能登半島地震でも壊れなかった能登の「黒瓦」とは? アート展『OUTSIDE』で伝統文化の継承へ。
December 2, 2025 | casabrutus.com | photo_一般社団法人瓦バンク text_Tomohiro Okusa editor_Keiko Kusano
能登半島地震から、2年が経とうとしている。倒壊してしまった建築の屋根に葺かれていた能登瓦の多くは、壊れずにそのまま残っていた。それをレスキューしてきた〈瓦バンク〉が、アートの力で能登瓦の伝統を伝えていくために『OUTSIDE』展を開催している。

能登では昔から黒く光る「黒瓦」が使用されてきた。これは「49判」と言われる、通常よりもやや大きいもの。
能登半島地震から約2年が経つ。自治体が所有者に代わって解体・撤去する「公費解体」はおおよそ終わりが見え、復旧から復興へとフェーズが移り、これから新たに家や建物が建っていくこととなる。震災後に珠洲市で坂茂建築設計が設計した〈見附島の集会所〉やクライン・ダイサム・アーキテクツが設計した〈狼煙のみんなの家〉を見ると、どちらもキラキラと輝く屋根瓦の美しさに目を奪われる。実はこの黒い瓦は、能登を象徴する伝統文化なのだ。
そもそも屋根瓦は、地域によって色や形に違いがある。一般的なのが、いぶし銀と呼ばれるマットシルバーのような色。これは釉薬をかけずに焼締めで焼成される。関東などではこれが多い。一方、能登瓦は釉薬がかけられていて艶がある。
そうなった理由には、能登の厳しい自然環境がある。半島であるから周囲から風が吹き込み、雨が多くて湿度も高く、冬になれば雪が降る。そんな環境下で耐えうるために、釉薬を両面にかけ、高温で焼き締めて強度を高めた黒瓦が長く用いられてきた。
震災で1階や2階が崩れ、屋根がそのまま水平に落ちている家屋を見ると、無傷で残っている能登瓦が多い。屋根が崩れていないということもあるが、能登瓦の強度が高いことがわかる。

坂茂建築設計が設計した仮設住宅にある〈見附島の集会所〉。レスキューされた能登瓦が再利用されている。
こうして「震災にも負けず生き残った」象徴としても、能登瓦の伝統文化を残していきたい。そう考えたのは石川県小松市で活動している北陸最後の鬼瓦職人=鬼師の森山茂笑さん。彼を代表に、能登瓦をレスキューする〈瓦バンク〉が発足した。
〈瓦バンク〉は初期から建築家・坂茂の坂茂建築設計と坂茂が代表を務めるボランタリー・アーキテクツ・ネットワーク(VAN)と共働し、これまでに被災建物から、約3万枚の能登瓦をレスキューしている。
レスキュー後の能登瓦の使用法としては、まずは新しく建てられる建築に使用される。そのひとつとして、珠洲市の見附島地区には坂茂建築設計が設計した仮設住宅がある。そこにある集会所にも、正院町地区にある〈本住寺〉からレスキューされた能登瓦が再利用されている。仮設住宅の拠り所によく見慣れた能登瓦の風景があれば、どこか安心する気持ちにもなるだろう。
〈本住寺〉は現在は更地になっていて、本格的な復旧はまだまだ先になりそうだ。そこで、まずは来年、小さな「祈りの場」の建設を予定中。こちらも坂茂建築設計による設計で、〈本住寺〉からレスキューされた能登瓦を使用する。その頂上には、鬼師・森山茂笑さんの黒瓦作品が鎮座する予定だ。

中央にある森山茂笑さんによる黒瓦のオブジェが、本住寺の屋根の頂上に設置予定。
もうひとつは、前述の「狼煙のみんなの家」。「みんなの家」は、建築家の伊東豊雄が代表を務めるNPO法人〈HOME-FOR-ALL〉が東日本大震災をきっかけにスタートしたプロジェクト。これまで東北や熊本の被災地に、人々の憩いの場をつくってきた。現在は、能登の珠洲市、輪島市、能登町で6棟のみんなの家が企画されているが、その第1弾が〈狼煙のみんなの家〉となる。
向かいにあった倒壊した家屋から能登瓦約3000枚をレスキューし、〈狼煙のみんなの家〉に再利用している。何十年も使用されていたものとは思えない、美しく太陽光を反射する能登瓦。土地にあったものがそのまま再利用され、その下で再び人々が出会う。地元のものをそのまま残せることはなによりも喜ばしい。

クライン・ダイサム・アーキテクツが設計した〈狼煙のみんなの家〉。
こうしてレスキューされ、新しい居場所を見つけた能登瓦もある一方で、これから先はそう簡単にもいかない事情がある。すでに全地域で公費解体が終わりかけているので、もう能登瓦をレスキューすることもない。残念ながら、廃棄されてしまった能登瓦のほうが多数だろう。この先、残りの能登瓦を屋根に葺いていくのもいいが、これ以上、能登瓦が増えないことを考慮すると、文化資源として残していくほうが懸命かもしれない。
その手段のひとつがアート。瓦バンク主催で、珠洲市の〈あみだ湯〉を会場に能登瓦をテーマにした『OUTSIDE』展が12月16日まで開催されている。展覧会名には「屋根瓦が屋外で使われること」「珠洲市が能登半島の先端にあり “アウトサイド” な土地であること」、そして「外部の立場から関わること」の3つの意味が込められた。
特に3つ目、どこまで支援をしても、あくまで外からの立場であって、被災者の気持ちを理解しているとはおいそれとは言いがたい。そこには計り知れない感情があるはずだ。今展のキュレーター、金沢在住の石川嵩紘さんは「自分はどこまでいっても部外者だ」と言う。
「すでに震災の報道も、関心も薄くなってきています。風化させないことに、本来は当事者も部外者も関係ありません。ただし、当事者は厳しい現実に直面して行動を起こすことは簡単ではありません。だから外からの視点も大切になってきます。もともと過疎化が進んでいた地域で、さらに人口が減っていくかもしれない。これから数年後どうなっていくのか、外からも考える必要があります」

山本基《モノクローム-記憶への回廊-》。曲面に絵を描くのは初めてだという。

山本基《モノクローム-記憶への回廊-》(部分)。「モノクロームの世界が、鑑賞する人々のまなざしや想いによって少しずつ彩りを帯びることでしょう」と山本さん。
展覧会には山本基、七尾旅人、仮()-かりかっこ-、大和楓、宮崎竜成、池田杏莉の6組の作家が参加している。
現代美術家の山本基さんは、塩を使用した作品が有名で、2021年の『奥能登国際芸術祭2020+』に出品した《記憶の回廊》がそのまま常設展示されていた。しかしこの作品は、震災の影響で一部損壊してしまった。そこで山本さんは震災を風化させないためにも、作品を修復せず、壊れた塩の破片をつかってアクセサリーづくりのワークショップを定期的に開催している。
今作は、その《記憶の回廊》と呼応する《モノクローム-記憶への回廊-》と名づけられた。塩でなく、レスキューされた黒い能登瓦に白い絵の具で模様が描かれている。「かつて家の中に響いていた笑い声や、家族を見守るまなざしに思いを重ねながら、一本一本の線を丁寧にひきました」という。
両面に釉薬をかける能登瓦の特徴を捉えるように、両面に絵が描かれている。鏡が設置してあるので、ぜひ裏側もご覧いただきたい。

七尾旅人《呼び声》。発災直後から輪島などでライブを行ってきたシンガーソングライター の七尾旅人。自身の歌詞を釉薬を使って直筆で書き、焼成した。

池田杏莉《それぞれのかたりて/あしたもおはよう》。震災で割れた能登瓦に、和紙でつくったドローイングをつなぎ合わせた。

池田杏莉《それぞれのかたりて/あしたもおはよう》(部分)。和紙部分には、震災後もこの土地で暮らす人々が浅く彫り込まれている。時間が経つと和紙が黄ばみ、線が鮮明に浮かび上がることで、現在と過去がひとつになる。

仮()-かりかっこ-《(仮)切籠》。能登の各地で伝統的に行われている祭りのキリコ(山車)を、あみだ湯に集まってきた廃材を組み合わせて再現。木枠やパレット、バッファローの角、神棚なども。仮()-かりかっこ-は今回の会場である銭湯〈あみだ湯〉を運営している。廃材も燃料として、まちを弔いながら復興している。

大和楓さんが2021年から発行している《ぽよぽよ新聞 瓦版》を珠洲を題材に発行した。10月号はあみだ湯の番頭「えみさん」について。11月号は珠洲の〈矢野本家謹製瓦株式会社〉にインタビュー。12月号は瓦バンクへのインタビューが掲載されている。

台湾出身のラグジュアリー・ロジコ(豪華朗機工)が『奥能登国際芸術祭2023』に出品した《家のささやき》は、震災を乗り越え、以前のまま展示されている。

台湾のアーティストにも、能登瓦が魅力的に映ったようだ。
ほかに能登瓦を使ってアート表現をしたものに、『奥能登国際芸術祭2023』に出品され、鉢ヶ崎海岸に常設展示されている《家のささやき》がある。台湾のアーティストコレクティブ、ラグジュアリー・ロジコ(豪華朗機工)による作品だ。520枚の能登瓦を使用。風などの自然の力によって瓦が動き、「ささやく」効果を生み出している。
瓦に象徴されるのは、家。それは「記憶を集めるエネルギーであり、ふたたび集まることは力になる」という思いが込められている。震災以前の作品だが、震災を経験したいま、痛切に心に響く作品だ。

かつて当たり前だった能登の黒瓦の風景。「当たり前」だからといって終わらせないように、きちんと価値を伝えていく。
残念ながら能登瓦は石川県内ではもう製造されておらず、黒瓦の景色が失われていくのは仕方がないことかもしれない。物理的な能登瓦の復旧が叶わないならば、これまで家を守ってきた能登瓦の歴史・伝統・文化を伝えていく。そんな心の復興の一助になればいい。
『OUTSIDE』
〈海浜あみだ湯〉石川県珠洲市野々江町5。〜2025年12月16日。14時〜21時。水・木休み。入場無料(銭湯の利用には別途入浴料がかかる)。Instagram: @outside.exhibition