「新車価格の約10倍、1650万円のプライスは正常か」…26歳のリーダーが思い描いたトムスAE86「カローラ・レビン」の理想
1650万円のハチロク――。
【写真を見る】名門トムスがレストアしたトヨタAE86型「カローラ・レビン」(17枚)
いくら旧車の価格が高騰しているとはいえ、かつて多くの人の手に届くようにトヨタ自動車(以下、トヨタ)が大衆車「カローラ」に高性能エンジンを積んだ「レビン」が、そこまでの価格になっていいのか? そんな気持ちにもなるが、その手を入れた内容を積み重ねていけば、それくらいになってしまうのも納得いくというものだ。
名門トムスが現代に蘇らせたAE86

入手可能な部品はすべて新品に交換し、入手困難なパーツはクリーニングや修理によって再生。さらにトムス懇親のコンプリートエンジンが搭載され、ノーマルの雰囲気を残しながら最新の技術で現代に蘇ったトヨタAE86型「カローラ・レビン」。車両税込価格は1650万円~、車両持込価格(エクステリア+インテリアのレストア)は1320万円~。ちなみに新車発売当時の価格は130~160万円だった(写真:筆者撮影)
1650万円というプライスは、ベースとなる車両本体(参考価格330万円)に加え、ほぼ新品といえるエンジン本体、電気系、燃料系、吸排気系、触媒までもすべてリフレッシュ、トランスミッションなどの駆動系、車高調整式の足まわり、新たに製作した2ピースのIGETA(井桁)リバイバルホイール、タイヤ、ボディの全塗装、シート・ルーフライニング・ドアトリムの張り替え、内装および電装系の整備・交換、ステッカー・エンブレム類の交換といったフルレストアに、登録諸費用を含んだ販売価格だ。
このAE86型カローラ・レビンを「製造」したのはトヨタの純正部門ではなく、セミワークスとして長年レース活動を支えてきたレース&チューニングメーカーのトムス。そのトムスといえど、ハチロクの心臓部である4A-Gエンジンの重要部品であるブロックやヘッドをイチから作るわけにはいかない。それらはトヨタがGRパーツとして新発売してくれたから、このプロジェクトが成立したともいえる。

AE86レストアプロジェクトのプロジェクトマネージャーに抜擢された、弱冠26歳の瀬戸敬太さん(写真:筆者撮影)
そして、そのプロジェクトマネージャーとして手を挙げ、任命されたのは、26歳の瀬戸敬太さんだ。
瀬戸さんがハチロクを知ったのは高校2年生のときだった。
「叔父にあたる人がハチロクをウチに乗ってきたんですよね。そこからハチロクを知って、いろいろ調べていって、叔父さんと一緒にレストアし、叔父さんの趣味を手伝うみたいにはじまった気がします」
当時からクルマ好きで、父親にスーパーGTへ連れて行ってもらったり、「ドリキン」ことレーシングドライバーの土屋圭市さんが出演するホットバージョンの動画も観たりしていた。そんな動画の中で知った土屋さんとハチロクの出会いは、瀬戸さんにとって鮮烈だった。それからYouTubeでハチロクのチューニング解説動画を漁り、年式や種類を調べ、知識を積み上げながら叔父と実車を直す。そんな体験が現在のキャリアへ突き進む動機となった。
名門トムスへの入社、そしてレストアプロジェクトへ

当時のトムス、そしてAE86を象徴する井桁ホイールも今回のプロジェクトのために復刻(写真:筆者撮影)
その延長で瀬戸さんはトムスに入社。設計部門でエアロパーツの3Dモデリングや3次元測定を担当。そうした通常業務を経たうえで、「AE86レストアプロジェクト」のマネージャーに抜擢された。
その仕上がった個体を前に、瀬戸さんのこだわり部分を尋ねてみた。
「トムスとしてはエアロパーツの開発もしているので、バンパーをフルで製作して付け替えるってこともできたんですよ。でも、このフォルムがあってのハチロクなので、崩しちゃいけないような……と思ったので。だから純正のスタイルを残しながら、普段は見えない下まわりの性能を上げようっていうことをやらせてもらいました」

トムスでは、AE86に搭載可能なコンプリートエンジンとして、TRA-4AU135(264万円~)とTRA-4AL165(297万円~)などをラインナップしている。この車両は、TRA-4AL165エンジンをベースに、各種カスタマイズが実施されている(写真:筆者撮影)
旧車をレストア(新車状態に修復・復元すること)するだけではなく、現代の最新技術やパーツを用いてチューニングまで施し、当時以上の性能を手に入れることを「レストモッド」と呼ぶ。さらに見た目は基本的なオリジナルラインを残しながら、例えば空力性能を上げたことで「どこか違うな」と思わせる要素を盛り込むのがレストモッドの定番スタイルだ。
しかし、ハチロクを愛する人の気持ちがわかる26歳の若者は、純オリジナルデザインを死守することを選んだ。とはいえ、できることなら当時以上の性能も持たせたい。そこで、アンダーパネルにトムスが培ってきた空力設計思想を投入し、グランドエフェクトを積極的に活かすことで安定感の高い操縦性を実現している。
自身が担当してきたエアロパーツの3D化、3次元測定などの技術も活かし、車両全体を3Dスキャンして、流体解析によってアンダーパネルを作っているという。見た目には純正そのまま、しかし走らせると別のクルマになっている。そのギャップこそが「TOM'S HERITAGE」というコンセプトの柱だ。
当時のスタイリングにこだわったディテール

AE86のリアビュー(写真:筆者撮影)
ディテールについても妥協はない。この個体の場合、バンパーは程度が良かったので交換せず、もとのパーツに塗装を施した。
その際、現在の車両のように、ボディ面と同じようなつるりとしたバンパー表面とすることもできる。けれど、その質感では当時のイメージとは違ってしまう。そこで、バンパーの樹脂表面の凹凸を残すような塗装を担当者にリクエストした。
「これは残してくださいって。やろうと思えばきれいにもできるけど、それはやらないでくださいと」

AE86のインテリア(写真:筆者撮影)
インテリアは純正シートをベースに内部のウレタンを修復し、当時の風合いに合わせた織物素材で表皮を新調。往年のトムスステアリングを探し出して装着。ホイールはトムスの象徴である井桁デザインを2ピース構造で復刻。オフセットの自由度を高めながらも1ピースの雰囲気を自然に再現し、センターキャップやロゴも当時デザインをベースに新たに制作した。このホイールは、パーツとしても販売予定だ。
74年設立の名門トムスについて

シートなども補修され、新車以上の輝きを魅せる(写真:筆者撮影)
瀬戸さん本人も、26歳という若さでプロジェクトマネージャーという立場になれるとは想像していなかっただろう。そのトムスとは、どのような職場だろうか?
「トムスはレースやクルマに関わってきた層が厚いですね。ハチロクを当時走らせていた人もたくさん現役で残っています。エンジン作っていた人とか、設計された方とかがいて、“ボディのここが当時から弱いんだよね”みたいなところもよく知っている。そんな人からお話聞かせてもらえるっていうのはすごいなと思います」
大企業であれば人事異動でノウハウが散逸しかねない。しかしトムスほどの規模と自動車に関する一貫した文化があれば、当事者が今も現場にいる。その「生きた設計図」を持つ組織の中で26歳のマネージャーが仕事をしているという事実は、自動車文化の継承という観点から見て、希有な存在の企業だ。
今後の展開については、レストアプロジェクトの車種を広げることも考えられるが、瀬戸さん個人としては、ハチロクの深掘りを続けたいという。グレードや年式による装備や内装の違い、限定色への対応、数が減り続けるパーツ、程度の良い個体の減少など、課題は尽きない。

模型によるアンダーパネルの説明シーン(写真:筆者撮影)
「レストアするのであれば、純正っぽく全部をフルレストアして、これから何十年も維持できるような個体をどんどん作ってあげたいですね。絶滅を防いでいきたい、っていうことですかね」
「若者のクルマ離れ」という言葉が長く語られてきた。しかし瀬戸さんを見ると、そのような言葉が間違っていたのではないかと思えてくる。
瀬戸さんが所有するAE86は、今では当たり前となっている装備のABS(アンチ・ロック・ブレーキ・システム)もないし、GTVグレードなのでパワステもないが、そのハンドルを握ると、「本当に操っている感がすごくて、楽しいクルマだなと思います。そこが魅力だと思うんですよね」。
旧車に魅力を感じる若者の心理
至れり尽くせりの安全装備と快適装備で覆われた現代車では失われてしまった、「手軽さ」や「親しみ」。そんな本来クルマが持っていた「バディ」としての役割を求める若者が、旧車を好きになっているのではないか。
若者がクルマから離れたのではなく、「味のしないただの便利な移動手段」となったクルマが現代の若者から離れていったのではないだろうか。
26歳の社員をマネージャーに抜擢し、長年培ってきた技術の継承を託す。こうしたトムスの試みは、巨大な自動車メーカーだけでは成し得ない、メーカー周辺だからこそできる持続可能な自動車文化の紡ぎ方なのだと感じた。