「新宿区なのに地味」「都民でも知らない人が多い」…新宿駅まで10分なのに再開発されない「昭和の風情が残る街」の"実態"

昔からの商店街、昭和の趣を残す家屋、狭く入り組んだ路地……さまざまな再開発が進む東京だが、中には再開発されないままの街もある。
タワマンや高層オフィス、大きな商業施設が生まれない街には、どんな理由があるのか――。ライター・坪川うたさんが、緻密なリサーチとフィールドワークで送る連載。第2回は「中井・落合」を取り上げる。

新宿区の北西部、少し歩けば中野区や豊島区に入る場所に「再開発されない街」がある。「中井・落合」だ。

【画像】駅周辺は個人店多めでチェーンは少なめ、坂を登ると高級住宅街が…昭和の風情が残る街「中井」はこんなところ

新宿区と聞くと高層ビルがいくつも建っている光景や華やかな繁華街を思い浮かべがちだが、中井・落合では市街地再開発事業もその他の大規模開発も行われず、タワーマンションや高層ビルはない。

中井駅には西武新宿線と都営地下鉄大江戸線が乗り入れており、新宿駅、西武新宿駅まで乗り換えなしで約10分と交通利便性が高いにもかかわらず、東京に押し寄せている再開発の波から逃れているのである。

余談だが、筆者はかつてこの街に住んでいたことがある。当時は「どこに住んでいるの?」と聞かれたら「新宿区」と返していた。都会っぽさを響かせることで、ちっぽけな自尊心を保っていたのだ。東京に住んで数年が経った今なら、かつての自分が中井という街の良さをわかってなかっただけなのだとわかるのだが……。

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ある意味、新宿っぽくない中井・落合だが、どのような街なのだろうか。

駅周辺は狭い道に商店や住宅が混在

中井・落合は豊島台地と呼ばれる台地と谷である低地から形成され、台地の南側に神田川、妙正寺川が流れている。台地と川を結ぶ坂道が多い街である。

駅周辺は狭い道に商店や住宅が混在, 中井・落合の低地エリアを歩く, 山手通り沿いの景色, 台地には戸建てが並ぶ, 台地と低地で景色が異なる理由, 小工業と、進む宅地化, 台地と低地で異なる歴史を刻んできた

妙正寺川は西武新宿線の線路と並行するように流れている。中井駅の北側に坂がいくつもある(画像:Googleマイマップより)

この街は、台地と谷低地で異なる景色を形成している。

中井・落合の低地エリアを歩く

まず、低地にあたる駅付近から歩いていこう。都営大江戸線中井駅を出ると中井駅前通りという細い道があり、商店が並ぶ光景が目に入る。

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都営大江戸線中井駅のA2出口付近。生活感が感じられる街並みである(写真:筆者撮影)

中井駅前通りを北へ1分ほど歩き、妙正寺川を渡った先に西武新宿線中井駅がある。チェーン店はコンビニやドラッグストア、居酒屋が数店舗ある程度で、個人商店が多い。

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大江戸線中井駅と西武新宿線中井駅の間を流れる妙正寺川(写真:筆者撮影)

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西武新宿線中井駅の南口付近。居酒屋チェーンや個人商店が並ぶ(写真:筆者撮影)

駅周辺に広がるエリアは道が狭く入り組んでおり、商店のほかアパートやマンション、コンパクトな戸建てが混在している。建て替えられたであろう新しい小規模マンションもあるが、古いアパートも見かける。

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狭い道に商店と住宅が混在している(写真:筆者撮影)

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ちらほらと古い建物もある(写真:筆者撮影)

東へ徒歩10分少しの位置には西武新宿線の下落合駅にたどり着くが、やはり道は狭く、駅前には低層の商店が軒を連ねている。

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下落合駅の南口付近(写真:筆者撮影)

山手通り沿いの景色

一方、都営大江戸線中井駅の別の出口は山手通りにつながっている。多数の車が行き交う幹線道路だ。山手通りを南へ5分ほど歩くと東京メトロ東西線の落合駅があり、周辺には中層マンションや店舗が並んでいる。山手通り沿いにはチェーン店も多い。

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中井駅前と落合駅前を通る山手通り(写真:筆者撮影)

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東京メトロ東西線落合駅の2a出口付近(写真:筆者撮影)

このように、低地はアパートや小規模マンション、コンパクトな戸建て、商店が入り交じり、幹線道路沿いには中層マンションやチェーン店が並ぶ景色を形作っている。

台地には戸建てが並ぶ

次に、台地へ上っていく。

中井駅近くから台地の間には、一の坂〜八の坂などいくつもの坂が存在する。

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五の坂通り(写真:筆者撮影)

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急な坂を上って振り返ると、見晴らしの良い景色が広がる。新宿駅周辺の高層ビル群を望む(写真:筆者撮影)

各坂の斜面、そして上った先の高台には、比較的広い敷地を持つ戸建てが建ち並ぶ。アパートやマンションはあまり見かけず、商店はほぼない。

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斜面に戸建てが並ぶ(写真:筆者撮影)

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高台エリアには比較的広い戸建てが多い(写真:筆者撮影)

台地はゆとりのある戸建て住宅街となっている。

台地と低地で景色が異なる理由

なぜ台地と低地で景色が異なるのか。街の歴史をたどると、その理由が見えてきた。

水の便がよく日当たりのよい高台では、古代から人が住んでいたと言われている。落合遺跡では住居跡や遺物が発見されている。

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落合遺跡の一部である御霊神社。八の坂を上ったところにある(写真:筆者撮影)

時が過ぎ江戸時代、1657年の明暦の大火後、新宿区では被害のなかった牛込、四谷、市谷地域に武家屋敷や寺社が流れこみ、市街地がつくられた。だが、落合は近郊農村のまま。台地には畑、神田上水(神田川)と妙正寺川周辺の低地には水田が広がっていた。

明治末期から大正にかけて、畑や水田は姿を消していく。1904(明治37)〜1905年の日露戦争後、東京市街地の過密、地価の高騰により市街地から近郊へ人々が移住していたのだ。

1922(大正11)年には、箱根土地(現在の西武グループ)の開発した高級住宅街、目白文化村が分譲を開始。台地は邸宅が並ぶ高級住宅街に、低地は小規模な住宅が集まるエリアとなった。

1923(大正12)年の関東大震災後、郊外の住宅を求めて人々が移住してきたことで、人口が一層増加する。落合村の人口は、日露戦争終結から4年後の1909(明治42)年にはわずか2382人だったが、関東大震災後の1925(大正14)年には2万345人にまで急増している。

落合は、東京近郊農村から東京の住宅地へと変わりはじめていた。

小工業と、進む宅地化

関東大震災を契機に変わったことがもう一つある。川の近くで営まれる工業だ。

1890年代頃〜1920年代、神田上水の水を利用して紙漉きが行われていた。適地を求めて流入してきた集団が、家内工業として紙漉きを発展させたといわれている。

紙漉きの衰退と入れ替わるように発展したのが、染色業である。江戸時代には染色業者は浅草や神田に多かったが、1923(大正12)年の関東大震災後、水質の良い上流に移転してきた。一時は京都・金沢と並んで日本の三大産地と呼ばれるほどの染色業の集積地となった。川沿いの低地には小規模な住宅に加え、小工業が根付いたのだ。

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現在でもその伝統が受け継がれており、毎年2月には「染の小道」というイベントも開催されている。写真は2022年2月の開催時(写真:筆者撮影)

1927(昭和2)年に西武新宿線中井駅が開業し、幹線道路が整備されると、さらに宅地化が進んでいく。

1945(昭和20)年の東京大空襲では、妙正寺川以北の中井、中落合、西落合、下落合は焼け残ったが、妙正寺川以南の上落合は焼失。戦災の被害を受けた上落合では住宅地が形成されたが、道路などの基盤整備が進まず、木造住宅密集市街地となった。

その後、電車の開通とともにさらに発展していく。1966(昭和41)年に落合駅が開業、1997(平成9)年に大江戸線が開業した。大江戸線の開通前には、1991(平成3)年に都庁が現在の位置に移転することを受け、都庁関係の事業者向けの小規模な事務所ビルが建設された。

2016(平成28)年には西武新宿線中井駅に南北自由通路が設置され、利便性が向上。2017(平成29)年には新宿区の整備した中井駅前広場が完成した。しかし、タワマンや高層ビル、大型商業施設は建てられることなく今に至る。

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中井駅前広場(写真:筆者撮影)

台地と低地で異なる歴史を刻んできた

再開発されない街、中井・落合は起伏に富む複雑な地形で、台地と低地でそれぞれの歴史を刻んできた。街を歩いてよく観察すると、現在でもその違いがしかと表れている。普段、何気なく歩いている街の成り立ちには、地形が深く関係していることを感じさせられる。

続く後編では、中井・落合がなぜ再開発されないのか、街づくりの経緯を考察していく。