恋人の自殺、そして日本へ…スイスの異才画家・カール・ヴァルザーが、京都・宮津を特別に気に入った理由

謎めいた神秘性をたたえた初期の作品, 恋人が自殺、療養のため日本へ, 宮津に魅せられたヴァルザー, 代表作を網羅した日本初の回顧展

《祇園祭、京都・八坂神社》1908年 新ビール美術館

日本とも縁が深いスイス人画家カール・ヴァルザー。ベルリン分離派時代の象徴主義的な絵画作品に加え、挿絵や舞台美術、壁画などヴァルザーの活動の全貌を紹介する展覧会「スイス絵画の異才 カール・ヴァルザー 世紀末の昏き残照」が東京ステーションギャラリーで開幕した。

謎めいた神秘性をたたえた初期の作品

 19世紀末から20世紀初めにかけて、ドイツ語圏の国々では旧来の芸術を否定する新たな運動が興った。彼らは伝統からの分離を志したため「分離派」と呼ばれ、ミュンヘン分離派(1892年)、ウィーン分離派(1897年)に続き、1899年にはマックス・リーバーマン主導のもとベルリン分離派が結成された。ベルリン分離派には20世紀を代表する芸術家が多数在籍し、著名なところではエドヴァルド・ムンク、エルンスト・ルートヴィヒ・キルヒナー、エミール・ノルデらが知られている。

 スイス人画家カール・ヴァルザーは1902年にベルリン分離派展に初参加し、翌年には正式な会員になった。象徴主義的な絵画に取り組み、クリムトやシーレ、ビアズリーに通じる神秘的で謎めいた作品を数多く残している。

 ベルリン分離派でのデビュー作となった《婦人の肖像》(1902年)。作品に込められた寓意や含意を読み解きたくなる、不思議と心に引っ掛かる絵だ。一見「本を読む女性」というよくある画題だが、よく見るとこの婦人は本を読んではいない。視線は本から外れており、かといって遠くの風景を眺めているわけでもない。絵の鑑賞者を、逆に監視するような視線。作品と向き合うと、「女性のことが気になってチラチラと見ていたが、相手に気づかれ、ドキリとした」というような、現場を押さえられた感覚を覚える。

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《婦人の肖像》1902年 ゴットフリート・ケラー財団(新ビール美術館寄託)

 少し後ろめたい気分を抱きながら作品を見れば見るほど、さらに謎は深まっていく。婦人がいる場所はいったいどこなのだろうか。室内なのか、それともテラスのような屋外にいるのか。遠くに見える芝生とはどんな位置関係なのだろう。羊飼いと羊がいる芝生の上は幸福そうなのに、なぜ女性の背後は重い灰色に塗り込められているのだろうか。女性の帽子についた3つの白いポンポンにも何か意味があるのではないか……。

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《森》1902–03年 新ビール美術館

《婦人の肖像》を皮切りに、《森》(1902-03年)、《人形の乳母車と少女》(1905年以前)、《デルフトの街角》(1907年)と、ヴァルザーは神秘的かつ意欲的な作品を次々に発表していく。1902年からは書籍デザイナーとして、1904年からは挿絵画家としての仕事も開始し、創作活動は順調に思えた。

恋人が自殺、療養のため日本へ

 だが1908年、ショッキングな事件が起きる。ヴァルザーには1905年に恋仲になったモリーという恋人がいたが、1907年に未来の妻となるヘートヴィヒ・ツァルネツキに惚れ込んでしまう。そのことを知った恋人モリーは、ヴァルザーの目の前で拳銃自殺を遂げる。ヴァルザーに原因があるのだが、ヴァルザー自身の心の傷は相当なものだったらしい。

 ショックから立ち直れないヴァルザー。その様子を見かねたベルリン分離派グループ事務局長で出版社の経営者でもあるパウル・カッシーラーは、精神療養のための日本旅行を提案。カール・ヴァルザーはドイツの若手小説家ベルンハルト・ケラーマンとともに、日本各地を旅することになった。旅の費用はカッシーラーが負担。カッシーラーの頭の中にはヴァルザーに立ち直ってほしいという思いと、ケラーマンとヴァルザーが共同制作した日本旅行記を出版するという算段があった。

宮津に魅せられたヴァルザー

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《京都先斗町の鴨川納涼床》1908年 ゴットフリート・ケラー財団(新ビール美術館寄託)

 ヴァルザーは半年の間に横浜、東京、京都、伊勢、宮津などを訪れている。京都で制作された《祇園祭、京都・八坂神社》《山鉾巡行》《京都先斗町の鴨川納涼床》の油彩画3点は、日本滞在の成果が表れた大作。細部まで緻密に重厚感をもって描き上げられており、日本の歴史や伝統に対する敬意が込められているように感じる。

 一方、宮津で描かれた作品は軽やかで瑞々しい。宮津は京都府北部に位置する街で、日本三景の一つ「天橋立」があることで名高い。ヴァルザーは日本で滞在した街のなかで「宮津を特別に気に入った」と語り、半年の旅程の約4か月を宮津の荒木旅館別荘で過ごしている。宮津では歌舞伎や踊りを楽しみ、葵祭や山王祭をはじめとする伝統的祭礼を見物。ヴァルザーは宮津で出会った芸妓や舞妓、歌舞伎役者や市井の人々の姿を生き生きとした筆致と美しい水彩で描きとめている。

 ヴァルザーと作家ケラーマンの日本での経験と思い出は、『日本散策記』『さっさ よ やっさ 日本の踊り』の2冊にまとめられた。パウル・カッシーラー出版社から刊行され、どちらもベストセラーになった。ヴァルザーの心の状態も日本滞在を経て回復し、帰国後は挿絵、舞台美術、室内装飾、壁画など、多彩な仕事を精力的にこなしている。

代表作を網羅した日本初の回顧展

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《歌舞伎の女形[阿古屋](《歌舞伎の一場面》のための習作)》1908年 ベルン美術館(友の会) ©Kunstmuseum Bern

「スイス絵画の異才 カール・ヴァルザー 世紀末の昏き残照」は、日本で初めて開催されるヴァルザーの回顧展。東京ステーションギャラリーの冨田章館長は開催の主旨をこう話す。

「カール・ヴァルザーの名を知る人は、美術業界においても決して多くはありません。母国スイスでは、近年その再評価が始まっていますが、知名度のかなり低い画家と言っていいでしょう。しかし作品の価値や魅力は、その名が知られているかどうかとは関係がありません。最初に彼の作品を見たとき、その鮮烈さにすっかり魅了されました。そして多くの人とこの感動を分かち合いたいと思ったのです」

 展覧会ではチューリヒ美術館、新ビール美術館、ベルン美術館など、スイスの名門美術館が所蔵するヴァルザーの代表作を網羅。全作品が日本初公開となる。

「スイス絵画の異才 カール・ヴァルザー 世紀末の昏き残照」

会期:開催中~2026年6月21日(日)

会場:東京ステーションギャラリー

開館時間:10:00~18:00(毎週金曜日は〜20:00)※入館は閉館の30分前まで

休館日:月曜日(ただし6月15日は開館)

お問い合わせ:03-3212-2485

https://www.ejrcf.or.jp/gallery/exhibition/202604_karl.html

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