日本から魚が消えていくのは当然だった…「外国のせい」でも「漁業者のせい」でもない"本当の理由"

水産資源管理の問題について書いた記事に対して、「日本では小さな魚を獲っているはずがない」「小さな魚を狙っているはずがない」といったコメントがつくことがあります。ところが現実はかなり違います。

【写真でわかる】あまりに小さいサイズで獲られているノドグロなどの魚

冒頭の写真はマダイの干物です。1尾5センチ前後。マダイは大きなものは70センチを超える大型魚です。このマダイの幼魚は大物を狙って獲れたのでしょうか? 実際にはかなり細かい網で漁獲されていることは、物理的に考えても想像にかたくありません。

なお、サイズ制限があるわけではないので、漁獲自体は違反でも何でもありません。

大きくなる前の魚を獲ってしまう「成長乱獲」

大きくなる前に獲ってしまう、漁獲枠がないので小さな魚でも根こそぎ獲ってしまう、そもそも実効的なサイズ制限がない——これが現実なのです。大きくなる前の魚を獲ってしまうことを「成長乱獲」と呼びます。

大きくなる前の魚を獲ってしまう「成長乱獲」, ノドグロの本当の大きさは?, 小さなアジも容赦なく漁獲, 漁獲枠なしで根こそぎ獲ってしまった影響, なぜこのようなことが起きてしまうのか?, 必要なのは自画自賛ではない

上の小さなマダイの約10倍の50センチのマダイ(写真:筆者提供)

みなさんは日々、「成長乱獲」されたさまざまな水産物を口にしています。そのままの形もあれば、すり身になったり、養殖のエサになったりしたものに直接的・間接的に関わっています。

こうした問題を指摘すると、「悪いのは漁業者だ」という声も出てきます。しかし、現在の制度では、小さな魚でも獲れば収入になる構造です。5センチ未満のマダイはほぼ無価値ですが、それでも多少なりともお金になります。

資源管理制度が不十分なため、まず価値の高い大きな魚から漁獲されて減っていきます。そして資源が減る中でも、小さな魚まで漁獲され続けるので、一向に大きくなりません。このため資源がどんどん減っていき、漁獲量も減少していく。この繰り返しです。

なお、この問題の本質は漁業者ではなく「資源管理制度の不備」であることを強調しておきます。海外で行われている成功例が十分に共有されないまま、現場の漁業者に資源管理を委ねてきたことが、結局は魚が減り、漁業者の皆さん自身を苦しめているのです。

筆者は海外事例も調査してきました。しかしながら、ごく例外的にはあるのかもしれませんが、自主管理で成功を続けている例を知りません。

ノドグロの本当の大きさは?

次の写真は共に高級魚ノドグロ(アカムツ)です。ノドグロは50センチ前後にまで成長する魚です。頭を切って開きになっている魚も同じノドグロです。下のノドグロは1尾約8000円しましたが、上の小さなノドグロは1尾数十円です。大きくなれば価値が出て卵を産むようになるのですが、その前にこうして幼魚のうちに獲ってしまえば、資源は減るだけで増えることはありません。

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ノドグロ(写真:筆者提供)

みなさんがノドグロ入りの加工品でイメージするのは下のノドグロでしょうが、実際に使われているのは上の小さなノドグロであることが大半です。少しでも大きなノドグロは、そのままの形で売ったほうが価格が取れるからです。高級魚キチジ入りなどの商品も実態は同様です。

小さなノドグロを獲っているのは、主に底引きと呼ばれる漁法です。一方で大きいノドグロの漁法は釣りです。先に挙げたマダイ同様に、ノドグロにも漁獲枠はありません。ですから小さくても獲ったほうが得になるので漁獲されてしまいます。そして資源が減っていきます。

繰り返し強調しますが、こうした「成長乱獲」を起こしてしまう原因は漁業者ではなく、水産資源管理制度の問題です。正しい情報が不足しています。水産資源管理の問題は、資源管理の考え方や情報が十分に共有されてこなかった日本社会の問題なのです。

小さなアジも容赦なく漁獲

小さなアジも容赦なく漁獲されています。マアジは、マダイやノドグロと異なり漁獲枠があります。しかしながら漁獲枠が大きすぎて機能していません。このため写真のように1尾5センチに満たないアジまで漁獲されてしまいます。網目は一体どれだけ細かいのか……。日本は国際的な漁獲枠が機能しはじめたクロマグロを除き、多くの魚種で資源が減ってしまい、魚が獲れなくなっています。

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マアジ(写真:筆者提供)

マアジの漁獲量も例外ではなく減少を続けています。マアジの漁獲量は、漁獲枠が大きすぎて資源管理が機能していません。このため漁獲量は2019年に10万トンを割って以降、回復の兆しはありません。2025年の年間漁獲量は約8万トンでした。一方で2025年の枠は14.5万トンですので、枠の消化率は55%。これでは「獲り放題」で、漁業者は小さいアジの漁獲を避ける必要がないのです。

小さな魚が成長乱獲されている例は、まだまだたくさんあります。「日本は資源管理が厳しく、漁業者が小さな魚を狙っているはずがない」——ここまで読んでいただいて、果たしてそうだったでしょうか。

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(写真:筆者提供)

食べられるのに利用されていない魚を未利用魚と呼びます。利用されていない理由には、知名度不足や規格外などがあります。知名度不足の未利用魚は、漁獲量自体が少ないことが多く、このため流通ルートに乗せにくいという問題点があります。

前者の未利用魚は、もともと狙っている魚ではなく、主に混獲で獲れている魚に過ぎません。しかしながら、一旦この魚が売れるようになり、狙って獲るようになれば、資源がなくなるのは早いのです。

ただ、自然に獲れてしまう未利用魚を、資源が減らない範囲で、資源が減らないように配慮しながら、地元などで食用に利用すること自体は良いことだと思います。

漁獲枠なしで根こそぎ獲ってしまった影響

問題は、後者の同じ未利用魚でも規格外の魚のほうです。特に大きくなる前に漁獲してしまっているマダラ、スケトウダラ、サバをはじめ、成長乱獲を起こしている現状は、資源にダメージを与えてしまうので非常に深刻です。

例えば、三陸で漁獲されている非常に小さいマダラ。東日本大震災で放射性物質の問題により漁が止まりました。結果として漁獲圧が低下したことで、マダラをはじめ多くの魚種の資源量が一時的に大きく回復しました。

ところが、10センチ前後の小さなマダラをはじめ、多くの魚種を漁獲枠なしで根こそぎ獲ってしまったために、今では震災以前よりも悪いという悲惨な状況です。日本人は器用なので、通常では切り身などに利用できないような小さなマダラでも「利用」して加工できてしまいます。

ノルウェーのようにマダラの最低サイズ(最低40センチ)を厳しく定めれば、そもそもこういった幼魚の乱獲は極めて起きにくくなります。

資源が持続的で非常に多ければ良いですが、数量管理なしで獲り続けた三陸での結果は悲惨で、ほぼ獲れなくなりました。マダラも国際的な需要が根強く、震災前に輸入していたアメリカ産マダラの輸入もすっかり先細ってしまいました。2025年のアメリカからの輸入量は300トンでキロ860円。10年前の2015年の輸入量は1.3万トンでキロ440円でした。輸入水産物は世界での需要増加で、さらに頼りにならなくなっていきます。

サバでも食用にならない小さなサバが未利用魚という位置づけになります。そのまま養殖のエサに向けられる数量が大半です。しかし、その規格外の小さなサバを食用として利用すれば、未利用魚の活用とも受け取れます。

でも考えてみてください。そもそも食用にならないような小さなマダラやサバを獲ってしまう水産資源管理制度に、大きな問題はないのでしょうか。

上の写真はスケトウダラの幼魚です。1尾40グラム前後。アメリカで漁獲されるスケトウダラの重量は、1尾あたりその10倍以上です。このように幼魚を獲ることは、漁獲制度がしっかりしている国では極めて少ないと言えるでしょう。スケトウダラからはタラコが取れます。未利用魚であるスケトウダラの幼魚からはタラコは取れません。恐らくそのまま養殖のエサになるものと思いますが、仮に食用に利用したとしても、その未利用魚の利用は良いことなのでしょうか。

なぜこのようなことが起きてしまうのか?

日本の資源管理制度と、水産業を成長産業にしている国々とでは、法律上根本的に違うことがあります。

それは、日本の場合は、水産物が無主物となっており、水産資源を「国民共有の財産」として明確に位置づける考え方が、日本では十分ではないということです。なお、そうでなくてもアメリカのように国民の負託を受けた「行政」が行うかどうかで結果が違うのです。

日本では「自主管理」という言葉が使われることがあります。漁業者は資源管理を行っています。当たり前のことです。しかし、それに効果があるかどうかは別の話です。世界では漁獲量が減っておらず横ばいですが、日本では減り続けています。

上の写真だけではありませんが、水産業を成長産業にしている国々では見られにくいほど小さな魚を漁獲していて、魚を獲り過ぎている。これが実態であり、自主管理の限界なのです。

必要なのは自画自賛ではない

日本で自主管理が成功しているという話をたまに聞くことがあります。しかし、それは300万トン弱の漁獲量のうちで何トン・何%を占めるのか、と具体的な話になれば沈黙してしまうことになるでしょう。

日本の資源管理は素晴らしいと言ってみたり、日本とノルウェーは違うなどと言ってみたりしても、大半の魚が獲れなくなって結果は惨憺たるものです。社会へのミスリードは正論で止めねばなりません。

必要なのは自画自賛ではなく、「国際的に見て遜色がない資源管理システムの導入」なのです。