アニメ大好きミャンマー女性が直面した業界の現実

ピョピョさんの描いた背景画。細部に至るまで緻密に書き込まれている(画・ピョピョさん)
同級生が3分の1に激減
アニメ業界で働くことを夢見て、ミャンマーから単身来日したピョピョさん。
【画像】ピョピョさんの描いた背景画。細部に至るまで緻密に書き込まれている
日本語学校を経てアニメの専門学校に進むも、同級生は60人中48人が外国人。そしてどの国のグループにも馴染めず”ぼっち”が続き「当時はすごく病んでいた」という。
それでもなんとか2年次に上がると、周囲に変化が訪れた。同級生の数がグッと減ったのだ。
授業が厳しいということもある。それに、「2年目くらいになると誰が就職できるかできないか、だいたい決まっちゃうんですよ」
という。学生たちの間で描く絵などのスキルの差がはっきりしてくる頃に「自分にこの業界は無理だ」と別の進路を選ぶ人が増える。60人のクラスメイトは卒業を迎えたときには20人ほどになっていた。シビアな業界なのだ。
それでもピョピョさんは残ったのだが、描くものに自信があったというよりも「ここまで来て、こんなにお金もかけて、あきらめられるか」という思いひとつだった。
そして就職活動が始まったのだが、目標は背景専門のアニメスタジオだ。同級生のほとんどはアニメーター、つまりキャラクターを中心に動きのある絵を描く仕事を志望していて、そちらが業界的には「花形」ではあるのだが、激務でも知られる。
ひとつのキャラクターの表情や動きを少しずつ変えて膨大な枚数を描き、それを連続して撮影することで滑らかな動作を表現する。近年はCGの導入も進むが、それでもきつい現場だ。「アニメはブラック」を代表するような職場でもあるそうな。
「それに比べると背景ってホワイトって聞いたんです」
そのぶん辞める人が少なく、学校に来る求人票もわずかばかり。だから求職サイトを使って就職先を見つけたのだが、それが問題の会社だったというわけだ。背景の世界も決してホワイトばかりではないとピョピョさんは思い知る。

ピョピョさんの描いた背景画。細部に至るまで緻密に書き込まれている(画・ピョピョさん)
「給料6万円の会社」よりはマシだが…
「新人の頃は手取り15万円。3年目でやっと手取り20万円を超えたんですが、社長からは『3倍働いてください。ちゃんと働かなかったら、また下がるよ』って言われました」
だがアニメーターに比べればずいぶんマシなのだとか。
「給料6万円の会社もあるって聞いたことがあります。プラス、1枚書いたら300円とか」
そんな薄給だろうと、アニメの世界で働きたいという人はおおぜいいる。専門学校などでふるいにかけられてもなお、日本人も外国人も志望者の多い業界だ。安い給料が嫌で辞められても、代わりはいくらでもいる。そこが待遇の悪さにつながっているのでは、とピョピョさんは言う。
それでも、少しずつ大きな仕事を任されるようにもなってきた。
「ほかの人が描いたものもチェックして手直しして、アニメ制作会社の方や監督さんともやりとりして、全体を見る仕事でしたね」
いい経験も積めたのだが、ブラックさに耐えられたのは3年ほど。次々に入ってきては辞めていくほかの社員と同じように、ピョピョさんも退職した。
「いまの会社の社長はアニメ業界の交流会で知り合ったんです」
これまでに描いてきた作品を見せたところ、ぜひ来てほしいと誘われた。やはり背景を請け負う会社だが、前職とはまったく違う働きやすい環境だ。給料はグンと上がり、休みも十分にあるし「もう帰んのかよ」とも言われない。そもそもテレワークなのだ。
「だから顔を合わせる機会はあまりないんですが、社長は会うたびに『助かってるよ、入ってくれてありがとう』って毎回ほめてくれる。スタッフ1人ひとりの仕事をちゃんと見てくれてるんです」

若い世代が立ち上げた会社を中心に、アニメ業界でも比較的ホワイトな会社が増えてきているという(画・ピョピョさん)
外部委託した仕事の監修も任されるように
それでもたいへんなことはある。とりわけ街なかの背景は込み入っているし、手がかかる。
たとえば東京・八王子が舞台の作品だったら、八王子の写真をもとに描いていくのだが、看板の店名などをそのまま使うわけにはいかない。アニメを見ていると「ワクドナルド」とか「イレブンセブン」なんて表記を見るけれど、そのこまごまとした作業は彼女たち背景さんの手によるものだ。
コンビニなどの店内を描くときも、実在の商品のデザインや名前を変えるのだとか。
そしてピョピョさんは海外に外注する絵のチェックも担当している。いまのアニメはクレジットを見ると中国人や韓国人、ベトナム人の名前がダーッと出てくるほどに海外の労働力にも依存するようになっている。日本で人を雇うよりも、海外に出したほうが安いからだ。
「ベトナムさんが上げてきたものを私が監修するんですが、けっこう直すんです。八王子の写真を渡しているのに、送られてきたものには適当な建物が描いてあって、ぜんぜん八王子じゃないじゃん! って」
こうした外国にあるアニメ制作会社も増えているし、日本のアニメスタジオでも外国人スタッフが多くなっている。
日本が世界に誇る文化の制作現場も外国依存が進んでいるようだが、ピョピョさんから感じるのはどこの国だとか関係ないアニメ愛であり、日本へのなじみぶりだ。
「いま放映中なのにまだつくってることもよくあって、作画崩壊(キャラクターの造形や動きが不自然なまま放映されてしまうこと。スケジュールがパンパンの現場で起こりがち)しちゃってる作品も見ますよね。Xで『これ作画崩壊してるワラ』とか書かれてたり」
美術監督になるのが夢
「自分はかかわっていないけれど、最近すごくよかった作品は『チ。』です。すごい好き。いま注目してるのは『光が死んだ夏』。本田こうへいさんって有名な美術監督が好きで。背景ばっかり見ちゃいますね」
その美術監督になることが、ピョピョさんの目標のひとつだ。
「作品全体の雰囲気を決める立場の人ですね。たとえば『青い空』っていっても、どういう青なのかって人それぞれ違うじゃないですか」
作品の世界観や舞台設定を、背景で表現する仕事といえるだろうか。
キャラクターたちが躍動する空間そのものをつくりあげていく。細部にわたって練り込まれた設定が描き込まれた美しい背景があるからこそ、キャラクターはいきいきとし、観ているほうもより作品に没入できる。
「それまでには、5年くらいはかかるんじゃないかな」
もうひとつ、仕事をこなしながらもコツコツとつくっているアニメがある。こちらはキャラクターも含めてすべて自分ひとりで制作中だ。
「それを最後まで終わらせようと思っていて、YouTubeとかに載せてみんなが見てくれたら嬉しいなって」
決してアニメづくりの主役ではない「背景」という世界に生きるピョピョさんに、最後に聞いてみた。背景にかかわっている人たちは、視聴者にアニメのどこを見てほしい、注目してほしいと思っているのだろう。
「うーん……難しいけど、“引き”の絵を見てほしいかな。キャラクターは入っていない、背景だけのもの。とくに力を入れて描いているから」
その一枚が差し挟まれることで僕たちはキャラクターの心情も、物語の起伏や季節の移り変わりも、そこがどんな世界であるのかも知ることができる。セリフや動きもなしに、いろいろなものを表現しているのだ。
2日かけて描いた”1秒で消える”背景を見てほしい
「1秒で流れちゃうものを、2日とかかけて描いてるんですよ! いや、0.5秒くらいですか? それでもう消えちゃうんだよー」
だからこそ一枚の背景は見る人に深い印象を与えるのかもしれない。そんな絵をこれからもピョピョさんは描き続ける。