ナビがあるのに、なぜ60.2%が「道に迷う」のか? 技術が行き渡るほどに残る、ハンドルの不確かさ

完璧な道具と不確かな判断

 晴れやかな気分でハンドルを握る休日のドライブ。移動そのものを慈しむ時間の裏側で、思わぬ落とし穴は、まるで最初からそこに用意されていたかのように待ち構えている。

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 NEXER(東京都豊島区)とグーネット中古車が共同で行った調査(有効回答500)が浮き彫りにしたのは、そんな道の上でのままならなさだ。調査によれば、ドライブ経験者の33.2%、つまり3人にひとりが失敗やハプニングを経験したことがあるという。

 この3割強という数字を、不注意や運の悪さとして片付けてしまうのは、あまりに惜しい。むしろ、移動の道具としての完成度が高まった現代だからこそ、それを扱う人間の判断に潜む不確かさが、隠しきれずに表に出てしまったものと捉えるべきだろう。

 技術がどれほど高みに達しても、ハンドルを握る私たちの心の揺れを、仕組みが完全に肩代わりすることは叶わないのだ。

外部環境の変容と管理の死角

完璧な道具と不確かな判断, 外部環境の変容と管理の死角, 準備を無効化する三要素の摩擦, 過ちを前提とした仕組みの再考

ドライブ中にやってしまった失敗エピソードに関する調査(画像:NEXER)

 失敗の中身をひも解くと、道に迷った経験が60.2%と抜きん出ており、渋滞(47.0%)や天候トラブル(28.3%)、高速道路の出口ミス(23.5%)がそれに続く。これらに通底するのは、車そのものの性能というより、外側の世界が不意に見せる表情の変化に翻弄される側面だ。ナビゲーション技術がこれほど隅々まで行き渡った時代に、なお6割の人が迷う。この事実は、私たちが自らの判断を機械に預けすぎている危うさを物語っているのではないか。

・地図で調べてなんとか戻った(40代・女性)

・通りすがりの人に聞いた(20代・女性)

 画面上の案内と目の前の道路が食い違った瞬間に、私たちは途端に立ち往生し、こうした地道なアナログの手段に頼らざるを得なくなる。また、自分の力ではどうにもできない天候や交通状況の変化も、ドライバーを容赦なく追い詰める。

・ゲリラ豪雨でワイパーが効かなくなって怖い思いをした。止まるにも空き地もないし、路肩でも怖いので止まれなかった(50代・女性)

・渋滞により、ホテルのチェックイン時間が遅くなってしまった(30代・女性)

 情報の仕組みが現場の生きた状況を捉えきれていない点にこそ、本質的な課題がある。一方で、発生率こそ低いものの、数字が下げ止まっている項目も見逃せない。バッテリー上がりが17.5%、駐車場所の忘失が15.1%。さらにガス欠や閉じ込め、設定ミスがいずれも10.8%という結果になった。これらは外のせいにはできず、あくまで運転する側の管理の甘さが招いたものだ。

・ライトをつけっぱなしにしてバッテリ上がる(40代・男性)

・ガソリンが少なくなったことを示すランプがついた(40代・男性)

 高度なシステムが普及してもこうした事態が消えないのは、機械が人間の振る舞いをすべて制御できるわけではないという現実を示している。むしろ、便利になればなるほど、人は残されたわずかな手動操作に気を配らなくなる。確かめるという手間を省いた結果、不注意が入り込む隙間が生まれてしまうのだろう。

準備を無効化する三要素の摩擦

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ドライブ中にやってしまった失敗エピソードに関する調査(画像:NEXER)

 備えあれば憂いなし、とはいい切れない現実もまた、調査結果からは透けて見える。ドライブの失敗を防ぐために何らかの準備をしていると答えた人は37.2%。その具体的な中身は、事前のルート確認(64.0%)や、ゆとりを持たせた計画(57.0%)、天候・交通情報の収集(47.8%)、さらには燃料の把握(46.8%)といった顔ぶれだ。

 しかし、これほど入念に備えを重ねていても、道の上でのトラブルは止まない。走行環境は刻一刻と移り変わり、あらかじめ立てた予測を軽々と越えていく。個人の心がけという準備だけでは、現場で起きる動的な変化を拾いきれない限界が、そこには横たわっているのだろう。

 なぜ、この隔たりが埋まらないのか。背景には、技術、制度、そして人間の振る舞いという三つの要素が、うまく噛み合っていない不全感があるように思う。ナビゲーションが指し示す進路、地域ごとに異なる複雑な交通規制、そしてドライバーがその場で抱く違和感。これらが正面からぶつかり合ったときに生じる摩擦こそが、ハプニングを絶え間なく生み出す温床となっているのではないか。

過ちを前提とした仕組みの再考

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ドライブ中にやってしまった失敗エピソードに関する調査(画像:NEXER)

 これからの支援技術が底上げされることで、道に迷うといった外側の環境に振り回される事態は減っていくのかもしれない。けれど、ハンドルを握る側のミスが、それで跡形もなく消え去ると考えるのは楽観が過ぎるだろう。

 むしろ、車と道路環境が密接につながり合うほど、システムを信じ切ることで生まれる危うさも顔を出す。情報の案内や制御が重なり合っていく流れの中では、たった一度の操作ミスが招く影響も、以前よりずっと広範囲に及ぶ。

 例えば燃料の管理まで自動で行われるようになれば、人はますますその中身に注意を払わなくなるはずだ。便利さを追い求めた先で、私たちは自らの判断を預ける範囲を広げ、そこから生まれる新たな壁に突き当たることになるのではないか。

 今回の調査結果を眺めて思うのは、こうした失敗を個人の不注意として片付けてはいけない、ということだ。運転とは、機械の助けと人の判断が混ざり合う、極めて曖昧な領域で行われる行為である。その境界にある食い違いを、完全に消し去ることは難しい。

 これからの移動の安全を考えるなら、ミスを個人の責任に押し込めるのではなく、人はそもそも間違えるものだという前提に立ち、社会のあり方を練り直していく時期に来ている。技術が進歩した今だからこそ、人間の不確かさを包み込むような仕組みの議論が必要とされているのだ。