30代に急増中の「恋愛キャンセル界隈」。推しやSNSが楽しい時代にこそ生身の人間関係を描く【漫画家・渡辺あゆインタビュー】

学校一のイケメンと女子高生のドキドキだらけの同居を描いた大ヒットコミック『L・DK』。その著者である渡辺あゆさんの新作『ココロ、恋にあらず。』は、自身初の大人の女性を主人公に描いた作品です。そのクールな仕事ぶりから職場では後輩たちに怖がられているアラサーOLの「こころ」は、辛い別れの経験が……。そんな彼女のマンションに、ちょっと生意気な年下イケメン、慧(けい)が転がり込んできたことから、物語は始まります。しっかりもので頼もしく、他人に甘えるのが下手で、恋で傷つくことを恐れるこころは、いわゆる「恋愛キャンセル界隈」。30代でなくとも思い当たるその気持ち、その心の揺れを、渡辺さんはどんなふうに描いたのでしょうか。

30代に急増中の「恋愛キャンセル界隈」。推しやSNSが楽しい時代にこそ生身の人間関係を描く【漫画家・渡辺あゆインタビュー】

 

渡辺あゆ

8月6日生まれ。しし座。A型。『Secret Heaven』で第18回BF新人まんが大賞入選を受賞してデビュー。代表作は『キミがスキ』、『L・DK』、『メンズライフ』。

●「働くアラサー女子」の恋愛ものを書くにあたって、考えたことを教えて下さい。

渡辺あゆさん(以下、渡辺):ティーン向けの時代とは異なり、恋愛が中心というより、仕事も趣味もありながら、同時に恋愛もあるーーそういう並列のイメージで、「恋愛に特化するよりも、いろんなことが描けそうだな、人のいろんな成長を込みで漫画作品に落とし込めたらいいな」と考えました。

私自身は子供の頃から、可愛く振る舞うとか、人に甘えたり頼ったりするのがあんまり得意ではなく、自分で解決しようとしてしまうタイプで、前作『L・DK』では、まっすぐで明るくて愛嬌がある主人公を「羨ましいな」という感覚で描いていたんですね。でも自分も年を重ねているし、今回は「自分に素直になれない女性」を描けそうだなと。

「ココロ、恋にあらず。」 講談社kiss、Palcyにて連載中。

●執筆にあたっては「働くアラサー女性」たちにヒアリングをしたそうですね。どんな話を聞くことができましたか?

渡辺:アラサー世代の女性、10〜15人ぐらいの方とお会いし、恋愛観やプライベートの話を中心にお聞きしました。みなさん明るく前向きに頑張っている方ばかりで。「仕事でも趣味でも、今はやりたいことを楽しくやりたい、結婚はまだ焦っていない」けれど、同時に「たまにちょっと寂しくなる時はあるかな」といった繊細な本音が見え隠れするのも印象的でした。きっとみなさんどこかで悩みはあるだろうし、誰かに心に動かされたいという思いもあるだろうなと。

 

●主人公「こころ」のキャラクターはどんなふうに作っていたのでしょうか?

渡辺:最初は『L・DK』の主人公の女子高生、西森葵がそのまま大人になったような、明るく前向きな主人公のオフィスものを描いたんですが、担当編集さんにめちゃめちゃボツにされて(笑)。それで「お酒飲んだ時にやらかすキャラにしましょう」と提案していただいたんですね。私もお酒飲むと一気にドジを極めるところがあるし、知人から「うちのデキる上司が、酔っ払って脱いだ靴を花壇に刺してた」なんて話を聞いて、すごいギャップが面白いなと。それで「お酒でやらかす」「可愛げがない」「部下に怖がられて悩んでいる」というような欠点を付け加えていきました。

●主人公の「こころ」はいわゆる「恋愛キャンセル界隈」ですが、そうした女性の存在に渡辺さんご自身はどんな思いをもっていましたか?

渡辺:担当編集さんが「恋愛キャンセル界隈」というリードコピーを考えてくださった時に「これだ!」と思いました。「恋愛なんて面倒だし、別に」と思っている人たちに共感してもらえるんじゃないかと。でもこの「キャンセル界隈」という言葉には、どこか前向きな気持ちも込めているんです。私自身、どん底に沈んだ時期がありましたが、浮上する瞬間も訪れる、人生ってそういうものだという実感があったので。主人公の心はそういう波の中にいて、そこに現れた慧という年下男子の存在を通じて、もう一度信じてみようかなと思い始める。その瞬間を描きたいと思いました。

 

●ただ「恋愛キャンセル界隈」は、世代を問わずいるように思います。特に「働くアラサー女子」という部分で、どんなふうに描こうと思っていますか?

渡辺:確かにそうなんですよね。最近では10代の女の子からも「恋愛したくない、結婚願望ぜんぜんない」なんて聞きますし。ただアラサー世代の「恋愛キャンセル」は、また違う感覚のように思います。例えば、恋愛をすれば相手と価値観がぶつかることは避けられないけれど、仕事が忙しいとそこまで気持ちが回らないこともありますよね。

まだ研究中で探り探りなんですが、30代ってかなり難しい世代なんじゃないかなと思うんです。「私って今恋愛したいんだっけ? でも仕事が楽しいし」という感じで、自分自身でどうしたいのかわからないという人が多いというか。昔に比べてキャリアアップもできるし、選択肢も広がったけれど、だからこそ揺らぎも多く生じてしまうんですよね。

傷を負った恋愛の経験もあるし、恋愛以外にもいろいろある。でも「もう一度、何かに心を動かされたい」という気持ちもきっとあると思うんです。そういう世代の心の機微、少しディープな人間ドラマを、ときめきと一緒に描けるようにしたいなと。

●元カレと再会する場面はまさにそうした部分だったように思います。

渡辺:元カレと会って過去の傷を思い出した「こころ」に対して、慧がその気持ちを洗い流すように、化粧を落としてくれる場面は、私の中では見どころかなと思っていますし、やっと恋に向き合える状態になっていく転換点の回だったと思います。あんなにカッコいい年下男子がいるのは、ちょっとドリームですが(笑)。

●ちなみに慧くんは、「こころ」にとってどんな存在になることを意識しましたか?

渡辺:芯があって、軽薄に見えても根っこの部分はぶれない、「こころ」が「かっこいい」とときめける相手にしたいです。年下男子でも、一方的に癒やしてくれるような存在は、私はあんまり好きじゃなくて。人間だから、「こころ」を怒らせたり、不誠実な部分を見せてしまうこともある。でもそういう中でぶつかり合いながら距離を縮め、失敗を乗り越えて一緒に成長していく、ちょっと支え合う関係にしたいなと。2人がどんなふうに関係を作っていくかは、私自身も楽しみなところです。

 

●作家としてのご自身も、年齢を重ね作品を重ねるにつれて、作品のテーマや仕事への姿勢など変わってきたたところはありますか?

渡辺:若い頃、それなりにプレッシャーがあっても、がむしゃらに描くことができました。でも今は、悩むし、立ち止まるし、大きなプレッシャーも感じるし、心身の健康を保つ難しさも実感します。私はマンガ家としての自分に、何かしら突出した才能があるとは全然思っていないんです。だからこそ「とにかく描き続けること」を大切にしてきたんですが、パートナーに「それってすごいことだよ」と言われて救われたことがあります。今もそうした「作品に向き合い、誠実さを宿したい」という思いが、描く原動力になっていますね。

●すごくいい関係ですね。

渡辺:喧嘩もすごくしますけど、ぶつかることで価値観をすり合わせて、うまく関係を築いている最中です。まだまだ道半ばですが。

●今のSNSの時代には、そうした「ぶつかり合う機会」を作るのが難しいような。そういう意味では恋愛が難しい時代かもしれませんね。

渡辺:確かに、生身の人間関係は結構希薄だし、向き合うのが怖いという人もいますよね。ついこの間も、長年付き合った相手との別れをLINEの一言で終わらせた、なんて話も聞いて、正直衝撃を受けたりもしました。でもそんな時代だからこそ、私の作品を読んで気づいてもらえるものがあればいいな、という気持ちで書いています。

●映画や本などとは違う、恋愛マンガの魅力ってどういうところだと思いますか?

渡辺:テーマとしての恋愛は、多くの人が経験したことがあるし、共感しやすいものだと思うんです。そんな感情を描いて、感情移入しながら楽しんでもらえるのが、まず恋愛ものの魅力だなって。そういう中で、自分の過去の恋を思い出し、心が整理されたりする。癒やしとかエネルギーになるものなのかなと思います。

今の時代、その中のひとつで、心理描写を丁寧に描けるものがマンガなのかなと思います。間とか、人物の表情とか、空気感とか、読者が自分で感情を感じ取れる余白がある。そこに強みがあるように思いますね。

●現実とは違う世界にいる慧くんのようなイケメンにハマって、逆に現実の恋愛から遠ざかってしまう気もしますね(笑)。

渡辺:それもあるかもしれません(笑)。推し活は、日々の疲れを癒やしてくれる、なくてはならない「心の栄養」ですよね。私も推しているもの、たくさんあります。推し活でパワーをチャージするのも素敵ですし、一方で、面倒なことも含めて誰かと向き合い、心が揺さぶられる体験も、やっぱり捨てがたい魅力がある。今回の作品では、そんな「生身の人間だからこその体温」みたいなものも描いていけたらと思っています。もちろん「ドキドキ」が大前提! です。

 

取材・文/渥美志保

構成/坂口彩