は作りましたし、家もそれなりに整えて、やるべきことはちゃんとやってきたつもりです。
── 「私はちゃんとやっている」という思いを、わかってほしいという気持ちはあったと思いますか?
香坂さん:「私はこんなにやっている」と口に出したことはなかったけれど、もしかしたら相手にはそのように伝わっていたのかもしれない、と後になって思うことはありました。でも離婚してから、「本当に全部、やる必要があったのかな」「やらなくてもよかったことも、たくさんあったのかもしれないな」と思うようになったんです。
離婚して気づいた「本当はもともと自由だった」
還暦を過ぎてからやりたいことが増え、最近では独学でウクレレを練習しているそう── ご自身の中に「こうあるべき」というような「基準」があったのですか?
香坂さん:たとえばの話ですが、私は性格上、家にゴミが落ちていたら「ゴミだ!」と思って取りに行く方なんです。でも、ゴミが見えていても「ゴミだな」と思ってスルーする人もいますよね。これは誰が悪いとかではなく性格の違いなんですが、ゴミが放っておかれているのを見ると、私はイライラしてしまう。そういった自分の「物差し」があったのかなと思います。
── そうした「物差し」が、しんどさのひとつになっていた?
香坂さん:頑張りすぎてしまったことで、自分に自分が疲れる、みたいな感じがあったと思います。でもこれは、離婚後に振り返って気づいたことではありますけどね。
── 当時は「自分で自分を縛っている」とは感じなかったのですね。
香坂さん:そうですね。ところがひとりになってみると、「あぁ、私、なんか自由じゃない?何をしようがどう決めようが勝手なんだわ」と思えてきました。ただ、それだけじゃなくて、「本当はもともと自由だったかもしれない」という気づきもあったんです。結局、ちゃんとコミュニケーションがあればよかったんだと、今は思っています。
── 結果的に離婚されましたが、別の選択肢もあったかもしれないと思うことはありますか?
香坂さん:それはないと思います。もう十分にやりましたしね。
自分を縛る「やるべきこと」を手放して変わり始めた人生

香坂みゆき
今では仕事の合間を縫って、積極的に海外へも── シングルになり、「昔も今も、実は自由だった」と感じたことで、行動にはどんな変化が現れましたか?
香坂さん:誰かに「行ってはいけない」「やってはいけない」とは言われてないのに、自分で勝手にそう決めてしまっていることがあったなと思っていて。家族のスケジュールに合わせるのが基本になっちゃうと、「行けないもの」「やれないもの」だと思い込んでしまうことってあると思うんです。
── 具体的にはどんなことですか?
香坂さん:たとえば旅をすることですね。子どもたちが小さい頃は一緒に毎年ハワイへ行っていましたが、子育てが終わってからはコロナ禍や仕事も相まって行くことはなくなっていたんです。
── ひとりでフラっと旅行をすることはあまりなかった?
香坂さん:子育て真っただなかの時は、「子どもを置いて私ひとりだけ行く」なんてできませんでした。でもシングルになって自由を感じてからも行くことはなかったので、そんな話をハワイの友人に電話でしていたら、「航空券を買えば、ひとりでも来られるでしょう?」と言われたんです。「それはそうだけど…、本当に行けるのかな」と当初は迷っていたんです。若い頃はよくひとり旅もしていたのに。
── 平日はレギュラーで生放送番組に出演されていますよね?
香坂さん:当時は月曜から木曜まで午前中に生放送がありました。でもよく考えると、「木曜日の夜に出て、現地で2日間遊んで日曜日に帰ると、月曜日から仕事ができるな」と。それで行ってみることにしたんです。
── すごい体力ですね(笑)。
香坂さん:意外と行けるんですよ!それに、「2泊4日じゃ何にもできない」と思っていたのに、行ったら楽しく過ごすことができました。「行こうと思えば行けるし、楽しめるんだ」と思ったら、年に1、2回は行きたいときにはビュッと行ける気がして。そこから行き先に関係なく、旅行へは気楽に行けるようになりましたね。
もともと忙しいのが嫌いじゃないタイプでもあるんですが、「やりたいと思ったことって、意外とできる」という感覚になりました。「やるべき」と思っていたことを手放すと、それまで使っていた時間を、やりたいことに費やせるんですよね。旅行もそうですし、最近では趣味としてやっている習字やウクレレも楽しんでいます。
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「ちゃんとした妻・母でいなきゃ」。そう思うほど、自分の時間が後回しになっていく。そんな感覚に覚えがある人も多いのではないでしょうか。
ただその裏で、自分の時間だけでなく、気持ちも少しずつ削られているとしたら…?
香坂さんが気づいたのは、「やらなきゃ」と思っていたことの多くが、自分で決めていた「基準」だったということでした。その基準を少しゆるめるだけで、見える景色が変わることもあるのかもしれません。
取材・文:石野志帆 写真:香坂みゆき