なぜ「中国EV叩き」は止まらないのか? 0.1%が8割を拡散、歪んだネット世論が日本車の「進化判断」を狂わせる
コメント欄に現れる「説明のつかない偏り」
筆者(北條慶太、交通経済ライター)は日頃から電気自動車(EV)関連の記事を執筆しているが、中国EVに関する内容を書くと、米国のテスラや欧州メーカー、日本メーカーに比べ、激しいコメントが増える傾向がある。内容自体は冷静に俯瞰できる場合でも、中国のEVを攻撃するコメントが目立つのが現実だ。
【画像】「えぇぇぇぇ!」 これがアルファードの「買取り相場」です!(7枚)
例えば比亜迪(BYD)のATTO3は、スポーツタイプ多目的車(SUV)でありながら補助金を利用すると約410万円で購入できる。コンパクトEVのDOLPHINも約299万円から購入可能で、比較的手が届きやすい。
BYDは低価格戦略を掲げ、創業以来バッテリーの自社開発・生産や垂直統合型の生産体制を整えている。こうした戦略は国内のEV市場や価格競争に直接影響を与える一方、消費者にとっては
・ブランドイメージ
・所有感覚
に心理的な衝撃を与える。実際、コメント欄では技術や性能の比較に触れる投稿は少なく、感情的な反応が目立つ。また中国EV関連記事では、
・技術内容とは無関係な悪罵
・国籍、民族にまで踏み込む過激な言及
・陰謀論的な表現
が急増する。こうした傾向は、SNSや動画プラットフォームのアルゴリズムによって拡散されやすく、同質の意見が目立つ構造とも関係している。ひとりのライターとして、この説明のつかない偏りは、消費者心理や市場の競争圧力と絡み合った現象だと強く感じている。
別の例として、EVモーターズ・ジャパンの問題も挙げられる。福岡県北九州市に本社を置くこの企業は、国内で販売した電動バスにさまざまな不具合が生じたが、輸入元である中国メーカーへの批判が目立つ傾向があった。
実際には管理責任は日本側企業にある場合が多いが、コメントは中国メーカーが悪いという単純化に流れやすい。こうした偏向は、情報の受け手が中国EVに対する
・心理的な不安
・競争上の脅威
を前提にしていることと無関係ではないだろう。
朝日新聞が暴いた「業務としての嫌中」

SNSでの誹謗中傷イメージ(画像:写真AC)
朝日新聞は2025年12月6日、「『嫌中』動画の制作依頼を非公開に 仲介サイト『差別つながる』懸念」という記事を報じ、ネット上で多くの注目を集めた。X(旧ツイッター)でもトレンドになった。
同紙によると、仕事仲介大手サイト「クラウドワークス」では、中国批判や嫌中をテーマとした動画制作の依頼が掲載されていたが、同社は12月3日、該当依頼を非公開とした。依頼がガイドラインで禁止される
・事実誤認や印象操作がおこなわれる恐れがある依頼
・差別や誹謗(ひぼう)中傷につながる依頼
に該当する可能性が高いと判断したという。
調査によれば、2024年11月から2025年11月にかけて、少なくとも14件の動画制作依頼が出されていた。内容はYouTube向けの台本作成やAI画像を使った編集作業を含む。依頼の一部には、
「中国人の迷惑行為、モラルの欠如、その後自業自得の結末となったり天罰が下ったりするフィクション動画」
と例示されていた。報酬は台本作成が1本1500~5000円、編集作業が2000~7000円で、応募条件には
「日本が大好きな方、中国が嫌いな方」
といった表記も見られた。確認できた案件では、合計31人との業務委託が成立している(以上、同紙)。
さて、この件の問題点は三つに整理できる。第一に、嫌中表現が個人の趣味や思いつきではなく、業務として発注・外注されていたこと。第二に、フィクションを含めた「中国人の迷惑行為」や「天罰が下る結末」のコンテンツが量産されていたこと。第三に、応募条件自体が国籍や民族に基づく内容であることだ。
さらにこうした動画の流通は、消費者の印象形成やブランド評価にも影響を及ぼす可能性がある。日本市場における中国EVの低価格戦略や技術進歩は、企業にとっての競争圧力として機能する一方、視聴者にとっては不安や不信感を刺激する材料になりやすい。動画制作の低コスト化は、こうした心理的反応を加速させ、コメント欄やSNSでの拡散を助長する仕組みともつながっている。社会問題として捉えるだけでなく、
「日本の自動車メーカーが直面する市場上の課題」
と結びつけて考える必要がある。
最も低コストで拡散しやすいジャンル

衆院本会議で所信表明演説をする高市早苗首相=10月24日午後、国会内(画像:時事)
最近の政情、参政党支持者の増加やt高市早苗総理の選出による自民党保守層の影響力の復権を考慮すると、反中感情の強さは動画再生数に直結しやすい。動画では
「単純な善悪の構図」
を示すだけで、中国への印象を操作し、日本称賛の視聴者を増やすことが可能だ。コメント欄が盛り上がれば、情報発信者にとってさらに有利になる構図も生まれる。
その結果、嫌中コンテンツは最も低コストで制作でき、拡散しやすいジャンルとして確立している。ネット上で特定の層に向けた煽動が容易であるため、いわゆる“ネット右翼”層をあおる手段としても機能する。
こうした反応は、社会的関心の表れだけでなく、日本の自動車メーカーが直面する競争圧力の一部としても考えられる。中国メーカーが安価で購入しやすいEVを投入すれば、日本メーカーに対する市場上の圧力はさらに強まる。消費者の心理的反応も加わり、メーカーのブランド評価や販売戦略にも影響を及ぼすかもしれない。
嫌中コンテンツの拡散は、EVや自動車報道の環境と地続きである。
・中国メーカーへの反発
・コメントや動画を通じた感情的反応
が交錯することで、消費者の判断や市場行動に影響を及ぼす世界が形成されている。このような状況では、情報の受け手が感情的に左右されやすくなるだけでなく、メーカーや産業全体にとっても戦略的な課題が生まれるだろう。
中国EVの競争力が刺激する劣等感

中国(画像:Pexels)
BYDを例に、中国EVは国際競争力において明確な強みを持つ。技術革新、価格競争力、そして世界各地の自動車市場への影響力が同時に存在する。そのため日本の消費者や業界関係者が中国や中国車を見ると、
・不安
・劣等感
・被害者意識
が刺激されやすい。こうした心理的反応は、感情的なものにとどまらず、日本メーカーの戦略やブランド評価にも影響を及ぼす。
実際、10万人規模の国内調査によれば、ネット上で過激化しているのは主に高齢者であり、投稿の約半数は0.23%、すなわち
「435人にひとり」
が書き込んでいることが判明している(田中辰雄、浜屋敏)。また、接する論客の約4割は自分と反対の政治傾向の人であり、SNSユーザーの59%はニュースの元記事を読まず、タイトルだけを見てリツイートやコメントを行っていることも報告されている(米国2016年調査)。
加えて、Robertsonら(2024)の研究「Inside the funhouse mirror factory: How social media distorts perceptions of norms(歪んだ鏡工場の内部:ソーシャルメディアが規範の認識をどう歪めるか)」によれば、SNS上のコンテンツは極端な少数ユーザーが支配しており、全体のわずか3%のアカウントが投稿の33%を占め、オンライン上の衝突の74%は1%のコミュニティで発生しているという。この結果、一般ユーザーの大多数は受け身に閲覧するだけで、過激な意見が目立つ環境のなかで世間の規範を過大評価してしまう傾向がある。さらに、
「0.1%のユーザーが全フェイクニュースの80%を拡散」
しており、SNSは感情的・過激な投稿を増幅させる構造を持つことがわかる。このようにSNSは、ユーザーに「歪んだ鏡」を見せ、認識を誤らせやすい(Robertson, del Rosario & Van Bavel, 2024)。
さらに、既に量産されてきた
「中国 = 悪」
という“物語テンプレート”の存在により、中国車や中国企業への批判は強まりやすい。価格の安さや技術的優位性に対しても、感情的な反発が先行し、冷静な技術比較や市場分析が置き去りになるケースも少なくない。嫌中コンテンツは、EVを中心とした自動車分野で中国の躍進に不快感を抱く日本人の反応を増幅させる。ライターの記事のコメント欄に現れる過激さは、社会全体の意見の平均ではなく、情報の受け手や消費者心理の特定の傾向を映し出している。
動画やSNS、まとめサイトで広まった言語表現が流れ込み、同じ中国EVの記事が何度も“燃料”として消費される構図が形成されている。読者は、コメントが必ずしも世論を反映しているわけではないという視点を持つ必要があるだろう。
筆者のような記事を作成する側として重要なのは、中国EVを無理に持ち上げたり貶めたりすることではない。冷静で客観的に、
・技術
・価格
・産業構造
・政策
の観点から整理し、読者が判断できる材料を提供することが求められるだろう。消費者が感情に流されず、各車種の特徴や価値を理解できる記事構成こそ、最終的に市場の健全な選択に寄与するのだ。
市場が決める淘汰の現実

2025年11月26日発表。主要メーカーの電気自動車販売台数推移(画像:マークラインズ)
今回、あえて嫌中コンテンツの問題を取り上げたのは、中国製EVへの執拗な攻撃が、自動車産業の問題であると同時に情報環境の影響も含むことを伝えたかったからだ。
「自動車を本当に愛する立場」
であれば、個人の好き嫌いや海外に対する感情を抑え、冷静に良いものと悪いものを見極める姿勢が必要である。その先の選択は消費者自身に委ねられるもので、強制することはできない。
市場は常に変化しており、生き残る製品と淘汰される製品を決めるのは最終的に消費者の選択である。嫌中コンテンツを通じて中国に「勝つ」ことは、メーカーの競争力やブランド価値を正しく反映するものではない。重要なのは、日本車が持つ技術や品質、信頼性を通じて世界に選ばれることである。
情報やコメントに流されると、消費者の評価も感情に引きずられやすくなる。繰り返すが、記事を作る側は、読者が冷静に判断できる材料を提供し、感情と事実を切り分ける記事構成を意識する必要があるだろう。消費者が技術、価格、産業構造、政策を正しく理解し、比較・選択できることこそ、市場全体の健全な競争につながるのだ。
だが問われているのは、個々のライターの倫理観だけではない。クラウドソーシングで1本1500円から発注される嫌中動画が、誰の利益のために量産されているのか。そしてそのコンテンツが、日本の自動車産業の競争力低下を隠蔽する煙幕として機能しているのではないか。
感情に訴える情報が低コストで拡散される構造そのものが、冷静な市場判断を妨げ、結果として日本メーカーの進化を遅らせているのかもしれない。筆者は「自動車を本当に愛する立場」として、そう考える。