「ベネズエラ急襲撃」はロシアにとって追い風か?

アメリカ軍によるベネズエラ急襲とマドゥーロ大統領(右)の拘束は、ロシアのプーチン大統領(左)にどんな影響を与えるのか(写真:Bloomberg)
2026年の幕開け早々、アメリカのトランプ大統領が電撃的に行ったベネズエラへの大規模攻撃とマドゥーロ大統領の拘束。国家主権と国際法の尊重を基盤とした第2次大戦後の国際社会の秩序を根底から揺さぶった。
約4年前に始まったロシアによるウクライナ侵攻とあわせ、米ロ両国が相次いで周辺国を違法な武力行使で蹂躙したことになる。
この歴史的な2つの「事件」をめぐってはさまざまな切り口での分析が必要だろう。本稿ではロシアのプーチン大統領にとって、今回のベネズエラ攻撃が追い風になるのか、逆風になるのかに絞って、複眼的に深掘りしてみたい。
プーチンにとってのメリットとは
まず、プーチンにとって好機到来となりそうな理由から挙げよう。
何と言ってもロシアは、ウクライナ侵攻とベネズエラ攻撃の外形的類似性を対外的に利用できそうだ。ロシアはウクライナ侵攻をめぐり、国際法に対する重大な違反であると、西側からの強い批判にさらされてきた。しかし、今、一転してアメリカもベネズエラに対し、同様のことをしているので「お互いさま」ではないか、とモスクワが反論できる余地が出てきたと言える。
米ソ冷戦時代から、自国の人権問題などが批判されるたびに「アメリカも同じようなことをしているではないか」と人種差別問題などを取り上げて反論し、自らの行動を正当化するのがロシア得意の外交手法だ。この伝統的反論パターンを今後使ってくる可能性がある。
さらに、ロシアにとって、より重要なポイントがある。トランプ政権との間で、米ロそれぞれが自国の「勢力圏」を有すると相互承認するシナリオが、浮上してきたことだ。
具体的には、ベネズエラを含めた西半球はアメリカの勢力圏、一方でウクライナ、さらにできれば、モルドバなど周辺の旧ソ連諸国はロシアの勢力圏であると宣言する展開が考えられる。
元々ウクライナ侵攻を開始したプーチンには、米ソ冷戦時代にあった、東西の勢力圏という国際秩序を再確立したい、という野望があった。
すなわち、1945年2月にアメリカとイギリス、ソ連の連合国3カ国首脳が、旧ソ連・クリミア半島(今はウクライナ領土)のヤルタに集まって、戦後欧州における、それぞれの勢力圏を決めた「ヤルタ会談」の例に倣って、現代版「ヤルタ2.0」を開催しようというものだ。
「ドンロー主義」と「ヤルタ2.0」
これまでは、ウクライナはもちろん、米欧もこの勢力圏分割には応じていなかったが、今回のトランプ政権の行動を受け、しぼみかけたこの勢力圏確立構想が動き出すかもしれない、とクレムリンは色めき立っている。
この背景には、トランプ政権が25年末に公表した「国家安全保障戦略(NSS)」がある。ここでトランプ政権は、欧州とアメリカの相互不干渉をうたった19世紀アメリカのモンロー主義の復活を宣言した。

「ドンロー主義」と名付けた国家安全保障戦略を打ち出したトランプ大統領(写真:
具体的には西半球におけるアメリカの軍事・経済的覇権を宣言し、この地域から中国やロシアなどの権益を排除することを目指している。いわば、西半球がアメリカの「裏庭」であると内外に再び宣言した形だ。
今回のベネズエラ攻撃はこの新戦略の実行第1弾だ。モンロー主義復活を意味するアメリカの新戦略はトランプのファースト・ネームであるドナルドと組み合わせて「ドンロー主義」とも呼ばれている。
つまり、「ドンロー主義」の世界観は、勢力圏を分けて支配しようというプーチンの世界観と理念上、合致するのだ。
実際、外交筋によると、プーチン自身が、ロシアにとって中南米で最大の同盟国であるベネズエラから手を引くから、君たちはウクライナにかかわらないでくれというディールをトランプのアドバイザーに提案したとの情報がある。
しかし「勢力圏分割」の動きはまったく不透明だ
ただ、今のところ、この勢力圏分割をめぐる両国間の議論はまだ表面化しておらず、本当に米ロが実現に向けて動き出すか否かは不透明だ。
これには大きな要因が3つある。
まずロシアが今回のベネズエラへの攻撃を批判していることが挙げられる。ロシア外務省は国際法および国連憲章に違反する「武装侵略行為」と断じる声明を出した。自国がウクライナ侵攻をしていながら、同様の侵略批判をアメリカに浴びせる手法は、先述した「お互いさま」効果を狙った反論ともいえる。
さらにもう1つは、今回のベネズエラ攻撃の背後にあるトランプ政権の戦略の全容が不明なことが挙げられる。ロシアとしてはアメリカの出方を当面見守る方針なのだろう。トランプ政権がメキシコやコロンビアも威嚇し、デンマーク自治領グリーンランド領有に向け、武力行使の可能性にも言及していることも影響していると思われる。
同じ北大西洋条約機構(NATO)同盟国であるデンマーク領に、アメリカが武力行使することは常識的には考えられない。しかし、「アメリカ・ファースト」という地政学的野心をむき出しにするトランプ政権であれば、あながちありえない事態ではないだろう。
そうなれば、米欧の分断・対立という事態が現実になる。長年大西洋を挟んで米欧間に楔を打ち込むことを外交戦略上の主要な課題としてきたロシアとしては、こうした事態の行方がはっきりすれば、勢力圏の議論を始めるつもりなのではないか。
これに絡んで注目すべき動きがある。先述したロシア外務省の批判をよそに、プーチンが本稿執筆時点で、対米批判を含め、沈黙を保っていることだ。勢力圏問題などを念頭にトランプとの個人的関係が悪化することを回避しようとしているのではないか。
3つ目の要因はロシアに関わることだ。
当然の話だが、勢力圏確立の協議は「戦勝国間の取り決め」だ。ウクライナをロシアの勢力圏としてアメリカに認めさせるには、ロシアのウクライナに対する戦勝確定が前提となる。しかし、ウクライナの戦局は拮抗状態が続いている。ロシアが「戦勝国」と国際的に認められる状況では、とてもない。
実は、アメリカや欧州、ウクライナが呼び掛ける停戦にプーチンが応じない理由の1つもここにあるのだ。自国の勢力圏獲得のためには、まず「戦況を決定的に優位な状況に持っていくこと」がロシアにとって不可欠の要素だ。
ベネズエラ急襲でロシアでのプーチン批判高まる
さて、一方で今回のベネズエラ情勢を受け、ロシア国内でプーチンに対し、かなり強い逆風が吹いているのも事実だ。
まず今回の米軍の攻撃でマドゥーロが拘束され、アメリカに連行されたこと自体がロシアで衝撃をもって受け止められている。ロシアにとって、中南米で最大の同盟国の政権がアメリカによって事実上打倒されたことを受け、ロシアの愛国派勢力からプーチン政権に対し、強い批判が出ているのだ。
ロシアとベネズエラは25年10月に軍事、安全保障、エネルギー面などでの協力強化をうたった「戦略的パートナーシップ条約」を結んだばかり。その矢先でのマドゥーロ拘束だった。
おまけにロシアは軍事支援を拡大しており、25年末に電話会談で支援を訴えたマドゥーロに対し、プーチンが連帯と支援を約束したばかりだ。結果的にモスクワを頼ったマドゥーロをプーチンは助けられなかった。
プーチン政権は24年12月、長年後ろ盾となってきたシリアのアサド政権が崩壊に追い込まれる事態も、何もできずに見守るしかできなかったという屈辱を味わったばかりだ。
旧ソ連のアルメニアもロシアから十分な支援が得られなくなったことを理由に、ロシアの勢力圏の軌道から外れていった。こうしたロシアの相次ぐ退潮は、ウクライナ侵攻に全力を注入しているため、他の地域に軍事力を振り向ける余力がなくなったからだ。
こうした状況に対して、クレムリンを支援する愛国的極右派勢力から異例の批判が出始めた。「プーチンの頭脳」とも呼ばれ、ウクライナ侵攻の必要性を執拗に主張した極右派の思想家、アレクサンドル・ドゥーギン氏がその代表的存在だ。
仲間内からも批判が噴き出した
同氏は、「われわれの友人だった政権が1つずつ崩壊していく」と語った。14年にクリミア併合を強引に実現し、「勝利者」として国民から熱狂的な支持を受けたプーチンにしてみれば、この身内とも言えるドゥーギンからの発言は相当こたえる批判だ。
だが、ロシア国内では、マドゥーロを救えなかったこととは別な側面をめぐり、プーチンへの、より厳しい批判が湧き起こっている。

アメリカ軍のマドゥーロ大統領拘束は電撃的な成功を収めた(写真:Bloomberg)
作戦開始から数時間でマドゥーロとその妻を拘束し、アメリカに連行した米軍の電撃的急襲劇の手際のよさが、開始から4年も経過しようとしているのに、いまだにウクライナのドネツク州の全域すら陥落させられないロシア軍の侵攻のもたつきを際立たせ、国民の不満が高まっているのだ。プーチンからすれば、面目丸つぶれの事態だ。
さらに世界最大の原油埋蔵量を誇るベネズエラにおけるロシアの石油開発権益の行方もプーチン政権にとって頭の痛い問題となりそうだ。
生産量が低迷している石油の増産に向け、トランプ政権が当面主導的役割を果たす意向とみられている。そうなれば、ロシアが保有する一部石油権益も打撃を受けるとみられる。
さらに今後、増産が軌道に乗れば、国際的な原油価格への引き下げ圧力となる。そうなれば、原油輸出が主要な外貨獲得源になっているロシアは一定の打撃を受けるだろう。
以上のように、プーチン政権にとっての損得関係を詳細に点検してみると、プラス面は潜在的なもので、マイナス面の方が大きいと言えそうだ。