英語圏の学費高騰で注目「ヨーロッパ留学」の実際

慶応義塾大学からオランダへ, 厳しさと支援が共存するヨーロッパの大学, 数字が示す「ヨーロッパ留学」へのシフト, 「誰もが少しずつマイノリティ」の教室, 情報過多の時代に問われる「誰の視点か」, 「正しい選択」は、後からしかわからない

留学前の短期プログラムの様子(写真:北村氏提供)

進学の費用高騰やビザ取得の難化を背景に「海外進学=アメリカ・カナダ(北米)」という常識が揺らぎつつある。

【比較表】地域別の日本人留学生数。伸びているのは?

そんな中、オランダ・ベルギー・スウェーデンなどヨーロッパ各国では、英語で学位が取得できる学士課程が年々拡充し、授業料も比較的抑えられている。
しかし日本では、ヨーロッパの大学に関する体系的な情報が少なく、「選択肢として知られていない」のが現状だ。

実際にヨーロッパの大学へ進学した日本人学生と、現地事情に詳しい教育コンサルタントへの取材を通じて、ヨーロッパ型高等教育が問いかける「学びの本質」に迫る。

慶応義塾大学からオランダへ

「現在の日本の公教育では、学びの多様性確保に限界があるのではないか」。そんな漠然とした違和感が、井上美雨さん(当時20歳)を海外大学進学へと向かわせた。

井上さんは都立高校卒業後、慶應義塾大学法学部に進学。しかし入学から1年弱で、オランダのユトレヒト大学への再受験を決断する。専攻は心理学・認知科学・データサイエンスを横断するリベラルアーツ&サイエンスだ。

転機となったのは、大学入学後に始めた家庭教師のアルバイトだった。発達特性の強い子どもたちを教える中で、学び方の多様性に直面した。

「聴覚情報の処理が苦手なため、学校では『学習に困難がある』というレッテルを貼られている生徒がいました。しかし、視覚情報に重きを置いた授業を展開することでみるみるうちに成績が上昇。

この経験から、現在の日本の公教育には構造的に限界があるのではないかと感じるようになり、学び方の多様性をどのように確保できるのかについて研究したいという思いが強まりました」

そう考えた井上さんは、教育研究が盛んな国での交換留学ではなく、正規留学を検討し始めた。

当初は英語圏の国を検討したが、学費の高さが壁となった。そんな中、ヨーロッパ留学を専門とするコンサルタントを通じ、EU圏内の留学であれば経済的ハードルを乗り越えやすいことを知り、ヨーロッパ留学を決意した。

「面談を重ね、『なぜ海外なのか』『何を学びたいのか』を徹底的に問われました。自分の動機を言語化するプロセスそのものが、大きな学びでした」

最終的に選んだのが、オランダ・ユトレヒト大学のインターナショナル・オナーズ・カレッジであるUniversity College Rooseveltだった。心理学分野に定評があり、学際的な履修が可能な点に加え、教育研究の先進国であること、英語で学べることが決め手となった。

「多様な学び方の確保について深く理解するためには、まずは自分自身の視野を広げることが不可欠だと思い、あえて最初から発達心理学などの専門に絞り込まず、文理融合で幅広く学べる環境を選びました。

また、オランダでは住居確保が非常に難しいと言われる中、希望した学部は大学が住居を確保してくれ、オランダ政府から補助金を受けられたことも決断を後押ししました。当時の学費は日本の私立文系学部と同程度で、3年制。教育の質を考えると、コストパフォーマンスは非常に高いと感じました」

出願では学力試験、エッセイ、面接が課され、特にエッセイでは「なぜ日本ではなくオランダなのか」を論理的に説明する必要があった。「エッセイの書き方がわからなかったのですが、コンサルタントの方に構成や英語のニュアンスなどアドバイスをいただきながら仕上げ、合格できました」。

厳しさと支援が共存するヨーロッパの大学

入学後、最大の壁は英語だった。授業内容の理解、ディスカッションへの参加、厳格な成績評価。ヨーロッパの大学のGPAは4点満点で、所属学部ではGPA2.0以下が続けば退学となる制度があり、卒業までに学生数が約半分に減るという。

「当初は授業も日常会話も理解できませんでした。そこで、最初の半年は友人関係構築に注力し、次の学期から成績を上げていくプランを立てました」

友人たちが授業ノートを共有してくれたのに加え、授業後に教員が個別対応してくれた。厳しい一方で、学ぶ意欲のある学生への支援は手厚かった。

その結果、1年目に2点台後半だったGPAは、2年目には3.98まで上昇。最終的には約3.76で卒業し、成績優秀者の称号を得た。卒業論文では、オランダにおける強制精神科入院患者の社会的地位向上をテーマに系統的文献レビューを実施。心理学と社会制度の両面を横断する研究に取り組んだ。

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オランダの大学に留学した井上美雨さん(写真:井上さん提供)

井上さんが3年間の留学生活で得たものは、学問的成果だけではない。多国籍の友人たちと生活を共にし、困難な時期には互いに支え合った。

「スペイン、フランス、スロバキア、カンボジア、オランダ。世界中から集まった多国籍なメンバーは、友人というより『家族』と呼べるくらい深い絆で結ばれました。この絆は、私にとって一生の宝物です」

現在井上さんは、日本で就職。将来的には海外の大学院に進学し、発達特性についての研究を続けることも視野に入れている。

「日本の大学の質は、世界的に見ても高いと思います。ただ、就職活動が同時期に始まるシステムや4年目のあり方については、もっと自由な形があってもいいのではないでしょうか。ヨーロッパ留学は、皆さんが想像するよりも現実的な選択肢です。少しでも関心があるなら情報を集めてほしい。進路の可能性は確実に広がります」

数字が示す「ヨーロッパ留学」へのシフト

日本学生支援機構(JASSO)が2025年4月に公表した調査によると、23年度に留学した日本人学生は8万9179人(協定あり、協定なしの合計)に達し、前年度から約53%増加した。

地域別ではアジアが著しく伸びているが、北米の増加率約14%に対し、ヨーロッパは約39%と上回っている。

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2023年度 地域別の日本人留学生数

文部科学省の留学促進キャンペーン「トビタテ!留学JAPAN」の主な取り組みである海外留学支援制度「日本代表プログラム/新・日本代表プログラム」の過去の派遣留学生の渡航先データでも、この傾向は顕著だ。

14年〜22年度(第1ステージ)では41%だった欧州渡航者が、23年度(第2ステージ)では57%にまで急増している。

「トビタテ!留学JAPAN」の広報・マーケティングチームリーダー、西川朋子氏はこの背景を次のように分析している。

「正確な理由を確認できてはいませんが、おそらく次のような背景があると考えられます。ヨーロッパの大学は学術的に優れているだけでなく、政府の公金投入により学費が抑えられている点が大きな魅力です。

イタリアなら年間30万円台から、ドイツなら無料〜60万円程度から、オランダやベルギーでは百数十万円からが相場で、日本の大学と大きく変わりません。円安や物価高の影響で高騰するアメリカに比べて、学費の安いヨーロッパが選ばれやすいようです」

「誰もが少しずつマイノリティ」の教室

ヨーロッパ留学の価値は、「どの国に行くか」よりも、学びが“管理されるもの”ではなく、“自分で引き受けるもの”として設計されている点にある。

ベルギー在住で、日本人学生の欧州大学進学を支援し19年目になる教育コンサルタントの北村美和氏は、ヨーロッパの大学教育を語る際、「教室の前提が違う」と口にする。

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北村 美和(きたむら みわ)「LEAP GLOBAL EDUCATION」代表・教育コンサルタント/中学卒業後に単身渡米し、現地の高校を飛び級で卒業。奨学金を得て米メリーランド州Towson Universityで学士・修士を取得後、NYのPR業界でキャリアを積む。2003年よりベルギー在住。KU LeuvenやVUB勤務を通じてEUの教育システムに精通し、日本人高校生の欧州大学進学を支援する。日本の高校卒業資格への理解促進に向けた欧州でのロビイング活動にも取り組み、大学出願において日本とEUをつなぐ先駆者として国際教育の現場で活躍。IECA、IACAC会員(写真:本人提供)

「アメリカの大学は、多様性を掲げつつも、どこかで“アメリカ的価値観への同化”が前提になります。一方、ヨーロッパの教室には、明確な中心がありません。誰もが少しずつマイノリティ。その前提で議論が行われます」(北村氏、以下同じ)

国籍、宗教、言語、歴史的背景。前提条件が異なる学生たちが同じ空間で学ぶ以上、議論は必然的に噛み合わない。だが、ヨーロッパの大学では、その「噛み合わなさ」こそが教育の中核に据えられている。

「異なる前提を持つ他者と議論し、結論を出すこと以上に、なぜ意見が食い違うのか、どこまでなら折り合えるのかを考え続ける。ヨーロッパの大学では、その訓練が、学問と同時に行われているのです」

EU27カ国には、英語で学べる学士課程のプログラムが数千あり、人気のオランダ、ベルギーだけでなくフィンランド、フランスなど学生の性格や希望に合わせて幅広い選択肢がある。また、多くの大学は国立であり、EUによる厳格な質の保証のもと教育水準が一定に保たれている。

ただし、国ごとに教育文化は大きく異なる。

「例えば、オランダやベルギーは英語学位が充実し、留学生サポート体制も整っている一方、学生の自主性が強く求められます。課題の進め方、教員への質問、進路設計まで、待っていても誰も手を差し伸べてくれません。

一方、フランスやスペイン、ポルトガルなど南欧諸国は生活文化の魅力が高く、留学生活そのものを楽しみやすい。ただし、学業への集中度や評価の厳しさは大学により異なり、“環境に流されやすい学生”は注意が必要です」

近年注目されているのが、東欧のハンガリーやチェコである。

「学費や生活費が安く、現地の方の人柄も温かくて日本人に馴染みやすいと思います。また、ハンガリーには、授業料が全額免除になるだけでなく、生活費の補助まで出る政府奨学金制度もあります。どの国にも共通しているのは『学ぶ動機』を大切にする文化で、学生の意欲が学びを深めていく、という点だと思います」

情報過多の時代に問われる「誰の視点か」

北村氏が強調するのは、大学選び以前に「情報の取り方」だ。

現在、日本で流通している留学情報の多くは、大学側と提携関係にある留学エージェント、あるいは過去の個人体験に基づく発信で占められている。だが、海外大学の入試制度や教育環境、卒業後の進路は、数年単位で大きく変化する。

「一度留学した経験があることと、毎年実際に出願を伴走していることは、まったく別です」

北村氏自身は、大学から一切の報酬を受け取らない独立系教育コンサルタントとして、各国の大学を定期的に訪問し、制度変更や現場の変化を確認し続けている。エージェントとコンサルタントのどちらが優れているかという二項対立ではなく、「目的による使い分け」が重要だと言う。

「すでに行きたい大学が明確で、そこがエージェントの提携校であれば、手続き面を任せるのは合理的です。一方で、『そもそもどの国・どの大学が自分に合うかわからない』という場合は、大学側の利害から独立した第三者の視点が、納得のいく進路選択につながります」

留学情報があふれる今だからこそ、どんな立場の人とつながり、どの視点を通じて選択肢に触れているのかが、結果を分ける重要な要素になっている。情報の正しさ以上に、その情報が「誰の利益の上に成り立っているのか」を見極める視点が、留学選択には欠かせない。

また、国や大学を検討する中で、北村氏が警鐘を鳴らすのが、大学ランキングへの過度な依存だ。

「ヨーロッパにも、いわゆる大学ランキング的な資料はありますが、ランキングは主にその大学の研究力を基準に作られており、学部教育の実態を反映していないことが多いのです。ランキングに依存しすぎると、本人が何をしたいのかという“軸”が育ちにくく、せっかく入学しても教育環境が合わず、途中で学習意欲を失うケースも少なくありません。

学士課程で大切なのは、研究実績よりも、学生支援、教育の質、卒業後の進路です。同じランキングを見るなら、学生の満足度ランキングや就職活動をサポートしてくれる部署があるかなどのほうに注目してほしいですね」

ヨーロッパ大学出願で、日本人学生がつまずきやすいのが高校での履修科目だ。工学系の学部では数学・物理、医学系では生物・化学。ビジネス系でも数学履修を必須とする大学は少なくない。日本では文系選択後に数学を外すケースが多いが、それが出願資格そのものを失う原因になることもある。

「成績がよくても、科目が合っていなければ出願すらできません。進路を考える時期が遅くなるほど、選択肢は確実に狭まります。また、日本の高校教育は世界的に見ても水準が高いにもかかわらず、制度への誤解から『まずは準備コースへ』と、本来不要な1年を遠回りさせられるケースも少なくありません。

さらに、いわゆる進学校に通う生徒ほど、評定平均のみで一律に判断され、不利な扱いを受けることもあります。単なる書類手続きではなく、こうした制度の隙間を一つひとつ調整していく“交渉”こそが、生徒にとってかけがえのない1年を守るカギになります」

「正しい選択」は、後からしかわからない

北村氏は、いきなり長期留学に踏み切るのではなく、「試す機会」を持つことを勧めている。23年からチェコ・プラハで実施している約10日間の短期プログラムでは、大学訪問や街頭調査、異文化混成チームでの課題解決を通じて、観光ではない「現地の日常」に触れる。

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チェコ・プラハで実施している約10日間の短期プログラム(写真:北村氏提供)

最後に、北村氏はこう語る。

「一度、自分が『やれる』とわかると、選択肢は一気に増えます。ヨーロッパの教育は、『学生の主体性をどう育てるか』が徹底しています。出願の時は“書類や面接で伝える力”、授業では“議論して考える力、伝える力”、卒業後は“自分の専門性を社会でどう生かすか”が問われます。

日本でも、点数以外の力を伸ばす仕組みが広がると、子どもが自分の興味を起点に進路を設計しやすくなるのではないかと考えています。正しい選択かどうかは、選んだ瞬間にはわかりません。大切なのは、自分で選んだ道を正解にしていく力です」

海外進学は目的ではなく、自分で考え、決断し、修正しながら進むための訓練の場だ。異なる前提を持つ他者と向き合い続けることを学びの中心に据えるヨーロッパの大学は、日本の高等教育がこれから問い直すべき学びの姿そのものなのかもしれない。