80代の認知症、身寄りもお金もない男性の「住む場所」は…77歳母の「新しい仕事」で見えた日本の現実

厚生労働省は「高齢者住まい・生活伴走支援事業」を行っており、年に一度具体的な支援策について報告をしている。その背景には「身寄りのない高齢者からの住居相談」が増加していることにもあるという。

作家の町田哲也さんが、母親がひとり暮らししている築34年の実家の床が傾いていると気づいたのは、母親が76歳のときだった。家族のさまざまな事情を考えながら母の終活のために選んだのが、実家はそのままにしながら別の場所に土地を購入してアパートを建設するという選択肢だった。

それだけ、できないことも増えてくる高齢者の住む場所は、場所を用意すればいいだけではないという点もあり、悩ましい。

仕事を大切にしていた母の終活とアパート経営についてドキュメントで伝える連載「終活アパート」11回は、さまざまな入居希望の方の背景と、77歳となった母の生活について伝えている。前編では、住民募集をしたことで見えてきた様々な「賃貸を求める人々の背景」をお伝えした。後編では、77歳になった母の新しい仕事から見えてきた日本の現実を伝える。

「はじめてみようと思ってる仕事があるの」, 「大変だけど、誰かが見てあげなきゃいけないでしょ」, 独身で身寄りのない認知症男性の法定後見人に, 80代認知症男性の「家」衝撃の現状

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「はじめてみようと思ってる仕事があるの」

夏の終わり、母が猫の餌を入れる容器を踏んで転倒してしまったと聞いた。

打ったのは、右腕のひじだ。字を書いたり料理したりするのに支障はないが、ものを持ち上げるのがきついという。介護の仕事も何かと遠慮しながらだ。出勤回数を週3回から2回にしたのは、同僚に迷惑をかけたくなかったからだろう。ぼくも身体の負担になることは、なるべく少なくして欲しいと思っていた。

「その代わりに、はじめてみようと思ってる仕事があるのよ」

「また働くの?」

「身体を動かす仕事じゃないから、大丈夫でしょ」

母が説明したのは、成年後見人という仕事だった。母は65歳で教師を退職してから、社会保険労務士の資格を取得していた。セカンドキャリアを見据えた資格だったが、なかなか活かせる仕事がない。成年後見人は同じ社会保険労務士の研修会で出会った友人に紹介された仕事で、過去に二人の後見人に選任されていた。

「はじめてみようと思ってる仕事があるの」, 「大変だけど、誰かが見てあげなきゃいけないでしょ」, 独身で身寄りのない認知症男性の法定後見人に, 80代認知症男性の「家」衝撃の現状

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成年後見制度とは、判断能力の低下した人が安心して生活できるように、法的・財産的な支援を行う制度のことだ。認知症などで判断能力が低下すると、詐欺被害にあったり、不要な契約により財産を失ったりするおそれがある。成年後見制度を利用すると、成年後見人が本人に代わって財産管理や契約を行うなど生活をサポートしてもらえるようになる。

家族や介護施設の要請を受けて、各自治体の首長が家庭裁判所に指示することで後見人が指名される。実際に依頼するのは、家庭裁判所の命令を受けた各自治体の成年後見センターだ。弁護士や司法書士、社会福祉士が選任されることが多いが、社会保険労務士も近年多くなっているという。

「大変だけど、誰かが見てあげなきゃいけないでしょ」

母が最初に紹介されたのは、同じ市内に住むある公務員の妻だった。死んだ夫は研究員を長く勤め、おもに遺族年金で生活していた。しかし90歳を過ぎて本人が認知症になると、同居する子どもにも生活能力がなかったため、市の高齢介護課が後見人の必要ありと判断。本人は老人介護施設に入り、母が後見人を務めることになった。

面倒をみるといっても、日常生活のサポートは老人介護施設で対応してくれる。後見人としての役割は、年金や預金など財産管理や生活費、医療費などの支払いが中心だ。買い物に行く必要があれば、被後見人の預金通帳から支払い、何に使ったか記録しておく。

二人目に紹介されたのは、80代の男性だ。生涯独身で弟が二人いるが、一人は死に別れ、もう一人は遠方に住んでいるのでほとんど会うこともない。肺がんであと一年の命との診断を受け、後見人をつけたほうがいいという判断が家庭裁判所から下された。

「はじめてみようと思ってる仕事があるの」, 「大変だけど、誰かが見てあげなきゃいけないでしょ」, 独身で身寄りのない認知症男性の法定後見人に, 80代認知症男性の「家」衝撃の現状

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仮に容体が悪化したときに、どのような手続きをする必要があるか。母はいつもシミュレーションしているようで、病院や市役所からくる連絡にはピリピリしていた。月に一度の面談が終わると、今月も何もなかったことに安どしているようだった。

「成年後見人だって、きつい仕事じゃないの?」

「大変だけど、誰かが見てあげなきゃいけないでしょ。これからこういう仕事が、どんどん必要になって来るから」

高齢化の進展で高齢者の単身世帯が増えていくと、身寄りのない方のサポートがさらに必要になってくる。依頼する側にとっても、それなりの経験と資格のある母のような人間が頼りやすいのかもしれない。

ぼくは母の話を聞きながら、今後生じるであろう生活の変化を思い浮かべてみた。裁判所や介護施設、市役所と連絡を取り合うことは増えるが、紹介されるのは近所の方が多いので移動に時間がかからない。人のためになるという点は介護と同じで、母の価値観にも合う。月に数万円の報酬だが、もしかしたら母にふさわしい仕事かもしれなかった。

独身で身寄りのない認知症男性の法定後見人に

母が家庭裁判所から法定後見人に任命されたのは、9月に入ってからのことだった。被後見人は80代の男性で、市内の借家に住んでいる。独身で身寄りはなく、きょうだいもいないという。認知症がかなり進んでおり、市の判断で介護施設への入居が決まっていた。

これまで母が担当したケースと違うのは、住居の処分が必要なことと生活保護を申請する必要があることだった。年金だけでは老人介護施設の費用を賄うことはできず、働けない以上は生活保護に頼るしかない。その前提として、もう住む見込みのない家を売却する必要があった。

「はじめてみようと思ってる仕事があるの」, 「大変だけど、誰かが見てあげなきゃいけないでしょ」, 独身で身寄りのない認知症男性の法定後見人に, 80代認知症男性の「家」衝撃の現状

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住居の処分には落とし穴があった。被後見人名義の持ち家ではあるが、土地は借りているので借地料を払っている。建物は築50年を優に超えるので、財産価値はほとんどない。売却できればいいが、できなければ建て壊したうえで土地を大家に返すしかなく、そのための資金をどう手当てするか。一連の手続きを、すべて母が代行する必要があった。

80代認知症男性の「家」衝撃の現状

ある日のことだった。父の墓参りに行きたいという母につき合い、二人で父の墓地がある寺に向かっていた。離婚歴のある父は、まだ元気な頃から墓にこだわり、市内にいい墓地が見つかったと喜んでいた。あまり帰ることのない先祖の墓に入るのも気が引けたのだろう。

「年に一回くらいあなたも来てくれれば、お父さんも喜ぶよ」

母は墓を掃除して持ってきた花を飾ると、ライターを使って線香に火をつけた。天気のいい日で、遠くまで青空が広がっている。

「ここならお父さんも、安心して眠っていられるね」

ぼくが墓に来るのは葬儀以来だ。手を合わせる母の時間が長かったこともあり、ぼくも身の回りの変化を報告してみた。口うるさい父とは長く会話の途絶えた時期が続いていたが、今になって自分の生活を素直に話せるのは、もう怒られることもないからだろうか。

「はじめてみようと思ってる仕事があるの」, 「大変だけど、誰かが見てあげなきゃいけないでしょ」, 独身で身寄りのない認知症男性の法定後見人に, 80代認知症男性の「家」衝撃の現状

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墓参りが終わると、母は三番目の依頼人の自宅を確認する必要があるからと、遠回りして帰ることになった。自宅を処分するにあたって、業者に清掃を任せているのだが捨てていいか確認を求められているものがあるという。

車で10分ほど走ったところに、その家はあった。近くの駐車場に車を停め、ぼくがコンビニに行く間に母が向かった家は、遠くからでもわかるほどのボロ屋敷だった。壁は崩れかけ、割れた窓ガラスにガムテープが貼られている。庭には伸び放題になった木や雑草を覆うように、ゴミ袋が山と積まれていた。人が住むことのできる環境とは思えなかった。

「お待たせしました」

母が戻ると、帰りの車内は二人とも何も話さずにラジオを聞いていた。

空き家どころか、すでに家としての体をなしていない建物がぼくの頭のなかに残っていた。日本社会における最底辺の住環境といえるかもしれない。後見人という仕事に、軽い気持ちで臨むことを許さない、生活の重みがそこにあった。