トランプも恐れる「厄介な事態」に?...イスラエル・トルコが虎視眈々と狙う「新生シリア」で何が起きるのか

トランプも恐れる「厄介な事態」に?...イスラエル・トルコが虎視眈々と狙う「新生シリア」で何が起きるのか
イスラエルのネタニヤフ首相(左)とトルコのエルドアン大統領(右) の思惑は? MAYA ALLERUZZO-POOL-REUTERS(左)MURAD SEZER-REUTERS(右)
<アサド政権崩壊から数カ月、シリアには既に「見えない境界線」が引かれている──アメリカの同盟国同士の綱引きで混迷するモザイク国家はどうなるのか>
シリア内戦が終わっても、中東は依然としてきなくさい空気に包まれている。イスラエルのパレスチナ自治区ガザで戦闘が続くなか、アメリカの2つの同盟国イスラエルとトルコが復興に向かうシリアを影響下に置こうと、激しいつばぜり合いを繰り広げているのだ。
イスラエルはガザを実効支配するイスラム組織ハマスと中東におけるイランの代理勢力を弱体化させて勢いづいている。昨年12月にバシャル・アサド前大統領が失脚し、混乱が広がるシリアに越境攻撃を仕掛けたのもその表れだ。
長年占領してきたゴラン高原の向こうにまでアラブ勢の侵入を防ぐ緩衝地帯を広げようというのである。
対してNATO加盟国のトルコは中東における地域大国の地位を固めつつある。シリア内戦中に建設したシリア北部の基地を今も維持し、内戦終結後はシリアの反アサド諸派との親密な関係を利用して、アサドを支援したイランとロシアに代わり暫定政府の後ろ盾になろうとしている。
トルコからの分離独立を求めて、長年シリアとイラクを拠点にトルコ政府を攻撃し続けてきたクルド人組織クルド労働者党(PKK)も3月、トルコとの停戦を宣言した。
ドナルド・トランプ米大統領は自身が描く中東和平構想の実現に向けて、イスラエルのベンヤミン・ネタニヤフ首相とトルコのレジェップ・タイップ・エルドアン大統領が果たす重要な役割に言及している。
トランプの期待を背負う2人の指導者が危険なにらみ合いを続けるなか、シリアをめぐる双方の利害を調整しなければ、この2国の衝突でシリアは再び戦火に包まれかねないと、一部の有識者は警告している。
「イスラエルとトルコの間ではどこかの段階で、何らかの対立が起きる危険性がある」と、イスラエルのバル・イラン大学のエフラト・アビブ准教授は本誌に語った。「小規模な武力衝突すらあり得る」

MURAD SEZER-REUTERS
アメリカはクルド人主導のシリア民主軍(SDF)を支援するためシリア北東部と、主に自由シリア軍(FSA)が支配下に置くシリア南部の砂漠の駐屯地に約2000人の兵士を派遣してきた。
そのシリアで2つの同盟国が戦火を交えれば、トランプの恐れる「厄介な事態」になる。トランプは外国の紛争への米軍派遣をできるだけ避けたい考えで、シリア駐留米軍の撤収も何度もほのめかしてきた。
新生シリアが分裂する懸念も
イスラエルとトルコ双方にとって、シリアは国境を接する国であり、長く混乱が続いていたことも手伝い、双方の核心的な利益と切り離せない。
2011年から内戦が続いていたシリアは、23年10月のガザ戦争勃発を契機に、より広範な戦いであるイスラエル対イラン主導の「抵抗の枢軸」の戦いに巻き込まれた。
昨年11月、イスラエルが近隣のレバノンにおける激戦を経て、同国のイスラム教シーア派組織ヒズボラと停戦協定を結んだまさにその日、一見静まり返っていたシリア国内の前線でいきなり戦闘が勃発。イスラム系組織シャーム解放機構(HTS)が即座に主要都市を制圧した。
その後2週間足らずで、HTSは首都ダマスカスに進撃、親子2代で半世紀余りに及んだアサド政権の支配はあっけなく崩れ去った。内戦終結でシリアにようやく平和が訪れると期待されたが、希望はすぐに不安に変わった。
HTSの指導者アフマド・アッシャラア(別名モハマド・ジャウラニ)は過去には国際テロ組織アルカイダや過激派組織「イスラム国」(IS)とも関係していた。
そんな人物が率いる暫定政権の統治の方向性は不透明で、近隣の大国の思惑も読めず、新生シリアの未来には不確定要因が多すぎたからだ。

MAYA ALLERUZZO-POOL-REUTERS
アッシャラアはイスラエルに対しては慎重路線を採用した。シリア領内への越境攻撃を非難しつつ、新生シリアは歴史的な敵であるイスラエルに脅威を及ぼさないと誓ったのだ。その一方で、安全保障ではトルコを頼りにする姿勢も見せている。
トルコはシリア内戦中、HTSには曖昧な態度を取る一方で、HTSのライバルである反政府組織シリア国民軍(SNA)を大っぴらに支援していた。それでも内戦終結後、HTS主導の暫定政権下でトルコとの2国間関係が改善したのは明白だ。
今ではシリアにおけるトルコの役割の拡大(多額の投資がそれをさらに後押ししている)に、イスラエルが神経をとがらせていると、アビブは指摘する。
「トルコは見返りとして、シリアに軍事的な足場を持つことを要求するとみられ、それがイスラエルにとっては脅威になり得る」と語る。「トルコもイスラエルにシリア領内から撤退するよう求めている。エルドアンは既に少なくとも2回、軍事行動をちらつかせてイスラエルを脅した」
イスラエルは今もアッシャラアを「ISのメンバー」と見なしていると、アビブは言う。「(シリアでは)クルド人勢力は今やイスラエルの信頼厚い盟友になっている」
シリアの少数派であるイスラム教系のドルーズ派もイスラエルと兄弟同盟を結ぶ可能性があると、アビブは指摘する。こうした状況では、シリアは事実上分裂しかねない。
暫定政権の支配地域、トルコの基地がある北部、イスラエルが居座る南部、そして北東部のSDFの自治地域と、シリア領内には既に見えない境界線が引かれている。
今年3月初め、シリア西部で暫定政権の治安部隊が、アサド家が属していたイスラム教シーア派の分派・アラウィ派の民間人を多数殺害。
マルコ・ルビオ米国務長官は報道を受け、「人々を殺した過激なイスラム主義のテロリスト」を強く非難し、「少数派虐殺の加害者の責任を追及する」ようシリア暫定政権に求めた。
英NGOシリア人権監視団は1400人余りの死亡を確認し、大半はアラウィ派の住民だった、と報告した。数千人が、アサド政権の重要な後ろ盾だったロシアが引き続き駐留するシリア国内の軍事基地に避難している。
「少数派の保護」を隠れ蓑に
「トルコはシリアが分割されないことを望んでいる。彼らはシリア全体を併合するか、トルコの県にしようと狙っているからだ」と、SDFの政治団体であるシリア民主評議会(SDC)のリアド・ダラール顧問は語る。
「イランは、イスラエルがヒズボラをほぼ壊滅させ、アサド政権が崩壊した後にシリアから撤退したが、復帰の機会をうかがっている。そのために『イスラム的』とも称される抵抗勢力、つまり、アサド政権の残党や支持者の混成部隊を支援する可能性がある」
「ロシアは、フメイミムの空軍基地やタルトゥースの海軍基地などシリアにおける権益を保持したいと考えており、シリアとの友好関係を回復させようという動きを見せている」と、ダラールは続ける。
「イスラエルはシリアが分裂した国家として、少数派国家の兄貴分になるような状態を望んでいる」
イスラエルがシリアで新たな同盟関係を築こうとする試みは、トルコの目にはネタニヤフが「急進的に」映ると、トルコのハサン・カリョンジュ大学准教授で政治・経済・社会研究財団(SETA)上級研究員のムラト・アスランは言う。
「アサド政権崩壊は、23年10月7日のハマスによる襲撃の心理的影響とネタニヤフの保守的な政策とともに、イスラエルの立場をある程度変えた。
シリアに生じた空白を、シリア国軍の軍事資産を破壊して東に領土を拡大し、ドルーズ派と(PKKの分派でシリアのクルド系政治団体である)民主連合党(PYD)に働きかけ、イスラエルに忠実な代理勢力の構築を後押ししようとしている」
こうした戦略に「トルコは限界まで忍耐を示すだろう」と、アスランは続ける。ただし、「イスラエルがエスカレートすれば、シリアと協調する動きが段階的に発展する可能性がある」とも警告する。
「イスラエルの安全保障は他者のアイデンティティーを脅威に仕立てることに依存している。それがトルコの最終的な評価だ。イスラエルがさらにエスカレートすれば、終わりのない暴力の連鎖になるだろう」
イスラエルのヤコブ・ナゲル元国家安全保障評議会議長が率いる政府委員会は今年1月の報告書で、エルドアンが「オスマン帝国の王冠を過去の栄光の下に取り戻すというトルコの夢」を実現しようとした場合、トルコとイスラエルの交戦が現実になるという「直接的な危険」が迫るだろうと警告した。
ネタニヤフは2月に「シリアの新政権の部隊がダルアー、クネイトラ、スワイダ県から撤退してシリア南部を完全に非軍事化する」ことを要求し、「南部のドルーズ派のコミュニティーに対する、いかなる脅威も容認しない」と主張した。
この発言にシリアのドルーズ派住民は抗議の声を上げ、シリアの新しい国旗を掲げてイスラエルの撤退を要求した。3月初めにはドルーズ派とキリスト教徒が多く住むダマスカス郊外のジャラマナで、シリア暫定政権の治安当局者が殺害された。
イスラエルのイスラエル・カッツ国防相は軍事介入を示唆し、イスラエル軍は「シリアの過激派イスラム主義テロ政権がドルーズ派を傷つけることを許さない」と明言した。
イスラエルはシリアの少数派の保護者であるかのように装い、トルコは自分たちがシリアの安定と統一を主導すると誇示している。
「トルコはシリアの安全と安心を最も重視しており、その上で領土保全と政治的統一が維持される」と、在米トルコ大使館の駐在官は本誌に語った。「この点において、私たちはシリアの主権と領土保全を損なうあらゆる試みに反対する」
紛争の脅威に広がる悲観論
この人物はさらに、トルコがシリアの反体制派と長年にわたり関係を築いていることや、シリアの新政権を国際社会で再建する意向があることに加え、シリアの紛争がトルコ国内に与える影響も強調した。
トルコは世界最大の難民受け入れ国であり、現在も300万人近いシリア難民が生活している。
「トルコは過去14年間、シリア国民の闘いに寄り添ってきた。今後も、シリアの人々が平和と繁栄を実現するために支援は惜しまない」
一方、新たな紛争の脅威が迫るシリアでは、再び悲観論が広がっている。シリアの元外交官バッサーム・バラバンディは、「トルコはイスラエルの行動からシリアを保護する意思も能力もない。イスラエルは紛争のさらなる長期化ではなく、真剣に平和を目指す意思を示すべきだ」と語る。
トランプは、暫定政権を率いるアッシャラアに関与する姿勢を示していない。昨年12月にアサド政権が崩壊した際は、アメリカはシリア情勢に「一切、関与するべきではない」と述べた。
この時期にトランプは、エルドアンがシリアの将来の「鍵を握るだろう」とも語り、「とても賢明な」人物だと称賛した。
しかし、米政権の中東政策の焦点はガザ問題に大きく傾き、トランプとネタニヤフが緊密に協議を重ねている。また、イエメンの反政府武装勢力のフーシ派および彼らを支援するイランとの緊張が高まっていることも、アメリカは注視している。
シリアがまたしても、他国の対立に翻弄されて標的になることをバラバンディは嘆く。「シリアは自分たちの国が、地域大国の勢力争いの戦場になるところを見たくはない」
(編集部注:イスラエルとトルコはシリアでの偶発的衝突を避ける枠組みの構築に向けて、4月9日に高官協議を始めたと報じられた)
トム・オコナー(外交担当副編集長)