「もうバスが来ない」相次ぐ路線休止、東京でも進む“地域の足”消滅 「車両があっても動かせなくなる日」

 運転手不足などを背景に、全国各地で路線バスの休止や減便が相次いでいる。東京都内とて例外ではない。2026年春、都内でも複数の路線が廃止・休止に追い込まれた。通勤や通学などを支えてきた「地域の足」は、静かに姿を消しつつある。生活に直結する現場を追った。

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■「消えても困らない」と言われたバス停

 都市の変化に取り残された墓標のようだった。東京都足立区入谷にある東武バスの停留所「中郷」。鉄柱はねじ曲がり、時刻表もない。

「3月29日(日)をもちまして、竹01系統入谷循環(中郷経由)は運行終了となりました。長らくのご愛顧誠にありがとうございました」

 掲げられた板が終わりを告げている。近所の女性は淡々と話す。

「竹ノ塚駅から入谷・舎人(とねり)地区を回って駅へ戻る路線でしたが、別に困りません。近くにほかのバス停がありますから。最近は、土日の正午過ぎに1本だけの運行でした。日暮里・舎人ライナーの舎人駅まで歩く方も多いですしね」

 商店主も「バスの本数がもうなかったので、誰も影響はないと思います」と話す。この路線と停留所の消滅は自然な流れとも言えるだろう。

 一方、東京都営バス(都バス)では地域の足に直結する動きがあった。象徴的なのが江東区の東陽町駅前の停留所を発着するバス路線だ。運行休止になったり、大幅縮小されたりしたのだ。東陽町駅前の停留所にはこうあった。

「令和8年3月31日の運行をもちまして、一部区間の運行を休止します」

 陽12-3系統は事実上、東陽町駅前から豊洲駅前までとなり、豊洲駅前~東京テレポート駅前間の運行が休止となった。東陽町駅前から豊洲市場を結ぶ陽12-2系統は、豊洲市場までは平日、土曜の朝のみの片道運行となった。近隣に住む年金暮らしの85歳の夫婦は、看板を見つめながら口を開いた。

「東陽町駅前からお台場を通って東京テレポートまで直通で行って帰ってこられたんですよ。始発だったから座っていけて、便利でよかった。近所の人たちと『出かけましょう』と連れ立って出かけていたんです」

 現在、東陽町方面から台場方面に行くためには、ほかの路線やゆりかもめなどを乗り継ぐ必要があり、手間が増えた。

 都バスでは、深夜バスにも大きな見直しがあった。深夜02系統(王子駅〜豊島五丁目団地)、深夜03系統(西葛西駅〜コーシャハイム南葛西)など全6系統が休止となったのだ。ある現役の都バスの運転手は話す。

「慢性的な運転手不足だ。なり手がおらず、人が足りていない。お客さんからカスタマーハラスメントを受けたり、ちょっと遅れただけで『何やってんだ』と言われたりすることもしょっちゅう。都バスの運転手は地方公務員ですが、安定しているというだけで、給料はそんなによくないんです。民間のほかの業界で働いていたほうが給料は高い。都営バスはまだ来るほうなんですけど、民間のバス会社はもっと人が集まらないようですよ。それで、人が足りないので、もう路線を削るしかないというふうになっています」

 東京都交通局に聞くと、昨年10月、平均年齢48.5歳の都バス運転手の年収は残業代込みで約672万円と公表したという。ある元都バスの運転手は、実態をこう話す。

「カーブを曲がっただけで『首がまわる』と抗議され、車内で転倒すれば怒号が飛ぶことも。お客さん同士でけんかすることもある。細い道、ふらつく自転車、寄せてくる乗用車。ぶつからないようにギリギリで回避し、急ブレーキをかければ車内が揺れる。1日1回はヒヤリとするし、とにかく神経をすり減らすんです」

 最も疲弊したのは「拘束時間の長さ」だという。

「勤めていた営業所は古い建物の1階にあり、簡素なベッドが10台くらい並んでいて、いびきをかく同僚もいました。仕事はラッシュアワーに集中するから、朝乗って、昼寝て、また夜乗るというふうになる。13時間、14時間の拘束なんてザラでした」

 一方、バス運転手の人材不足について、都交通局の担当者はこう語る。

「100人募集をかけても、合格発表のときには85人くらいしか補充できていないのが現状です」

 高齢化社会を迎え、全国的にバスを運転できる大型2種免許の保有者が年数万人単位で減少している。都交通局の担当者は、都バスの運転手の半数が50代以上だといい、こう話す。

「安全運転や運賃管理、車いすのスロープの接遇など非常にタスクが多いうえ、バスは365日動かす業態で、土日休みのような規則的な勤務でもない。この変則的な勤務が、若い人や女性にとって壁になっている」

■深夜バス消滅へ 広がる縮小と利用者へのしわ寄せ

 今回の都バスの春のダイヤ改正で象徴的だったのが、前述した計6系統の深夜バスの全休止だ。その背景には、24年に適用された「改善基準告示」による労働時間規制と、ダイヤ編成の折り合いの悪さがある。

 現在、運転手の拘束時間は法令で「原則13時間以内で、延長する場合でも最大15時間」と定められており、それ以上は超えられない。さらに勤務時間ごとに十分なインターバルを確保しなければならない。そのため、今まで通りのダイヤを維持しようとすれば、多くの運転手が必要になってしまう。

「午後11時以降や深夜0時台のバスを走らせると、車庫に帰ってくるのは深夜1時や2時になります。そうなると帰宅できないため、車庫での『泊まり勤務』になる。1便や2便の遅い便を運行するためだけに拘束時間が長くなり、翌朝のラッシュ時間帯に運転手を稼働させると2日分の勤務になってしまうわけです」(都交通局の担当者)

 朝夕の通勤・通学ラッシュの需要に応えることは、公共交通にとっての生命線だ。担当者は説明する。

「我々としては、日中の運行で何度も走れる形で運転手を活用することを優先しました。朝夕のラッシュが維持できなくなるのは死活問題です。深夜便を運休し、その分、日中の運行にシフトさせる。(高齢化などで)退職する運転手がたくさん出ている中、人が足りていれば深夜便を運休する必要もなかった。絶対的な人数が足りない中での苦渋の選択でした」

 都交通局では今、経験者に頼る採用から「裾野を広げる取り組み」へと舵を切っている。大型2種免許を持たない人を採用し、交通局の支援で免許を取得させる「養成枠」の拡大強化だ。外国籍であっても、公務員試験の要件を満たせば運転手になれる道は開かれているという。

■広がる路線再編 止まらぬ人手不足の現実

 首都圏では都バス以外にも路線の休止や廃止が進んでいるが、民間各社の説明や対応は一様ではない。

東急バスは「現時点で人材不足を理由とした減便等は行っていない」としつつ、都立34系統(東京医療センター~下馬一丁目【循環】、三宿~下馬一丁目~東京医療センター)・35系統(東京医療センター~下馬一丁目~三宿)や新横81系統(横浜・新羽駅~北新横浜駅~新横浜駅)を26年3月31日に運行終了にした。都立34・35系統は、渋谷駅ともつながっていた黄金路線だった。その終了については「かつては渋谷駅から多摩川駅(方面)を結ぶ長大路線でしたが、長大であるがゆえに定時運行が困難であったこともあり、渋谷駅乗り入れ時点からお客様のご利用が少なかった系統でした」と説明する。

 東武バスは足立区や埼玉・草加周辺で7系統を整理した。極端に本数が少なく、乗客がいないケースもあり、別路線で代替可能だったという。「地域衰退ではなく、日暮里・舎人ライナー開業などによる健全な交通再編」と位置づける。

 小田急バスも仙川駅~三鷹台駅といった生活路線や、長距離路線、コミュニティーバスの一部を廃止した。背景には、24年の労働時間規制強化により必要な乗務員が増えたことや、採用を強化したものの人手不足が続いていることがあり、利用状況を踏まえて再編を進めたという。

 関東バスの武蔵野営業所では乗務員不足により一部系統において減便・運休を行ってきた。昨年運休に入った吉54(吉祥寺駅~武蔵野市役所~柳沢駅方面)、鷹25(三鷹駅~電通裏)はそのまま運休を続けるが、「会社全体として4月から減便した路線はなく、むしろ減便していた路線を一部復便しています」(関東バス)という。少子高齢化で労働人口が減少する中、退職者を補えない状況が続く一方、採用強化により復便に向けた人員は徐々に確保されつつあるという。

 業界団体の日本バス協会の担当者は現状をこう語る。

「給料に加えて、若い世代は普通免許すら取らない。普通免許がなければ、その先の大型2種免許も取れません。なり手自体が根本から枯渇しているのです。この先も運転手のなり手が少なくなれば、バスがあっても動かせません。さらなる路線の縮小や廃止をせざるを得ない状況になると思います」

(AERA編集部・上田耕司)

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