ロピア入居でも復活叶わない「廃墟モール」の特徴

「廃墟モールにロピア」という状況から、日本の商業施設の現在地を考える(筆者撮影)
前編では、「廃墟モール」と呼ばれてきた商業施設にロピアが続々と入居していることを解説した。居抜きで低コストに入り、強い集客で人を呼ぶ。理屈としてはきわめてわかりやすい。
【画像】ロピアでも復活させられない…日本中で増える「廃墟モール」はこんなところ
ところが現場を見ると、また別の風景もある。ロピアは混んでいるのに、モールは静か。こんな光景だ。ロピアのレジだけが列を作り、通路はスカスカで、閉まったシャッターが視界に入る。
この「ロピアだけにぎわう」は、見た目以上に厄介だ。ロピアは「人を呼ぶ」が、それだけではモール全体のにぎわいが戻らないこともある。実はこの状態には、現在の廃墟モール、および商業施設をめぐる構造的な弱点が潜んでいる。
ロピア周辺はにぎわっているが……
実例としてわかりやすいのが、大阪・岸和田にある「岸和田カンカンベイサイドモール」だ。
岸和田カンカンは、アウトレット色の強いWEST館と、日常使いできるEAST館が分かれている。1997年にEAST館がオープンし、2年後の1999年にWEST館がオープンした。特にWEST館はアウトレットモールとして誕生したが、2000年に「りんくうプレミアムアウトレット」が誕生したことにより、客足が奪われてしまう。
以後、空きテナントなどが目立つようになり、「廃墟モール」の呼び声が高まった。

岸和田カンカンベイサイドモールのWEST館。アウトレットモールらしい外観だ(筆者撮影)
EAST館のほうはスーパーマーケット等が入っており、そこに2025年にロピアが入ったわけである。EAST館を見ると、そこには確かに人がいる。
だが、WEST館側に足を伸ばすと、急に空気が変わる。店がまばらで、歩いている人も少ない。
ここのテーマは「イギリスの伝統ある港町」だそうだが、西洋風の建物だけが立ち並び、誰も人がいないとむしろとても虚しく見えてしまう。EAST館からWEST館へは連絡通路を渡るか、外に出なくてはならないが、その手間をかけてまでWEST館に行く用事もないのだろう。その意味で、ロピアを中心とする場所にだけ人が集まってしまう。
実は、前編で紹介したBIGHOPガーデンモール印西も似た構図を持つ。ロピア出店以前に比べれば、モールとしてのにぎわいは増しているのだが、モール内で「にぎわい格差」が生まれている。
ここは2階構造になっていて、ロピアは1階フロアにある。1階はにぎわっているのだが、2階別のフロアに上がると景色が変わる。上階は、フロアの広さのわりに店が点在し、空きテナントが目立つ。
岸和田カンカンと似ていて、「わざわざ2階まで行く必要がない」と思われてしまうのだろう。「ロピアに行くついでに、ちょっとどこかに寄って……」という動きがメインになってしまい、「モール全体を楽しもう」という雰囲気にはなっていない。
モールは「面」としての魅力を持っているか
岸和田カンカン、BIGHOPガーデンモール印西の例からわかるのは、どちらともが「ロピア」という「点」としてのテナントに頼っていることである。物理的な障壁を越えてまで施設全体を歩くモチベーションが、消費者には生まれていない。
廃墟モールを歩いていて感じるのは、人間は、我々が思うよりも動物的であることだ。ちょっとした移動をめんどくさがる。階を上がる、棟をまたぐ、長い通路を歩く——これだけのことが億劫になる。その意味では、「別の建物に行く」「上階に上がる」というのは、相当の目的がなければ、難しい。
だから、ロピアの周辺によほど魅力的なテナントがなければ、モール全体の回遊は生まれにくい。ところが廃墟化したモールほど、その「よほど魅力的なテナント」を集めるのが難しい。空きが多いほど雰囲気が荒れ、荒れるほど入りにくくなる。悪循環だ。
ここで皮肉なのは、ロピアが強いほど「単独目的地」になりやすいことだ。安い、量が多い、品揃えが面白い、だから来る。しかし満足してしまうから、そこで帰る。ロピアは「入り口の人流」は作れるが、「館全体の回遊」を自動では作らない。
この状態を放置すると、モールは「ロピアに家賃を払ってもらい、その他は空いたまま」という半壊の形で延命する。延命自体が悪いわけではないが、廃墟感が消えないモールに見られるのは、このパターンだ。
まとめれば、岸和田カンカンやBIGHOPガーデンモール印西は、ロピアという「点」の面では優れているかもしれないが、まだまだモール全体の「面」での魅力に欠けているところがあるのではないか。
「テナント頼み」の危うさ
実はこれ、ロピアに限った話ではない。
廃墟モールが「復活した」という記事はよく見ることが多いし、実際に復活しているところもある。ただ、その復活がどう起きているかというと、多くの場合「強いテナント」を入れているからである。食品スーパー、ドラッグストア、家電量販店、ディスカウント店など、要するに「目的地になれる点」だ。
近年の商業施設のにぎわいは、「施設」という「面」の魅力に訴求するのではなく、「いかに強いテナントを入れるのか」という「点」の勝負になっているように感じる。点が強ければ人は来る。来れば復活に見える。だが、この「点勝負」はきわめて危うい。
なぜなら、近隣にそれよりももっと強い点——もっと大規模で、もっと魅力的なテナントを抱えた施設——ができれば、人気はそちらに吸われるからだ。単純な話、ロピアが入っても、近くにロピアに加えて別の目玉まで揃えた新施設ができたら、人は移る。
さらに言うと、点勝負は「そのテナントの都合」にモールが振り回される。核テナントが撤退すれば一気に空洞化するし、テナント本社の意向で、次の月には撤退が決まっているかもしれない。

とある廃墟モールにて。大きなテナントが入っている建物ほど、それが抜けるとこのような状態になることも多い(筆者撮影)
かつてモールは「このモールに行けば一通り揃う」という面の力で成立していた。
しかし今は、そのようなモールは日本全国にあるし、ネット通販という強大な競争相手も出てきている。「一通り揃う」だけでは弱い。だから「点」の強化に走る。だが、点の強化は、他社も真似できる。結局、「どこが強い点を作れるか勝負」になり、綱渡りになる。
「東洋経済オンライン」にて、坪川うた氏が廃墟モールの成立条件をまとめている。それが、以下の7つである。
①競合施設の存在
②モータリゼーションの進展
③アクセスの悪さ
④動線の設計ミス
⑤施設規模の不適合
⑥運営会社の破綻
⑦核テナントの撤退
これらは、廃墟モールをめぐっている私からしても、非常に納得度が高いまとめである。一方で、都市ジャーナリストとして、可能であればここに付け加えたい要素がある。「⑧『面』としての施設の魅力の欠如」である。
「あのモールだから行きたい」「あのモールのここがいい」というような状態を作り出すことができていないモールが「廃墟」になってしまう。というよりも、この要因は、これら7つの要因の前提条件かもしれない。「面」としての魅力がモールになければ、この7つの要因がその施設を直撃する。そんなイメージだ。
ロピアが果たす役割は「⑦核テナントの撤退」を埋める作業だろうが、大前提となる「面としての魅力を高める」ことをやらなければ、ロピアだけに客が入ってしまうのも当然ではある。
「廃墟モール」再生の道のりは長い
筆者は、廃墟モールにロピアが入ることを否定しているわけではない。むしろ、空洞化した施設に「生活の用事」を戻すという意味で、ロピアは非常に強い。だが同時に、そこにはリスクがあることも確かだと思う。
ロピアは「にぎわいの火種」を作るが、「モール再生の主体」ではない。ロピア出店をゴールにせず、そこから先の「モールとしての魅力を作れるか」が勝負になる。
「面づくり」は「テナントを増やす」より手間がかかる。ターゲットを決め、テナントを組み替え、イベントなどを通した地域への貢献なども必要になってくるだろう。ロピアを呼んだだけで満足してしまうと、点は残っても、面は回復しないまま時間だけが過ぎていく。
ただ、施設側がそのような「面づくり」にコストをかけられるかどうか。地方には、もはや事業者がほとんどその施設に関心を持たず、打ち捨てられたような場所も多い。そこでは「面づくり」などは想定もされていないだろう。とはいえ、そうした廃墟モールがそのままでいいのかどうか。これは、日本全体として考えるべき課題でもある。
「廃墟モールにロピア」という状況からは、このような日本の商業施設の現在地までをも考えることができるのだ。