映画『国宝』は「とある中国映画とよく似ている」…中国ウォッチャーが気付いた「類似点と相違点」
今世紀最高の邦画『国宝』
元来があまのじゃくの私は、世間で流行中のものについて「もう行った?」「もう観た?」と周囲から囁かれるたびに、「行くものか」「観るものか」と反発してしまう。それで、「やっぱり大阪の万博行きたいな」と思った頃には、時すでに遅しだった。
だが、御縁のあるものもあった。興行収入150億円を超えた映画『国宝』である。

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先日、夜更けに繁華街をホロ酔い気分で歩いていたら、映画館の看板が出ていて、タイミングよく最終回が始まるところだった。
ええい、入ろう。上映時間3時間との表示を見て、館内で寝る気でいた。
ところが……すぐに酔いは醒め、スクリーンに釘付け。あっという間に時が過ぎてゆく。
ラストにKing Gnu井口 理の透き通った美声が流れ、館内が明るくなっても、感動のあまり、しばし立ち上がれなかった。私にとって、今世紀に観た邦画の最高傑作となった。
中国ウォッチャーの『国宝』の見方
『国宝』の素晴らしさについては、すでに多くの人が評論しているので、割愛する。ただ中国ウォッチャーの私は、映画の途中から、他の人とは異なる観方をしていた。
「中国映画の最高傑作」と思っている『さらば、わが愛/覇王別姫』(陳凱歌監督、1993年)と比較しながら観ていたのである。中国語映画として初めてカンヌ映画祭パルムドールを受賞した一大叙事詩だ。

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実際、この日中の両作品には共通点が多い。歌舞伎と京劇という古典芸能をテーマにしていて、それぞれ『曾根崎心中』と『覇王別姫』という悲恋物語が伏線となっている。
そして二人の役者の半世紀にわたる愛憎ドラマを描いており、特に「女形」の苦悩にスポットを当てている。上映時間までほぼ一緒。
『さらば、わが愛/覇王別姫』を想起させる『国宝』
『覇王別姫』は、1925年の北京から始まる。遊女の母に捨てられ、京劇の養成所に入れられた小豆子(張國榮演じる後の程蝶衣)は、厳しくしごかれ、周囲にいじめられながらも、兄貴分の石頭(張豊毅演じる後の段小樓)に助けられて成長。やがて二人は、京劇界のスターとなる。
一方の『国宝』も、任侠の家に生まれた喜久雄が歌舞伎界に拾われ、厳しくしごかれながらも、「梨園のプリンス」俊介に助けられながら成長、共にスターとなっていく。小楼と俊介が一時的にドロップアウトし、後に復活、共演するクライマックスも同じだ。

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では、相違点は何だろう? それは、中国側が時代の波に翻弄されることだ。軍閥闘争、日中戦争、国共内戦、文化大革命……抗えないハイリスクな中国社会の悲劇が映される。
映画館を出た時、もう一つ気づいた。日本側のタイトル『国宝』は、名優に授けられた「人間国宝」から取ったものだろうが、中国語で「国宝」はモノにしか使わない。中国でこの映画が上映される際、どんなタイトルが付くのだろう?
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「週刊現代」2025年10月27日号より