「白タク」事故を起こしても不起訴――「違法という認識なし」インバウンド4000万人時代で拡大、法の想定外に置かれた無許可送迎とは

インバウンド回復で表に出た「移動」の綻び

 インバウンドの回復がはっきりしてくるにつれ、これまで表に出にくかった課題が、具体的なかたちをともなって現れ始めている。自家用車を使った無許可の送迎、いわゆる「白タク」が、主要な観光地を中心に広がっている。

【画像】「こりゃブチ切れるわ……」 インバウンドの「迷惑行為ランキング」を見る!(7枚)

 2025年、富士山周辺で起きたバスとの衝突事故では、ドライバーは逮捕されたものの、白タク行為については「嫌疑不十分」として不起訴となった。海外のアプリで完結する決済、保険が及ばない空白、合法サービスとの区別のつきにくさ。既存の制度が想定してこなかった法の抜け落ちが、手つかずのまま残っている現実は重い。

 観光産業そのものは力強さを取り戻している。しかし、それを下支えする移動の供給が追いついているかといえば、心もとない。観光地では、時間帯や場所によってタクシーがつかまらない状況が珍しくなくなった。

 2025年に日本を訪れた外国人は推計で約4270万人に達し、年間で初めて4000万人を超えた。2019年の3188万人から大きく増え、歴史的な円安も追い風となって流入は一気に進んだ。この水準は、都市インフラの受け入れ能力を限界近くまで押し上げ、移動の需給のずれを埋める受け皿が正規の市場の外に求められる状況を生み出している。

 政府は2030年に6000万人、消費額15兆円という目標を掲げるが、高密度な都市空間では、タクシードライバーの不足と訪日需要の開きがさらに目立つ。圧倒的な供給不足という空白を突くように、無許可のドライバーが増えていった。

 本来であれば国内の事業者が受け取るはずの運賃収入が、正規の流れに乗らないまま、観光地の移動を支える一部として定着し始めている。この状況は、観光の活況とは裏腹に、日本の産業の足元に小さくない歪みを残している。

デジタル化で姿を変えた違法送迎

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「小紅書(RED)」(画像:行吟信息科技)

 現在の白タクは、かつて想像されていた違法営業の姿とは大きく様変わりしている。駅前で客に声をかけるような場面は、ほとんど見かけなくなった。集客や決済の中心は、SNSや海外製の専用アプリに移っている。

 中国語圏の利用者が多いSNS「小紅書(RED)」は、その代表的な窓口だ。予約から支払いまでがオンラインで完結するため、取引の中身は外から見えにくい。こうしたデジタル化された仕組みが、違法な送迎を追いにくくしている。

 その背後では、仲介役の存在も浮かび上がる。ドライバーがそれぞれ独立して動いているというより、緩やかなつながりを持つ集まりとして動いている例が少なくない。やり取りはデジタル空間に集約され、外部から全体像をつかむのは難しい。利用者はアプリ内の評価やクチコミを頼りに車を選ぶが、それは日本の法制度に裏打ちされたものではない。閉じた範囲のなかで通用する信頼が、現実の安全を保証するわけではなかった。

 その危うさが、はっきりとした被害として現れたのが、2025年6月の事故である。山梨県の富士スバルラインで、パキスタン国籍の男が運転するワゴン車が大型バスと正面衝突し、米国人観光客ら五人が重軽傷を負った。車両には、以前から白タク営業の疑いが持たれていた。

 安全管理が十分に行われないまま続けられた営業が、国際的な観光地で深刻な事故につながった。移動の供給が追いつかないという事情があったとしても、ルールの外で積み重ねられた行為が招いた結果は重い。利用者が感じていた安心感とは裏腹に、その安全がどこにも担保されていなかった現実を、この事故は突きつけている。

制度の外で回る収益と正規事業者の負担

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交通のイメージ(画像:Adobe Stock)

 急増する白タクは、日本の法規制や商習慣が十分に及ばない場所で活動を続けている。多くのケースで、運転する側も利用する側も外国人が中心となり、日本社会の枠外に独立した取引の空間ができあがっている。外部から実態を確かめにくいこの状況が、国内のルールが効きにくい環境を広げてきた。

 とりわけ深刻なのは、日本国内で行われているにもかかわらず、経済活動としてほとんど把握されていない点にある。予約や支払いは海外のアプリ内で完結し、資金の流れは日本の金融システムに記録されにくい。

 結果として、消費税や法人税を課すことが難しくなり、本来得られるはずの税収が見過ごされている。道路や交通インフラの維持には日本側が費用を負担しているが、その恩恵を受けつつ負担を回避し、収益だけを手にする形が固定化している。

 この存在は、法令を守って営業する正規事業者にとって重い負担となる。正規のタクシー事業者は、二種免許の取得や運行管理の徹底、事業用保険への加入など、利用者の安全を守るための投資を前提に経営を成り立たせている。こうした安全に関わる費用を負わない白タクが低い運賃を示せば、価格差は広がるばかりだ。

 本来は守るべき安全基準が競争上の不利として働き、市場の前提そのものが揺らいでいる。

事故が起きて初めて見える脆さ

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正規サービスと違法白タクの比較一覧(画像:清水秀明)

 白タクを巡る問題でとりわけ深刻なのは、事故が起きた際に被害者を守る仕組みが十分に働かないことと、違法営業である事実を司法の場で立証しきれない現実にある。正規の事業者は、二種免許の取得に始まり、厳しい運行管理、高額な事業用保険への加入を義務付けられてきた。こうした積み重ねが、乗客の安全や補償を支えている。

 一方、それらの負担を負わない白タクが事故を起こした場合、補償がどうなるのかは見通せない。責任の所在がはっきりしないまま、被害者側が重い負担を背負わされる構図は、日本の交通社会が長く築いてきた信頼を根本から揺さぶる。

 2025年に起きた事故で、不起訴とされた理由が「嫌疑不十分」であったことは、法の執行が抱える限界をはっきり示した。現場で現金の受け渡しが確認されず、支払いがデジタル上の記録だけで完結していたため、営業行為そのものを証明するのが難しかった。

 ドライバーが「報酬の約束はあったが、違法だという認識はなかった」と述べ、それを否定する材料を示せない現状は、警察や正規事業者にとって重い問題である。重大な事故が発生しても、法的な責任を問えない余地が残されていることが、この事例によって露わになった。

 事態をさらにややこしくしているのが、2024年4月から運用が始まった日本版ライドシェアの存在だ。悪質な業者は、同じ白ナンバーの車両である点を利用し、「これは合法のライドシェアだ」と利用者に説明して、取り締まりをかわす例を繰り返している。乗客とドライバーが事前に話を合わせている場合もあり、現場での確認は一段と難しくなる。

 その結果、違法な送迎が適法なサービスの陰に紛れ込み、法の目が届きにくい場所で広がり続けているのだ。

法の網をすり抜ける構造への向き合い方

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深刻化する白タク問題の実態。

 現行の法律の枠内だけで、この不透明な経済圏を解消しようとすれば、いずれ行き詰まる。予約や決済がアプリのなかで完結する以上、そこに残るデジタル上の記録を、証拠として扱えるようにしなければならない。

 オンラインの履歴を法的に位置づけるための手当ては、もはや後回しにできない段階に来ている。同時に、車両の没収を含む踏み込んだ行政処分を行い、違法営業を続けることで得られる利得そのものを断ち切る実効性が問われる。

 もっとも、規制を強めることだけで状況が改善するわけでもない。外国人旅行者の移動需要が確かに存在する以上、それを適法な枠のなかでどう受け止めるかが避けて通れない。正規のタクシーや配車サービスにおける多言語対応をさらに進め、利用者が迷わず正しい選択をできる環境を整えることは、結果として違法行為を抑える力になる。

 2024年3月に自動車運送業が「特定技能」の対象に加わった流れを生かし、働く側にとっても、見通しの立つ正規の就業ルートを選びやすくする工夫が欠かせない。

 さらに、外国人を受け入れる企業や教育機関の関与も軽視できない。日本の法制度について十分な情報が伝わらないまま、不法就労に踏み込んでしまう例を防ぐ取り組みが必要になる。違反行為が在留資格の喪失につながり、その後の人生に大きな影響を及ぼすことを正確に伝え、一時的な収入に引き寄せられない意識を育てていくことが求められる。

 白タクの問題は、交通の秩序が乱れるという話にとどまらない。日本が長年積み重ねてきた法治の安定や、安全に対する信頼そのものを揺るがす事案である。2025年に起きた事故が示した教訓を、記憶の奥に押しやってはならない。デジタルと現実の間に生じた法の抜け穴を放置したままでは、観光立国を掲げる日本の足場は、不安定さを抱え続けることになる。