「お前ら一生だまされ続けるぞ!」地方と都会で絶望的なズレが広がる令和に『ドラゴン桜』桜木先生の言葉が響くワケ

先週、僕は「地方からの東大受験者が減っている」というテーマで、地方と都会のあいだにある教育観のズレについて書きました。

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前回の記事ではそこまで触れられませんでしたが、地方では「そこまでして受験を頑張らなくてもいい」「地元で暮らして、地元で働いて、穏やかに生きればいい」という感覚が根強く残っているということが一つの要因だと考えられます。

それに対して都会では、中学受験をする子どもの割合が増え、「大学受験でいい大学を目指すなら、中学受験をしたほうが有利だ」という価値観が広がっていて、地方と都会では教育に対する考え方そのものが大きく違ってきています。これこそが地方からの東大受験者数が減っている一つの要因だと考えられます。

地方「そこまでして受験を頑張らなくてもいい」

さて、こういう話をすると、よく言われることがあります。「いい大学を目指して大学受験を頑張るべきだ、というのは、都会の価値観の押し付けではないか」という批判です。

たしかに、受験というのは競争の世界に入ることでもあります。受験勉強に真剣に向き合うほど、「勝たなければならない」「失敗したら価値がない」と思い詰めてしまう子どももいます。僕自身、受験によって苦しくなってしまった生徒を何人も見てきました。だから、この批判がまったく見当違いだとは思いません。受験が人を不幸にすることは、現実にあります。

そして地方には、受験をそれほど重視しない価値観のなかで、のびのびと暮らしている人もいます。大学受験をあまり考えず、地元で就職し、それで十分幸せだと感じている人もいます。

でも、僕はそれでもなお、この批判には反論したいのです。なぜなら、幸せというものは、「本人がそう言っているからそれでいい」とだけは言い切れないと思っているからです。

極端な例ですが、たとえば交際相手から暴力を受けている人が、「たしかに暴力はあるけれど、私はあの人のことが好きだし、今幸せです」と言うことがあります。

もちろん、幸せには本人の主観が大事です。「自分が幸せだと思うことが幸せなのだ」という面は、たしかにあると思います。

でも、だからといって、それがすべてではないはずです。外から見れば、その人は明らかに不当な環境に置かれ、選択肢を奪われ、視野を狭められているかもしれない。そういう状態まで「本人が幸せと言っているのだから、それでいい」としてしまうのは、僕は違うと思います。

これは教育でも同じです。僕がかつて仕事でお邪魔した学校の中に、地方の偏差値が比較的低い学校がありました。そこでは、親があまり働いていない家庭の子どもが少なくありませんでした。

昔であれば、そうした家庭の子どもは高校に進学しないことも多かったのですが、いまは私立高校無償化もあり、非課税世帯の子どもも高校に通っています。だからこそ、学校にはさまざまな背景を持つ生徒が集まっています。

その中には、「親もあまり働いていないし、別に働かなくてもいいじゃないか」という価値観を、ごく自然に身につけている生徒もいました。その学校の先生たちも必死に向き合っていましたが、学校だけでその価値観を変えていくことの難しさを痛感していました。

令和の今はスマホもあるし、ネットでいくらでも外の世界とつながれる時代です。それでもなお、親や地域の大人がどんな価値観を持っているかは、子どもにとても大きな影響を与えます。

本当にその子にとって幸せなのか

ここで考えなければならないのは、その親や地域の人が「幸せ」だと思っていることが、本当にその子どもにとっても幸せなのか、ということです。もっと言えば、子ども自身が「自分はこのままで幸せだ」と言っていたとしても、その感覚そのものが、周囲の価値観によって形作られている可能性はあるのです。

だから僕は、「今が幸せならそれでいい」「勉強なんてしなくていいし、大学受験なんて本気でやらなくてもいい」という考え方を、全面的に肯定することはできません。それはひとつの考え方としてあっていい。けれど、それだけしかない世界は危ういと思うのです。

『ドラゴン桜』は、桜木先生の「おまえらこのままだと一生だまされ続けるぞ!」というセリフがあります。このシーンですね。

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漫画:ドラゴン桜

(漫画:©︎三田紀房/コルク)

漫画:ドラゴン桜

漫画:ドラゴン桜

(漫画:©︎三田紀房/コルク)

このシーンは、「自分が当たり前だと思っている価値観は、本当に自分で選び取ったものだとは言えない。そこを疑え」ということだと思うのです。

地方に、受験を重視しない価値観があること自体を、僕は否定したいわけではありません。それで救われる人もいるでしょうし、その土地の文化や暮らしの中で育まれてきた大切な考え方もあるはずです。ですが、だからこそ同時に、それとは逆の価値観を提示する存在も必要なのだと思います。

「このままでいい」という声があるなら、「本当にこのままでいいのか」と問う声も必要です。

「無理に競争しなくていい」という人がいるなら、「挑戦することで見える景色もある」と言う人も必要です。

「地元で十分幸せだ」という価値観があるなら、「もっと別の世界を見に行ってもいい」と背中を押す価値観も、やはり必要なのです。

ひとつしかないと思い込まされている価値観の外側

ドラゴン桜や、僕たちの活動は、まさにそのためにあります。今の価値観を壊すためではなく、ひとつしかないと思い込まされている価値観の外側に、別の道があることを見せるためです。

人は、選べる選択肢が増えて初めて、自分の人生を自分で選んだと言えます。最初からひとつの価値観しか与えられていない状態で、「自分はこれで幸せです」と言っていたとしても、それは本当に自由な選択なのか、僕は考え続けたいのです。

だから僕はこれからも、地方にある価値観を前提として理解しながら、それでもなお、その反対側にある価値観を提示し続けていきます。勉強すること。受験すること。高い目標を持つこと。外の世界を知ること。それは誰かを不幸にするためではなく、その人の人生の選択肢を増やすためです。

「今が幸せならそれでいい」という言葉に、あえて異を唱える。それが、いま僕がドラゴン桜に関わりながら、どうしても伝えたいことです。