三セクで大失敗「栃木の廃墟モール」再開発の顛末

駅前活性化を目指した再開発により建てられた「ロブレ」(筆者撮影)
前編では、ショッピングモールとしての活気を失った「ロブレ」の現状をリポートした。そして廃墟モールが誕生する7つの要因のうち、①競合施設の存在、②モータリゼーションの進展、⑦核テナントの撤退が当てはまると分析した。
【画像】なぜこれで人が来ると思った…? スーパーが撤退、空きテナントだらけの「廃墟モール」
後編では、同様の理由で衰退した駅前商業施設の事例を挙げ、さらに詳しく考察する。
"駐車場"で負けた「ロブレ」
「ロブレ」は、郊外の大型店に押され気味だった駅前の活性化を目指した再開発によって建てられた。運営管理を担ったのは、小山市や核テナントのイズミヤが出資する第三セクターの小山都市開発。「ロブレ」がオープンした1994年時点で、すでに人の集まる場所が駅前から郊外へ変わりつつあった。

「ロブレ」は郊外の大型店に対抗すべく開発された(筆者撮影)
翌年の1995年には、「ロブレ」の目の前にあった「長崎屋」が閉店している。「長崎屋」の閉店は「ロブレ」のオープンに加え、郊外の大型店の存在も一因であった。
車社会に対応すべく、「ロブレ」の隣には立体駐車場を備えた「ロブレ632」が建てられ、別棟も含めて約850台の駐車場が設けられた。

現在の「ロブレ632」。下層階が店舗、上層階が立体駐車場になっている(筆者撮影)

もう一つの別棟「カーサロブレ」も同時に建てられた(筆者撮影)
しかし、たとえば「ジャスコ小山ショッピングセンター(現イオンモール小山)」の駐車場は約1800台もあり、郊外の大型店と比べて「ロブレ」の駐車場は少なかった。また「ロブレ」の駐車場は大部分が立体駐車場だが、ジャスコをはじめとした郊外の大型店は広い平面駐車場を備えており、駐車しやすい。

大きな駐車場を備えて「ジャスコ小山ショッピングセンター」としてオープンした「イオンモール小山」(筆者撮影)
「ロブレ」核テナントだったイズミヤの閉店
「ジャスコ小山ショッピングセンター」の影響で売り上げが伸び悩んだ「ロブレ」の核テナントであるイズミヤは、1998年に食料品売り場を閉店している。
その後も周辺に駐車場を備えたGMS(総合スーパー)の出店が相次ぎ、その対策として2003年には「ロブレ」に新しい駐車場が増設された。赤字が続いていた核テナントのイズミヤも、初の本格改装を実施した。
それでもイズミヤは売り上げ低迷から脱することができず、2015年に完全閉店。 2007年にオープンした大型ショッピングモール「おやまゆうえんハーヴェストウォーク」の影響も受けていた。

「小山ゆうえんち」跡地に開発された「おやまゆうえんハーヴェストウォーク」(筆者撮影)
イズミヤから無償で売り場を譲り受けた小山市は、複数のスーパーなどに核テナントとして出店を要請したが断られ、テナント募集は難航した。その後、2016年〜2017年にかけて「キッズランドおやま」「ドン・キホーテ」「TSUTAYA」などが出店するも、施設全体として空き区画が目立つ状態になっている。
イトーヨーカドーが消えた北上駅前
同様の理由で空洞化した駅前モールを2つ挙げる。
1つ目は、岩手県の北上駅前にある「おでんせプラザぐろーぶ」である。建物に入ると人影はなく、しんとしている。フロアのほとんどがオフィスとクリニックになっており、エスカレーターの稼働音がやたら大きく聞こえる。訪れたのは3連休中日の日曜日だが、駅前も人けがなかった。

岩手県の北上駅前にある「おでんせプラザぐろーぶ」(筆者撮影)
「おでんせプラザぐろーぶ」は、1986年にショッピングモールやホテルの複合施設「北上開発ビル」としてオープンした。東北新幹線の停車決定を機に始まった駅前の再開発により建てられ、第三セクターの北上開発ビル管理が運営管理を担った。核テナントにはイトーヨーカドーが入り、それ以外は地元専門店が主体とされ、地域の肝入りの開発であった。
ところが、隣接する江釣子村(1991年に北上市と合併)にジャスコを核とする大型商業施設の「パル」があった。隣接する花巻市や旧江刺市でも商業施設がオープンするなど、競争は熾烈であった。

大型商業施設「パル」。インターチェンジや国道が近く、多数の買い物客で賑わう(筆者撮影)
2000年1月に核テナントのイトーヨーカドーが閉店。後継店舗としてスーパーのサンエーが入る予定だったが、採算が取れないと判断し出店を辞退。1階の専門店街と4階の飲食店街以外は、しばらく閉鎖されたままであった。
2000年6月には地下にスーパー、2階に100円ショップが出店し「おでんせプラザぐろーぶ」として再出発を切ったが、3階は空き区画のままだった。
現在の「おでんせプラザぐろーぶ」には、スーパーも100円ショップもなく、「Ito Yokado」の文字跡が悲しく浮かび上がっている。

かつての繁栄を物語る「Ito Yokado」の文字跡(筆者撮影)

商業施設らしい外向きの展望エレベーターも残っている(筆者撮影)
店舗→事務所・ハローワークになった大河原駅前
2つ目の事例は、宮城県の大河原駅前にある「オーガ」である。見るからに商業施設の風貌をしているが、中に入ると大部分が企業の事務所となっている。筆者が訪問した日は、エスカレーターがとまっていた。駅前にもかかわらず人の姿はまばらで、静まり返っていた。

宮城県の大河原駅前にある「オーガ」(筆者撮影)

随所に商業施設らしさがある。和装小物店やラーメン店など数店舗だけ営業している(筆者撮影)
「オーガ」は2000年4月、大河原駅前の再開発により建てられた商業施設である。開発を主導したのは、駅前の商店街。郊外のロードサイド店舗により駅前が低迷していたことから、大河原町、中小企業事業団、地元企業などが出資し、第三セクターの街づくり会社を設立した。人口2万人程度の自治体では初めての試みであった。
1階、2階はスーパーのファルを核に17の専門店が入り、2階には図書館や多目的ホールなどの公共施設も設けられた。
しかし2003年、核テナントであるスーパーのファルが業績不振を理由に、県内すべての店舗の撤退を決定。「オーガ」は、オープンからわずか3年足らずで核を失ってしまった。
2012年にはハローワークが入居した。空き区画が多いため、町がハローワークに移転を求めた結果だった。「オーガ」では、ハローワークは今も健在だが、店舗は数店のみとなり閑散としている。
街の顔として生まれ変わる
栃木県・小山駅前の「ロブレ」、岩手県・北上駅前の「おでんせプラザぐろーぶ」、宮城県・大河原駅前の「オーガ」はいずれも、空洞化した駅前の活性化を目指したショッピングモールであり、第三セクターが運営管理を担った。
そして3施設ともロードサイドに流れた客足を取り戻せず、核テナントが撤退し、活気を失ってしまった。空いた区画にはクリニックやオフィス、公共施設が入っている。
「モータリゼーションの進展により衰退した駅前モール」という図式に当てはまり、似たような事例は他にも日本各地に存在する。しかし小山駅に関しては、駅前が決してゴーストタウンになっているわけではない。「ロブレ」も定期的に物産展を開催するなど、地域を盛り上げようとする取り組みが続けられている。
「ロブレ」は老朽化のため2029年に閉鎖され、公共施設などとして再整備されることが決定している。広い駐車場を備えたロードサイドの大型店ができた今、家族連れが集うショッピングモールとしては成立しなくなってしまった。しかし駅前に立地する"街の顔"であり、人を集める余力も感じられる。形を変えて、市民の生活を支える存在となるだろう。