クマ捕獲に「麻酔吹き矢」 岩手・盛岡の異常事態 唯一の使い手が語った「駆除ありき」への警鐘
全国有数のクマ出没地、岩手県が「麻酔吹き矢」による捕獲に力を入れる方針を決めた。盛岡市も同様の試みを進める。近年は市街地にも姿を見せるクマだが、緊急銃猟は弾が跳ね返る恐れがあり、踏み切りづらいという。県内では現在、野生グマを相手にした麻酔吹き矢の使い手は、地元の動物公園の園長ただ一人。麻酔吹き矢は一体どんなものか。唯一の使い手が感じる課題とは。園長に話を聞いた。(山田雄之)
◆県内唯一の使い手は動物公園園長の獣医師

辻本園長が扱う吹き矢。麻酔が入った投薬器(下)を挿入し、勢いよく吹く
「盛岡市中心部での今年のクマ捕獲は全て吹き矢による麻酔だった。いざという時によりできるようにしたい」。岩手県の達増拓也知事は11月の会見でそう語った。県内で1人しかいない担い手を4人ほど養成する考えで、県議会12月定例会で可決された一般会計補正予算に他のクマ対策と合わせて3700万円を盛り込んだ。
盛岡市も12月初旬、獣医師や医師の資格を持つ保健所職員7人に麻酔吹き矢を使えるようになってもらう方針を発表。内舘茂市長は会見で「クマが出没している市中心部で有効な対策だ」と説明した。
JR盛岡駅から車で20分。「こちら特報部」は12月中旬、盛岡市動物公園「ZOOMO(ズーモ)」に向かった。園長の辻本恒徳さん(64)こそ、野生グマの捕獲のために麻酔吹き矢を扱う県内唯一の人物だ。
愛知県出身で岩手大獣医学部卒。1989年の開園時から獣医師として働き、2011年から園長に。「おりの中に入っていけない猛獣の検査や治療で麻酔をかける際に吹き矢を使う。動物園の獣医師にとって一般的な技術」と断った上で「ズーモでも私以外に獣医師2人が扱える。ただ市街地で野生グマに撃つには経験が必要なので『唯一』になるのかな」と苦笑する。
吹き矢の使用に資格はないが、麻酔薬を調合するために「麻薬研究者」の免許を都道府県知事から得なければならず、医師や獣医師、薬剤師が申請できる。
どのように撃つのか。辻本さんに教えてもらった。
◆射程距離は7~8メートルまで「怖くないと言えばうそになる」

麻酔吹き矢を構え、扱い方を説明する辻本恒徳園長=盛岡市動物公園「ズーモ」
まず長さ約1メートルのアルミ製の筒に麻酔薬2.5ミリリットルが入った注射器型の投薬器を挿入する。筒が動かないよう注意しながら口で大きく息を吸い、一気に吹く。クマの体に刺さる勢いで飛ばせるのは5メートルほど。筒を2本までつなげて吹くことができ、7~8メートルまで伸ばせる。「クマと近距離なので『怖くない』と言えばうそになる。リスクをどう回避するかが一番難しい」
クマの体で狙う部位は、針が刺さりやすい胸や上腕の「筋肉が多い場所」で、「他の動物なら的が大きい腰やお尻も狙うが、秋ごろのクマはエサを食べて皮下脂肪が付き、筋肉まで到達しない可能性がある」。麻酔薬を撃ち込むと約5分で効き始め、10~15分で動かなくなる。
もっとも吹き矢を使える状況は限られる。クマがその場にじっとしており、周辺住民の安全が確保されていなければいけない。撃たれたクマは痛みで走り回るため、塀に囲まれたり、地下に閉じ込められたりした状況が必要という。
◆計6回の要請があり全て捕獲に成功
県と盛岡市からズーモが業務委託を受け、辻本さんは約25年前から野生グマに吹き矢を撃つ。市街地での捕獲目的で出動するようになったのは、ここ数年。今年は「異常事態だった」と辻本さん。盛岡市中心部の住宅街にある「原敬記念館」の敷地内や、官庁街の一角に構える岩手銀行本店の地下駐車場にも出没。2件を含む盛岡市で5回、釜石市で1回の6度の要請があり、いずれも捕獲に成功した。

クマ対策でやぶが刈り払われた市役所そばの中津川河川敷。人もめったに通らなくなった=盛岡市
岩手県などによると、4月以降に県内でクマが出没した件数が11月末現在で9000件超に上り、年度別で既に過去最多に。人身被害は12月4日までに37件38人、5人の死者が出た。盛岡市での出没は4〜11月で625件。年間最多だった2023年度の約2倍で、9月以降は市中心部や住宅地近くで次々と目撃された。
市役所の裏手を流れる中津川の河川敷でも、10月下旬の平日朝にクマが走り回った。現地を訪れると、「クマ出没注意」と書かれた三角コーンが所々で目に入った。当時、クマが隠れたり、とどまったりしたやぶは、市によって刈り払われていた。
◆相次ぐ出没で市民生活に起きた変化

クマ対策で麻酔吹き矢の担い手養成に力を入れる盛岡市の庁舎
通勤中に目撃した安西友美さん(39)は「身近に出るとやっぱり心配。その後も出没情報が相次ぎ、何とかしてほしいと思った」と振り返る。小学1年の娘のランドセルにはクマ鈴を付け、12月上旬まで登校に同行した。家族で毎年楽しんでいた近くの岩手公園に紅葉を見に行くのも自粛。「家から出るときは警戒心を持っている。日常生活にかなり影響が出ている」
川にかかる橋を歩いていた岡田健彦さん(62)は「こんな中心部に出たのはびっくりした。人を襲うなんて昔はなかったのに」と今年のクマに首をかしげる。人がめったに通らなくなった河川敷を見つめ、「騒動までは多くの人が散歩していた。僕も周囲をよく見渡して歩くようになったし、みんな変わったんだろうね」とつぶやいた。
タクシー運転手の女性(62)に話を聞くと、「出没情報が相次いでから、会社や駅からの帰宅に使うなど利用者が2割くらい増えた。夜は街灯も少なく真っ暗になるので、初乗り運賃の距離でも『怖いから歩きたくない』と乗る人も多い」と教えてくれた。
◆岩手県と盛岡市が「麻酔吹き矢」を推し進める理由
住民が不安を抱える中、岩手県と盛岡市が「麻酔吹き矢」を推し進める背景には、市街地での猟銃発砲を市町村の判断で認める「緊急銃猟」の実施に踏み切りづらい状況もある。
環境省によれば、9月の導入から12月22日までに発砲に至った事例は全国で51件。都道府県別では山形県が最多15件、新潟県が12件、秋田県が6件と続き、岩手県は4件。盛岡市内での実施はない。
同市の担当者は「出没のたびに検討はしているが、実施条件を満たさない」と説明。緊急銃猟は「発砲で人に危害の恐れがない」との安全確保措置が条件とされ、「市内のほとんどの場所にコンクリートやアスファルトがある。弾が跳ね返る危険を考えると、どこも厳しかった」という。
麻酔吹き矢の担い手養成の方針については「市街地での捕獲が麻酔吹き矢頼みとなる中、県内全域をズーモの園長一人で担うのは難しい。育成の必要があると判断した」と説明する。
◆クマが市街地に出没しない環境づくり、こそ必要

クマ対策での麻酔吹き矢の方法を説明する辻本恒徳園長=盛岡市動物公園「ズーモ」
来年1月以降の研修で指導に当たる予定の辻本さん。県と市の方針を「歓迎」しながらも、「危険のない状況をつくってクマに近づくためには、現場での行政や警察、猟友会とのコミュニケーションが大切になる。度胸も必要だ。それなりの経験を積まねばならず、数年単位の時間がかかる」と見通す。
その上でクマ対策について「麻酔吹き矢もオプションの一つに過ぎない。緊急銃猟も含めてクマの危険を取り除くのは重要だが、駆除ありきの対症療法にとどまってはいけない」とし、こう提言する。
「人慣れしたクマが生み出されていることが一番の憂慮だ。人間と共存するため、クマが市街地に出没しない環境づくりを中長期的に進めなければならない。行政は総合的に対策を練られる専門的な人材を獲得する必要がある」
◆デスクメモ
クマと向き合う方々は命懸け。捕獲に吹き矢が有効だとしても距離を詰めなければならない。想像するだけで怖い。やはり考えるべきは、共生への道筋。「えさが減って下山」の裏に気候変動があるなら現地だけでは解決できない。私たちがなすべきことに改めて思いを巡らせねば。(榊)
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