参政党の躍進は民主主義の脅威か、健全なダイナミズムか?...「イギリスの失敗」が照らす参議院の存在意義

参政党の躍進は民主主義の脅威か、健全なダイナミズムか?...「イギリスの失敗」が照らす参議院の存在意義

参政党・神谷宗幣代表(2025年7月21日都内にて) REUTERS/Kim Kyung-Hoon TPX IMAGES OF THE DAY

<「静かな怒り」が政治を揺らす...。2016年のブレグジットと参政党の奇妙な共鳴について>

参政党の衝撃

2025年7月、「良識の府」こと参議院で参政党が大躍進を遂げ、話題となった。

参院は選挙区も比例区も範囲が広く、衆院選で有効な個人後援会では十分に集票できない。そこで効果的なのが知名度やネット選挙であり、参政党のような新興のポピュリズム政党が議席を得やすい。都市部の中選挙区制など、全体的に比例的な選挙制度も追い風となる。

参院はポピュリズムの促進剤なのだろうか──参議院研究者として、そう考え始めたとき、イギリスのEU離脱(Brexit)を論じたある新刊と出会い、参院の機能をより広い視野から考察する視座を得た。

その本は、2025年5月に刊行された、『わかりあえないイギリス──反エリートの現代政治』(若松邦弘著、岩波新書)である。本書では、小政党の参入を防ぐ衆議院の小選挙区制が、逆説的にポピュリズム(イギリス独立党、ファラージ党首)を涵養し、国民投票でのEU離脱派勝利を招いた、と指摘されている(*)。

比例制に比してその小選挙区制という選挙制度に内在する弱い応答性、言い換えればエリート性は、今日、有権者に説得力を持たなくなっている。その歴史的な構造は、そもそも有権者と代表との分離を特徴とし、代表が有権者の納得や信頼を得ることを必ずしも想定していないゆえに、有権者の政治への疎外感が高まりがちである。(『わかりあえないイギリス』p.5)

アメリカ・メリーランド州ナショナルハーバーで開催された「保守政治活動協議会(CPAC)」で演説するナイジェル・ファラージ(2023年3月3日)Kyle Mazza via Reuters Connect

一方、日本に視点を移すと、今回の参院選で躍進した参政党の支持者は、Brexitの支持層とおそらく類似している。

具体的には、往年の国家的威信を憧憬し、既存政党から離反した保守層や、経済のグローバル化に取り残された労働者(日本では、非正規雇用の割合が高い就職氷河期世代)などである。それだけに英国の経験は示唆に富む。

では、同じ小選挙区制国の日本は、政治制度の模範としてきたイギリスの「失敗」から何を学べるだろうか。

参議院がもたらす民主政治の安定性

英国には存在しない公選の第二院、すなわち参議院は、社会に鬱積する不満が暴発する前に、その制度的な受け皿となるのではないか。

喩えるなら、ポピュリズムという激流を、一度受け止めて流れを整える「ダム」のような存在である。急激な変動を避けながらも、民意を穏やかに政策へと導く──そのような「調整弁」としての姿が見えてくる。

まず、参院は半数改選であるため、参政党の議席数は、世間を騒がせた割に少ない(15/248議席)。参院の権限は衆院に劣ることもあり、今回の結果で政策が極端に変化することはない。

一方、参政党の脅威は自公政権に政策対応を迫り、選挙期間中にもかかわらず、内閣官房に外国人政策専用の事務局が新設された。既に、外国人起業家の在留資格の厳格化や、訪日外国人の運転免許証切替の難化が方針として示されている。

これらの動きは、有権者の不満が政策へと穏健に変換されることを意味している。石破首相の辞任も含め、参政党支持者が抱く政治不信は、一定程度「ガス抜き」されたのではないだろうか。

また、参院選後、参政党が白日の下に晒され、メディアの注目を集めることで、政権選択選挙である次期衆院選に先立ち、参政党の力量や実態をチェックできる。

早速、参院予算委員会(8月5日)で神谷宗弊代表が行った首相への初質問に対しては、多くの識者から未熟さを指摘する声が上がった。参議院はこのように、政権担当能力が問われる衆院選に挑む前の「予選」として機能する。

さらに、こうした「予選」のプレッシャーや他党との連携の中で、党の政策が丸くなり、参院で「飼い慣らされる」可能性もある。加えて、次期衆院選まで一定期間が空くことで、現在の参政党支持者も次回の投票時には熱狂が薄れ、より冷静に投票先を判断できるようになるかもしれない。

現実は学問を超えてくる

実は、筆者は今年2月に刊行した著書『参議院による多元的民意の反映──政治改革の補正と阻害』(東京大学出版会)で、参院はポピュリズムの拡大を抑止する「防波堤」だと論じていた。

参院は選挙区も比例区も広く、自民党なら県議団(党県連)や業界団体、民主党なら労働組合といった大規模組織が重要性を高める。

結果として、地方や郵便局を代弁する参院自民党は、郵政民営化法案の採決で大量造反をし、法案を否決に追い込んだ。また、参院民主党も、反労組の日本維新の会と民主党が接近するのを牽制し、民進党は大阪系の維新勢力を含まない形での合流となった。

以上が拙著の論旨であったが、今回の参政党躍進は、「参院=ポピュリズムへの防波堤」という見立てを揺さぶるものであった。

では、どのような心構えで、参院に取り込んだポピュリズムと共存していくか──。参政党が何を社会に突き付けているかを最後に考えたい。

「打算的な多元主義」

フランス文学者の渡辺一夫は、1951年に「寛容は自らを守るために不寛容に対して不寛容になるべきか」と題するエッセイを発表した(『渡辺一夫評論選 狂気について 他二十二篇』岩波書店、p.194〜211)。

渡辺の主張は、不寛容を過度に抑圧すると、迫害された側の猜疑心が一層強まったり、人々を狂信に駆り立てる「殉教者」が生まれたりするので、不寛容には極力、寛容あらねばならないという警句であった。

参政党には、排外主義的な傾向や根拠に乏しい財源論など、明らかに多くの問題がある。しかし、支持者が託した「民意」──物価高に苦しむ市井の人々や日本の伝統・秩序を尊ぶ地域住民の「声なき声」──を頭ごなしに否定してしまえば、社会の分断は一層深まるばかりである。

渡辺のエッセイで筆者が特に惹かれるのは、終盤に書かれた次の一節である。

だがしかし、僕は、人間の想像力と利害打算とを信じる。人間が想像力を増し、更に高度な利害打算に長ずるようになれば、否応なしに、寛容のほうを選ぶようになるだろうとも思っている。僕は、ここでもわざと、利害打算という思わしくない言葉を用いる。(『渡辺一夫評論選』p.210)

寛容性や多元主義は、人権や多様性を信奉する「リベラル」の専売特許ではない。人間くさい「利害打算」で動く普通の人びとにとっても、その価値は十分に理解されうる。そして、この「打算的な多元主義」こそ、時に悪魔的にもなるポピュリズムと共存する上で、鍵になるのではないか。

参政党の躍進を受け、「良識の府」とされる参議院の存在意義に疑義を呈する向きもある。しかし筆者はむしろ、多元的民意の反映を掲げる参議院の真価が、今こそ試されていると考える。

「無意味な第二院」で終わるのか、それとも民主主義の健全なダイナミズムを担う「意味のある緩衝装置」として機能するのか。参政党の動向は、日本の民主主義のレジリエンス(強靭さ)を測る試金石となる。一参議院研究者として、また一有権者として、今後もこの問いに向き合い続けたい。

[注]

(*)英国で、衆議院の小選挙区制がポピュリズムを涵養したという指摘は、近藤康史『分解するイギリス――民主主義モデルの漂流』(ちくま新書、2017年、4章)と、高安健将『議院内閣制――変貌する英国モデル』(中公新書、2018年、p.161-163)にも見つかる。近藤が紹介する調査によると、英国有権者では離脱派が多かったが、議会では、既存政党に有利な小選挙区制の影響で、EU残留派が多数を占めていたという。

高宮秀典 (Shusuke Takamiya)

1992年生まれ。拓殖大学政経学部助教。東京大学大学院法学政治学研究科博士課程修了、博士(法学)。専門は現代日本政治論。著書に『参議院による多元的民意の反映──政治改革の補正と阻害』(東京大学出版会、2025年)、共著に『アウトサイダー・ポリティクス――ポピュリズム時代の民主主義』(岩波書店、2025年)。「参議院の人材的な独自性と政治的帰結――参議院の民意反映機能とシニア性に着目して」というテーマで、サントリー文化財団2020年度「若手研究者のためのチャレンジ研究助成」に採択。

『わかりあえないイギリス──反エリートの現代政治』

若松邦弘[著]

岩波新書[刊]

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『参議院による多元的民意の反映──政治改革の補正と阻害』

高宮秀典[著]

東京大学出版会[刊]

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『渡辺一夫評論選 狂気について 他二十二篇』

渡辺一夫[著]大江健三郎 ・清水 徹 [編]

岩波書店[刊]

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