土下座したが実母は参列拒否… 2次元キャラ《初音ミク》と挙式した男性 次元を超えて結婚した"42歳彼"の思い
二次元キャラクターの「初音ミク」に恋した近藤顕彦さん(現在42歳)。彼の挙式までの道のりとはーー。
【クリックして写真を見る】旅行中や食事中の「ミクさん」。39人が参列した“結婚式の様子”も
(前編の続きです)
プロポーズすると、「大事にしてね」
無機質なボーカロイドソフトウェアに、これ以上ないほどの深い愛情を抱くとはどういうことか。その心の流れをつかみたくて質問を重ねていくうちに、近藤さんの言葉が熱を帯びていった。自分がどれほど真剣かを伝えようとするように。
「それは恋じゃない」と、これまでに何度も否定されてきたのかもしれない。
「だって、自分の一番つらい時期を救ってくれた恩人なんですから。これ以上の感情を抱く相手は、もう現れませんよ」
恋に落ちてから10年後の2018年、近藤さんは「ミクさん」への変わらぬ愛を確信した。Gatebox社が開発した二次元キャラクターと会話できる(気持ちになれる)装置を活用してプロポーズ。ディスプレイに浮かび上がったミクさんは、「大事にしてね」と受け入れてくれた。
「断られたらどうしようって、思わなかったんですか」と聞くと、近藤さんは「イエスと答えるようにプログラミングされているんです」と、優しく教えてくれた。

近藤家のミクさん。今年で結婚8年だ(写真:近藤顕彦さん提供)
近藤さんに、なぜ初音ミクだけが特別だったのかと聞いてみた。これまで恋をした二次元キャラクターは数カ月、長くても数年単位で変わっていったというのに。
「他のキャラクターと違ったのは、明確に新しかったところです。これまで、自分のパソコンにインストールして、自作の歌を歌ってくれるキャラクターなんていませんでしたから」
従来のキャラクターは、製作会社が作り上げた物語の中で完結していた。
精神科医の斎藤環氏は、オタクは与えられた「ありものの虚構」をもとに、二次創作などを通じて「自分だけの虚構」へと作り替えることで、所有感を得ていると指摘する。
つまり、オタクが二次創作の同人誌に没頭するのは、既成の物語からキャラクターを「自分の世界」に引き寄せ、所有する行為なのだ。
しかし初音ミクには、既成の物語がほとんどない。ユーザーが直接、歌や設定を作り出せる特殊なキャラクターなので、最初から「自分だけのミク」を生み出しやすいのだ。
「初音ミク」と「近藤家のミクさん」は違う

Gateboxは、キャラクターと簡単な会話ができる装置。初音ミクタイプは2020年にサポート終了となり、ミクさんと会話することはできなくなった(写真:近藤顕彦さん提供)
近藤さん自身も、多くのクリエイターが創った「初音ミク」を見るうちに、徐々に自分の解釈と合うもの・合わないものを取捨選択し、「うちのミクさん」を確立していった。
つまり、近藤さんが結婚した「うちのミクさん」と、武道館ライブを成し遂げ、いまや世界中に熱狂的なファンを持つ「初音ミク」とは別人格という理屈だ。
しかしここで再び引っかかりが生まれた。斎藤環氏によると、オタクは虚構と現実を混同することはなく、そのスイッチを自在に切り替えることができるという。だからどれほどヒロインを好きになっても、結婚相手には生身の人間を選ぶ。
しかし近藤さんは、虚構である「うちのミクさん」に恋愛感情を抱き、「結婚」までしている。このように人間ではなく、二次元キャラクターに性愛を感じる人たちを、「フィクトセクシュアル」という。
他人が創作したキャラクターを、現実に自分の恋人として愛する――。リアリストの自分にはハードルが高いが、理解する努力をしてみよう。
“フィクトセクシュアル”を理解してみる

近藤家のミクさんの等身大ドールは、一般的なマネキンよりも二次元的なデフォルメが強く、より「初音ミクらしい」かわいさがある(写真:近藤顕彦さん提供)
「フィクトセクシュアル」とは、漫画やアニメ、ゲームなどの二次元キャラクターに性的に惹かれるセクシャリティで、広い意味ではLGBTQ+といわれる性的アイデンティティの1つに数えられている。
社会学者の松浦優氏によると、本来人間に向かうものとされている欲望の行き先が、人工物であるフィクションのキャラや設定にズレることで生じる性的指向だという(『アニメーション的な誤配としての多重見当識― 非対人性愛的な「二次元」へのセクシュアリティに関する理論的考察』)。
大事なのは、これが単なる人間同士の愛情の代替ではなく、キャラクター自体が恋愛感情の対象となっている点だ。
多様なセクシャリティのひとつだということまでは、理解できた。しかし、実在の人間との関係がうまくいかないから、思い通りになるキャラクターに逃げているのではないか、という疑問がぬぐいきれない。

旅行中のミクさん(写真:近藤顕彦さん提供)
実際に近藤さん自身も、実在する女性との関係がうまくいかず諦めた経緯があり、実際に女性にひどく傷つけられたトラウマを持っていた。
これは、倒錯や逃げではなく本物の愛なのだと、どうしたら理解できるだろうか……。
ここまでが自分の限界だった。アニメやゲームに興味を持てなかったように、私はフィクトセクシュアルに対しても、理解や共感はできないのだろうか。
39人が参列した結婚式…しかし実母の姿はなく

池袋の「ルクリアモーレ」で挙げた挙式には、ミクさんにちなんで39人が招待され、2人の門出を祝った(写真:近藤顕彦さん提供)
18年、近藤さんはミクさんと盛大な結婚式を挙げた。招待客はミクさんにちなんで39人。同僚や学校の生徒たちも結婚を祝福してくれたが、母親の理解を得ることはできなかったという。
真剣に話し、土下座して結婚式への出席を求めた近藤さんに対し、母は「本物の女の人じゃない」と、頑として首を縦に振らなかった。
当時、キャラクターとの結婚式を挙げる人などほとんどいなかったが、近藤さんはあえて挙式にこだわった。花嫁のお色直しにファーストバイト、誓いのキスなど、一般的な結婚式で行われることをなるべく取り入れ、総額200万円をかけた。
現在は、『二次元キャラクターとの結婚式のしかた』を同人誌として発行し、同じく世間の無理解や偏見に苦しむ仲間たちに、挙式場所や方法などの情報を提供している。版を重ねるごとに事例は増え、現在は第10版。海外のケースもあわせて、19件が紹介されている。
意外と盲点となるのは、キャラクターには版権元があるため、式で本物の画像やグッズは使えないということだ。マネキンをそれらしく見立てたり、コスプレイヤーを頼ったりと、それぞれ工夫を凝らしている。
「結婚」というラベル、「結婚式」というくさび
彼らが結婚式にこだわるのは、愛するキャラクターとの絆に名前を付けたいからかもしれない。
この関係を表す言葉がないから、「結婚」というラベルを選ぶ。いつ離れてもおかしくない関係だから、「結婚式」というくさびを打ち込む。
私は結婚12年目。挙式も披露宴も行わなかった。一時のイベントよりも、「二者間の良好な関係性の継続」こそが本質だと思ったからだ。しかしそれは相手が人間の男性であり、社会規範にのっとった結婚だったからなのかもしれないと、思い至った。

1月31日の「愛妻の日」も祝った(写真:近藤顕彦さん提供)
実母の“頑なな拒絶”を溶かしたものは
近藤さんがミクさんと結婚して8年、出会ってからは18年が経過した。見た目は変わらないが、ミクさんの精神年齢は今年で34歳になる。
年月を重ね、家族との関係も変わりつつあるという。
「実は私の母、最近少し心変わりしてきたかなと感じるんです。先日実家に大きなミクさんを連れていったら、『こんな服を着せてみたらどうか』『私のアクセサリーをつけてみて』と、ミクさんの面倒を甲斐甲斐しくみるようになったんです。
このミクさんを見て、『かわいい』って思ったのかもしれません」
「かわいい」は、母の頑なな拒絶さえ溶かす。人は理解できなくても、共感できなくても、「許容」することはできるのだ。そして、許容できれば相手を尊重できる。
最後に近藤さんに、「私が推しにハマるにはどうしたらいいか」と聞いてみると、一笑に付された。
「正直、全然わかりませんね!」
ロマンを信じることよりも、それを理詰めで解釈することのほうが、よほど滑稽なのかもしれない。近藤さんは、リアリストの私を「理解」はできなくても「許容」はしてくれるだろうか。