「お金くれたら、仕事を教えるよ」先輩のイビリ→朝ドラヒロインが気づいた“悲しい格差”〈風、薫る第42回〉

『風、薫る』第42回より 写真提供:NHK
今日の朝ドラ見た? 日常の話題のひとつに最適な朝ドラに関する著書を2冊出版し、毎日レビューを続けて12年めの著者による「読んだらもっと朝ドラが見たくなる」「誰かと話したくなる」連載です。本日は第42回(2026年5月26日放送)「風、薫る」レビューです(ライター 木俣 冬)
院長たちの悪だくみ
千佳子(仲間由紀恵)が退院する。
「なんだか寂しいけれど、また会えるわよね」とりん(見上愛)に言いかけて、「もう会えない方がいいのよね」と言い換える。「はい。寂しくて、嬉しいです」とりんは涙しながらにっこり。
この台詞は印象的だ。もう二度と病院にお世話にならないほうがいいわけで、看護婦や医者との出会いは一期一会。ちょっとビターな人生観である。
千佳子の手術の成功によって、和泉侯爵(谷田歩)からお褒めに預かった多田院長(筒井道隆)。
帝都医科大学附属病院では「看護婦による手厚い看護が受けられる」ことを売りにしようと考える。
千佳子の件が失敗したら看護婦のせいにして、養成所を潰そうとしていたのにえらい違い。直美(上坂樹里)の嘘や寛太(藤原季節)の詐欺なんてかわいいもので、ずるさを責められるべきは権力者たちである。こっちのほうがもっとビター。
看護婦が利用されかけていることをまだ知らないりんたち。日々、粛々と仕事をしている。
直美は、りん(見上愛)からフユ(猫背椿)の手際がいいと聞いて、注目してみると、確かに手際がいい。これまで、彼女たちの日常業務の雑さや、りんたちへの風当たりの強さのほうが上回って気づいてなかったが、包帯の巻き方など医療業務はしっかりやっている。
いや、しかし、手術のサポートがうまく、患者のケアもてきぱきしている人が、丸山(若林時英)の苔癬(たいせん)を雑に扱ったり、換気しなかったり、シーツがぐちゃぐちゃだったりするだろうか。換気や、シーツなどの衛生面のケアが大事であることがまだ広く知られていなかった時代であるとしても、だ。
看病婦たちがなぜテキパキと雑を使い分けているか、その理由がこれからわかりそう。
看病婦vs看護婦のバトル勃発?
フユはここで10年も働いている一番の古株。手際はいいが、口は悪い。患者のことを「あの人、本当に面倒だわ」などと平気で大声で言う。
そんなとき、藤田(坂口涼太郎)が来て、看病婦は看護婦見習いから看護の仕方を教わるように、と指示を出す。一番の古株が見習いに教わる? こんな逆転、ありえない。当然フユたちは不満。
坂口は、りんが和泉侯爵夫人にとても気に入られたからと説明。しかもりんは家老の娘だから、看護だけでなく振る舞いも学ぶといいと言う。見習いには華族の娘もいる。いいところのお嬢様たちがいる病院というスペシャル感を売りのひとつに加えることで、病院の人気を上げる考えのようだ。
生田絵梨花が出ているから想像するわけではないが、身近な同級生みたいなAKB48に対して、お嬢様派の乃木坂46の違いのようなものであろう。長屋のおばちゃんみたいな庶民派・看病婦から、清楚なお嬢様・看護婦へ、病院はコンセプト変更を目論み始めた。
ヨシ(明星真由美)はお茶を床にこぼし「お上品な雑巾の拭き方でも見学させてもらおうか」とけんかごしに。
「何ですの?ひどい!」とお嬢様・柳田しのぶ(木越明)は悲鳴をあげる。
これでは看病婦対見習い看護婦の仁義なきバトルがはじまってしまう。
お茶をこぼすアクションは、久々に絵に描いたようないびりであった。昔(昭和や平成の前半)は、意地悪のすごさが見どころのドラマもあったのだ。
この意地悪そうなヨシを演じている明星真由美。この人は、なかなか興味深い経歴の人なのである。
前職は紅白歌合戦にも出場経験のある人気バンド氣志團の初代マネージャーだったのだ。でも、その前は、小劇場を中心に大活躍していた俳優で、ダイナミックな演技をしていた。
せっかくの俳優の才能を脇において、裏方に回ったことが演劇ファンには驚きだったし、惜しむ声も多かった。確か、占いも得意で(筆者のうっすらとした記憶)、多彩な人だった。初代マネージャーということは氣志團をブレイクさせた立役者でもある。
いままた俳優業に戻ってきて、的確な演技でドラマを支えている。
お茶こぼす仕草、場の凍らせ方が迫真でした。
りんにお金を要求するフユ
「私はあなたたち見習いさんたちと違うの、いちいち患者の子どもを預かっていたら仕事にならない」
多江(生田絵梨花)や喜代(菊池亜希子)が患者の赤ん坊を預かり、ツヤ(東野絢香)にも手伝いを頼んだところ、けんもほろろに拒否された。
この台詞が、看病婦たちの一見雑な仕事ぶりの理由を物語っている。
見習い看護婦の積極起用は強引に進められていく。りんや直美はまったく経験がないのに、手術室に入るように言われるが、現場では全然役に立たない。
医者としては看護婦がいるだけで、患者の評判があがるというだけのことなのだ。これじゃあ長年働いてきた看病婦はやりきれない。
りんたちがフユたちに仕事を教えてくれと頼んだときの返事はひどく冷たいものだった。
「お金くれたらね。教えるんだから、お金もらわなきゃ割に合わない」
「お金だなんて卑しい」と世間知らずのお嬢様たちは思う。
でも、直美だけは「卑しいんじゃなくて、本当にお金がなくて、切羽詰まってるとは考えないの?」と反論する。
もともと、看護婦は卑しい職業とされていて、その偏見を覆すためにりんたちがいる。偏見の目に晒されてきた看病婦を10年も前からやっているということは「お金に困ってる人たちなんじゃない?」と直美。
行き場のない女の人、身寄りのない人や、遊郭にいたやり手婆もいると、多江も父から聞いたことがあったと思い出す。
看病婦の給金は月3円。アメリカでは、トレインドナースは月30円。
大きな差である。それでもこの時代の日本の女性には3円だっていいほうなのだ。りんが瑞穂屋でいただいていた給金も3円。そのお金がどれだけありがたかったか、りんなら実感できるはずだ。
ちなみに、前作『ばけばけ』のトキ(髙石あかり)の女中給金は20円。ドラマ放送時、20円がどれくらいなのかピンとこなかったが、『風、薫る』を経たいま、どれだけ破格か実感できる。
フォトギャラリー
主なシーンより
第9週(5月25日〜5月29日)
「看病婦とアメ」あらすじ
看病婦・フユ(猫背椿)の手術介助の技術を目の当たりにしたりん(見上愛)は、教えを乞うがその代わりにお金を要求される。そんなある日、直美(上坂樹里)とりんは、フユの夫・康介(じろう)がけがで働けず家にいることを知る。二人は休みの日にフユの家を訪れ、康介の看護をすることを引き受けるが……。
連続テレビ小説『風、薫る』
作品情報
連続テレビ小説「風、薫る」。主人公はそれぞれに生きづらさを抱えた2人の女性。当時まだ知られていなかった看護の世界に飛び込み、傷ついた人々を守るために奔走し、時に強き者と戦う——明治という激動の社会を舞台に、幸せを求め生きるちょっと型破りな2人のナースの冒険物語です。
【脚本】吉澤智子
【原案】田中ひかる「明治のナイチンゲール 大関和物語」
【音楽】野見祐ニ
【主題歌】Mrs. GREEN APPLE 「風と町」
【語り】研ナオコ
【出演】見上愛 上坂樹里 佐野晶哉 生田絵梨花 古川雄大 菊池亜希子 藤原季節 平埜生成 中井友望 坂口涼太郎 猫背椿 飯尾和樹 筒井道隆 多部未華子 原田泰造 水野美紀 片岡鶴太郎 坂東彌十郎 仲間由紀恵 ほか
【放送】2026年3月30日(月)開始(全26週130回)