『ワン・バトル・アフター・アナザー』を見る前に知りたい5つのこと。アカデミー賞最有力候補かつ「笑える」理由は

レオナルド・ディカプリオ主演、アカデミー賞最有力候補の呼び声もある『ワン・バトル・アフター・アナザー』を見る前に知りたい5つのことを解説しましょう。「実は笑える」「クセ強」だからこその面白さも知ってほしいのです。(C) 2025 WARNER BROS. ENT. ALL RIGHTS RESERVED.
10月3日より映画『ワン・バトル・アフター・アナザー』が公開されます。結論からいえば、本作はめちゃくちゃ面白い! アメリカの批評サービスIMDbでは8.4点、Rotten Tomatoesでは批評家支持率96%と2025年の映画の中でトップクラスの高評価を得ており、アカデミー賞の最有力候補の呼び声も納得の傑作でした。表向きはシンプルなエンタメのようで、風刺は鋭く奥深さもある、予備知識がなくても楽しめる内容ですが、なかなかに変わったバランスの、クセが強い映画でもあります。心構えとして知っておいたほうがいい部分もあるのが事実です。
特に、上映時間が2時間42分と長尺であることにご注意を。 その後の予定の確認、事前のトイレはしっかり済ませておきましょう。そのほかにも知ってほしい項目をまとめていきます。
【動画】『ワン・バトル・アフター・アナザー』の予告編
1:PG12指定も納得。やや過激で下品な言葉も飛び出すブラックコメディー
本作はPG12(12歳未満は保護者の助言や指導が必要)のレーティングがされており、その指定理由は「違法薬物の使用および、20歳未満の喫煙の描写がみられる」というもの。その時点でややインモラルな内容であることが示唆されています。また、暴力的な表現がいくつかあるほか、(特にレオナルド・ディカプリオ演じるお父さんの)下品な言葉での罵倒も聞こえてきます。「あまりにひどい言葉や下ネタに笑ってしまう」タイプの「やや過激なブラックコメディー要素」がふんだんにあることを念頭においた上で見た方がいいでしょう。

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特に強烈なのは、ショーン・ペンが演じる、物語上では悪役である軍人の「ロックジョー」。詳細は伏せておきますが、ありていに言えば、とてつもない変態。いい意味でドン引きするシーンが冒頭から待ち受けています。もちろん、その生理的な嫌悪感まで呼び起こすキャラ造形も意図的なものですし、「悪役が変態すぎて笑うしかない」印象も含めて、楽しんでほしい映画なのです。
2:シンプルな逃走(闘争)劇に至るまでの時間をかけた「セッティング」が面白い
本作のあらすじは「元革命家のダメなお父さんが、命を狙われつつも娘を守ろうと奮闘する」というシンプルなもの。一方で、日本版のキャッチコピーである「これは、逃走劇のフリをした闘争劇」が示しているように、ただ逃げるだけではない意外な展開も用意されていますし、一筋縄な内容というわけでもありません。
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例えば、そのメインのサスペンスが始まるまでの「セッティング」を、およそ1時間もかけて描いています。それだけを聞くと冗長に感じる人もいるかもしれませんが、そこに至るまでのストーリーもしっかり面白く、だからこそ後の逃走(闘争)劇がよりスリリングに見られるというのが本作の美点でしょう。
前半の1時間では、例えば「お父さんとお母さんの馴れ初め」などが描かれます。後に夫婦になる2人は、革命を掲げる組織で信念を持ち、大義のために戦っていた……とも言えますが、その活動には犯罪行為もいとわない過激さがあり、特にお母さんの言動はかなりアグレッシブで、お父さんは彼女に「ちょっとついていけてない」ような立場。お母さんが「妊婦姿のままマシンガンを撃つ」様にも笑ってしまいます。

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過去の物語では、前述した軍人のロックジョーのヤバさもまた丹念に描かれていますし、その先にはとある悲劇が待ち受けています。さらには「元革命家だけど今ではすっかり落ちぶれたお父さん」「そのお父さんを少なからず疎ましく思っている高校生の娘」という「今」の関係も描かれ、さらには比較的まとも(?)な人物に思える空手道場の「センセイ」も登場します。

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それぞれのクセ強すぎなキャラクター描写をたっぷり済ませたからこそ、「元革命家VS変態軍人! お父さんはセンセイの助けも借りながら娘を救えるのか? さあ逃げつつ戦ってもらいましょう!」という、冗談のような流れに笑いつつもハラハラすることができます。やはりブラックコメディーよりのエンターテインメントなのです。
3:実は差別をシニカルに描いた側面も。タイトルの元ネタは?
ブラックコメディーを超えて、もはや露悪的とさえ言える描写さえもある作品ですが、だからこそ現実にある本質的な問題を描いていると思える部分もあります。その1つが、キャラクターそれぞれの差別的な思想がそこはかとなく、時にははっきりと表れていること。例えば、お父さんは娘の友達が「ノンバイナリー」であることについて、無理解であることが分かる不遜な言動をしていたりするのです。

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さらには、敵となる軍人・ロックジョーが属するコミュニティーは「白人至上主義」に染まっており、とある確定的になった事象に対して、文字通りに「排除」を試みることになります。それを「当然のこと」のように語る様ははっきり醜悪ですし、それこそがアメリカ社会の、いや世界で現存する問題をはっきり示しているようにも思えるのです。
そうしたところから、元革命家ですっかり落ちぶれた主人公も、彼とその娘を執拗に追い詰めていく軍人も「どちらも正しくない」どころか「愚か」であることが伝わってきます。そんな彼らの逃走(闘争)劇がどこか虚しくもこっけいにも思えてくる、というシニカルさもまた「笑い」につながっているのです。なお、「One Battle After Another(次から次へと戦いが続く)」というタイトルは、実在する過激派組織「ウェザー・アンダーグラウンド」が1969年に発表した声明文から取られているそうです。本作の物語は完全にフィクションですし、極端にもほどがあるものですが、部分的には「事実に基づいている」ところも。劇中のような「間違っている人たち同士の戦い」が現実にないとも言い切れない、そんなバランスになっているのです。
さらに、本作の設定やシチュエーションはトマス・ピンチョンによる『ヴァインランド』という小説からインスピレーションを得ています。空手道場のセンセイというキャラクターそのものが奇妙に思えるところですが、『ヴァインランド』では「天才少女格闘家を忍者に育てるニッポンの武道家」が登場することも思えば、納得できるところもあるかもしれません。
4:レオナルド・ディカプリオ史上最も笑える主人公
本作の目玉は、言わずと知れたレオナルド・ディカプリオの主演作であること。『タイタニック』の美青年役で大スターとなった彼ですが、その後には「憎たらしい悪役」や「薄っぺらさ」を感じさせる役をこなしており、今回の「元革命家だけど今はダメなお父さん」の説得力も半端なものではありません。
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例えば、ディカプリオは『レボリューショナリー・ロード/燃え尽きるまで』では生きがいを見つけられない情けない夫、『ジャンゴ 繋がれざる者』ではニタニタした笑顔がいやらしい奴隷農園主、『ウルフ・オブ・ウォールストリート』では詐欺まがい(というか詐欺そのもの)の手口で荒稼ぎをするゲスな証券マンなどをこなしていました。その先に辿り着いた今回の役は、ダメすぎてディカプリオ史上最も笑えると言っても過言ではありません。ディカプリオ自身、自身の役を以下のように分析しています。
「いわゆる「俺に構うな」という反体制的なヒッピー革命家で、あらゆるものに被害妄想を抱いている。課税も監視も嫌がり、周囲のすべてに対して極端に懐疑的だ。森の中に隠れて暮らし、家に閉じこもり、『アルジェの戦い』のような映画を観て、大麻を吸い、酒を飲む。しかし彼にはひとつだけ目的がある。それは娘を守ることだ。」
その言葉通り「周りの全てを嫌がっている」主人公ですが、これまで引きこもりのような生活を続けてきたおじさんが、1人で逃げながら戦うことなんてもちろん無理難題です。そのため、かつて属していた組織に助けてもらおうとするわけですが、その電話口で「長い合言葉を求められた」時のリアクションは情けなすぎて爆笑もの。
ディカプリオ本人の「必死さ」が伝わる演技も相まって、同じことを繰り返すことで笑いが倍増していく「天丼」なギャグとしても面白く仕上がっていました。そんな風にありとあらゆる面でダメなお父さんとなったディカプリオですが、「愛する娘を守ろうとする」という根源的かつ切実な思いも伝わってくるので、「こんなにもダメで間違っているのに応援したくもなってくる」というのも本作の面白いところ。表面的にはクズに思えても「それだけではない」キュートさや親しみやすさもある役をこなしてきたディカプリオの、集大成の役柄だと言えるのではないでしょうか。
ちなみに、ディカプリオは劇中の運転、フェンス越え、車の飛び降り、建物の屋上からのジャンプなど、ほぼ全てのスタントを自らこなしていたのだとか。ある意味で「本物」とさえ言える、ディカプリオの「超カッコ悪い逃げ方」もまた笑える上にスリリングなので、そちらも期待してほしいところです。
5:ポール・トーマス・アンダーソン監督の名前を要チェック!
本作が注目されている理由の1つは、やはりポール・トーマス・アンダーソン(以下、PTA)監督の最新作であることでしょう。映画ファンにはよく知られた名前ですが、知らない人はぜひその名前を覚えてほしいところ。世界で唯一カンヌ、ベネチア、ベルリンの世界3大映画祭で監督賞を制覇した巨匠ですし、筆者個人としては「重厚さの中に卑近さもある」面白い作家性の持ち主だと思うからです。例えば、10人のキャラクターの24時間を並行して描く群像劇の『マグノリア』や、生真面目で不器用な青年の恋を描く『パンチドランク・ラブ』、10歳年上の女性に恋する少年の危うい冒険を描く『リコリス・ピザ』などでは、「極端なようでどこかで見たようなキャラを欠点も含めて愛おしく描く」という親しみやすさがあります。 一方で、『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』では石油王になる男の一大抒情詩だと思っていたら「ゾッとしながら爆笑もしてしまうクライマックス」が待ち受けていたりもしますし、『ファントム・スレッド』では夫婦のラブストーリーかと思いきや、底なしの恐ろしさがあるホラーにも思えたり……。題材が重めの作品でもどこかユーモアがあり、もはやジャンルを1つに絞りきれない多層的な魅力があるのです。今回の『ワン・バトル・アフター・アナザー』の「シンプルな逃走劇のようで」「思わず笑ってしまうブラックコメディー的な要素もふんだんに含まれており」「差別の問題の本質も描いていて」「ダメな人たちの解像度が高い」という重奏的な味わいは、まさにPTA監督の真骨頂と思えました。
メジャーに公開される作品としてのエンタメ性を担保しながらも、「PTA節全開」な印象はファンにとっても「待ってました!」でしょうし、その作家としての魅力はこれまでPTA監督作を知らなかった人にもきっと伝わる、「入門」としてもピッタリだと思えたのです。
ちなみにPTA監督は、レオナルド・ディカプリオに実在したポルノ男優をモデルとしたドラマ『ブギーナイツ』の主役を打診していましたが、ディカプリオは同年1997年に公開された『タイタニック』を優先して断った、という経歴があったりもします。
ディカプリオはこの決断を後に「私の世代にとって深い意味を持つ映画だった。ようやくあの映画を見た時、傑作だと思った」と、後悔をにじませながら語ったこともあったのだとか。それから30年近い時を経て、ようやくPTA監督とディカプリオのタッグが実現したことも、感慨深いものがあります。
まとめ:映画という娯楽を味わいつくせる作品
総じて『ワン・バトル・アフター・アナザー』は「映画という娯楽を味わいつくせる」作品だと思えました。撮影や演出が冴え渡っており、特に終盤では「何を見せて何を見せないか」がスリリングなサスペンスにつながっていましたし、不規則なピアノの音色が響く音楽は一触即発の緊張感と冗談みたいな状況のこっけいさの両方を示しているよう。ポール・トーマス・アンダーソン監督自身の力はもちろん、優秀なスタッフがいてこその「総合力」で、ここまでの傑作になったと思えるのです。ともかく、難しいことを考えなくても、やはりめちゃくちゃ面白いエンターテインメントを期待して、この『ワン・バトル・アフター・アナザー』を見てほしいところ。一方で、なかなかに下品だったり、シンプルな対決の構図に比べると上映時間が長めだったりと、PTA監督作らしいクセの強さはあるものの、それこそがほかの監督作はない魅力として受け取れることにも、大いに期待しています。
この記事の執筆者: ヒナタカ
All About 映画ガイド。雑食系映画ライターとして「ねとらぼ」「マグミクス」「NiEW(ニュー)」など複数のメディアで執筆中。作品の解説や考察、特定のジャンルのまとめ記事を担当。2022年「All About Red Ball Award」のNEWS部門を受賞。