吉田恵里香×佐野広実「戦争ダメじゃん」という綺麗ごとは、どんな理由があっても普遍的な総意でおかしくないはず

2026年3月20日にNHKで放送されるドラマ『山田轟法律事務所』は、2024年のNHK朝の連続テレビ小説として放送され、社会現象を巻き起こし、「トラつば」の愛称で愛されている『虎に翼』のスピンオフドラマだ。トラつばの主人公・伊藤沙莉さんが演じる寅子の学生時代からの友人・よね(土居志央梨さん)と轟(戸塚純貴さん)がつくった法律事務所を舞台とした物語が描かれる。

エンタメから学んだ「人権」, ヘイトとは「人種を主語にして語る」こと, 「人権」と「思いやり」の違い, 性加害者は相手を選んでいる, 戦争の足音が近づく今, 社会問題を描く「切符」をもらって

『虎に翼』スピンオフ『山田轟法律事務所』より

さらに朝ドラでは初めて、伊藤沙莉さん演じる寅子を主人公とした映画も完全オリジナル脚本で2027年に公開される。トラつばがどれほど多くの人に愛されたのかがよくわかる。すべての脚本を担当するのは吉田恵里香さん。2025年11月に放送された「情熱大陸」では「社会に無関係のエンタメはダサい」という言葉も多くの共感を得ていた。

そんな吉田さんと、作家の佐野広実さんの対談後編。

佐野さんは昨年末、多部未華子さん主演によりWWOWOWで連続ドラマ化され、2026年には吉岡里帆さん主演による映画も公開となる小説『シャドウワーク』ではDV、『氾濫の家』ではモラルハラスメント、『誰かがこの町で』では忖度と同調圧力を題材としたミステリを上梓しており、これらは「不穏三部作」と呼ばれている。まさに社会問題をエンターテインメントにしている二人なのだ。

エンタメから学んだ「人権」, ヘイトとは「人種を主語にして語る」こと, 「人権」と「思いやり」の違い, 性加害者は相手を選んでいる, 戦争の足音が近づく今, 社会問題を描く「切符」をもらって

『シャドウワーク』は2025年のドラマ化に続き、2026年に吉岡里帆さん主演で映画が公開される

前編では、トラつばで話題となった「スンッ」を中心に、「分断を招くもの」にも迫った。『虎に翼』も、ドラマ化された佐野広実さんの『誰かがこの町で』『シャドウワーク』も、土台にあるテーマは「人権」だ。後編ではエンタメで描く「人権」を入り口に、現在世界中で起きており、日本でも議論が起きている「戦争」についても語っていく。

エンタメから学んだ「人権」, ヘイトとは「人種を主語にして語る」こと, 「人権」と「思いやり」の違い, 性加害者は相手を選んでいる, 戦争の足音が近づく今, 社会問題を描く「切符」をもらって

吉田恵里香さん(写真右)と佐野広実さん(同左) 撮影/森清

吉田恵里香(よしだ・えりか)   

脚本家・小説家。1987年生まれ。テレビドラマ『DASADA』、『30歳まで童貞だと魔法使いになれるらしい』、『花のち晴れ〜花男 Next Season〜』、『チェリまほ』、『生理のおじさんとその娘』、アニメ『ぼっち・ざ・ろっく!』、『TIGER&BUNNY』、映画『ヒロイン失格』『センセイ君主』など作品多数。『恋せぬふたり』で第40回向田邦子賞、ギャラクシー賞、NHK連続テレビ小説『虎に翼』ではPenクリエイター・アワードを受賞。プライベートでは、1児の母。

佐野広実(さの・ひろみ)   

小説家。1961年生まれ。私立中高の国語教師や業界誌編集者の傍ら、99年に島村匠名義の『芳年冥府彷徨』で第6回松本清張賞を受賞し作家デビュー。『聖戦』『上海禁書』『菊の簪』等、歴史小説や伝奇小説まで幅広い作品を発表。2020年『わたしが消える』で第66回江戸川乱歩賞を受賞し、「佐野広実」として再デビュー。前作『誰かがこの町で』『シャドウワーク』『氾濫の家』(すべて講談社)は「不穏三部作」と呼ばれ、映像化があいついでいる。

エンタメから学んだ「人権」

佐野広実(以下、佐野)人権感覚って、「人権とは何か」みたいな知識として入るわけではなくて、生きている中でいろんなものから入ってくるものだと思うんです。私の場合、小学校高学年の頃に(下村湖人の)『次郎物語』を読んだことや、山田太一さんの『男たちの旅路』(NHK/1976年〜)を観たことなどですね。老人問題や障害者の問題も描かれていて、「そもそもなにが大事なのか」みたいな視点やものの考え方は、そこから影響を受けたのかなと思います。それと、高校のとき、学校の新聞部が近くにあった朝鮮学校と交流会をやっていて、差別問題が身近だったこともあるかもしれないですね。

吉田恵里香(以下、吉田):私はレンタルDVD全盛期の世代で、海外ドラマをたくさん観てきたんですが、いろんな人種・セクシャリティの人、障害がある人や持病を抱えている人が登場するのが普通だったんです。そうした海外ドラマを観てから当時の日本のドラマを見ると、あまりに違っていて。調べていくと、海外のドラマ制作陣は意図的に様々なルーツや多様性を取り入れていることが分かり、業界団体すべてが一丸となって動いていた。当たり前ではなくて多くの人が変えていったものだった。学生時代に衝撃をうけました。自分が書くものは私が好きだった作品のそういった部分を自主的に取り入れたい気持ちが大きいです。

エンタメから学んだ「人権」, ヘイトとは「人種を主語にして語る」こと, 「人権」と「思いやり」の違い, 性加害者は相手を選んでいる, 戦争の足音が近づく今, 社会問題を描く「切符」をもらって

撮影/森清

――お二人ともエンタメの力が土台にあるのですね。日本でも作り手の意識は変化しているように思いますが、例えばドラマに外国人キャストが出ていると「必然性がないのに出すな」みたいな声が今もSNSなどで散見されます。

吉田:この業界に入ってすぐお世話になった監督が「作品内にクラスメートの中に意味なく車椅子の生徒を出したらクレームがきた」と話していて、そんなまさかと思っていました。でも実際にそういった話を残念ながら未だに聞くことがあります。現実に存在する人を映すことをリスクと取られてしまって、削られてきた描写がいっぱいあったんだろうと思います。私が特別なことをしているわけじゃなく、今まではやりたくても心折られてきた人がたくさんいたんだろうなと思うんです。

ヘイトとは「人種を主語にして語る」こと

――吉田さんの「トラつば」にも佐野さんの「不穏三部作」にも、外国人差別の問題が登場します。参院選・衆院選の大きな争点になるなど、外国人をめぐる問題は激化していますよね。

吉田:漠然と恐怖やリスクを感じているんだと思います。何かの犯罪について、個別の問題なのに人種を主語にして語るのは、ニュースやエンタメが染みつかせてしてしまったものだなと感じることもあります。

佐野:教育のせいでもあります。道徳も全部「思いやり」で済ませるじゃないですか。法律が100%有効とは限らないとき、「お年寄りを大切に」といった「通俗道徳」に全部発想が戻っちゃうんです。回答がない問題提起を小学校や中学校で児童・生徒に与えることや、答えが出たとしてもとりあえずの答えであって、それが100%正しいわけじゃないみたいな教え方をしていくことが必要なんじゃないかと思います。

例えば、電車とかバスでどういうときに席を譲るかは、法律で決められないでしょう。通俗道徳だと「お年寄りに席を譲りましょう」となる。でも、怪我人も妊婦さんもいるし、外国人だっている。一見すると「普通」に見える人でも、様々な肉体的精神的ハンデを負っていることもある。それらにランクづけして席を譲る、譲らないを決めていいのか、という更なる「問い」も出てくる。そうした思考訓練が教育や学校現場で足りないのが問題だと思うんですよ。

エンタメから学んだ「人権」, ヘイトとは「人種を主語にして語る」こと, 「人権」と「思いやり」の違い, 性加害者は相手を選んでいる, 戦争の足音が近づく今, 社会問題を描く「切符」をもらって

撮影/森清

吉田法律で決められていない部分でモノを考えるベースとなるのが「人権」ですよね。

佐野:禁止されているからやらないとか、決まっているからやるじゃなくてね。人権とは何なのかという定義を並べたとしても、単なる知識として消化されてしまうのであれば、意味がないわけです。

「人権」と「思いやり」の違い

――そういう意味では「トラつば」は他者の意見を尊重していましたね。自分の意見と違っていても、「あなたはそう思うのね、わかった」と。相手の尊重はすなわち人権意識ですよね。

吉田人権は、思いやりとか優しさとか福祉とか、そういうものだけでは語ることができないこと。それがピンとこない人が多いなと感じます。選択肢を握るのは自分であって、それを誰かに阻害されないのは当たり前のことなんだけど、それを思いやりや優しさみたいなもので包みたくなってしまうと、表面の味だけ舐めて、わかった気になってしまう気がするんです。

エンタメから学んだ「人権」, ヘイトとは「人種を主語にして語る」こと, 「人権」と「思いやり」の違い, 性加害者は相手を選んでいる, 戦争の足音が近づく今, 社会問題を描く「切符」をもらって

撮影/森清

佐野:信田さよ子さんの『なぜ人は自分を責めてしまうのか』(ちくま新書)に、「優しくするとか思いやりで接するというのは、一種の支配につながる」というようなことが書いてあって、納得でした。自分がどういう考え方でそれを選択するのかという軸を持っていないと、どういうときに席を譲るかも判断できないわけですよね。

吉田:人権という言葉からイメージするものが人によって違いすぎているのも問題だとは思います。コミュニケーションで生まれる優しさや思いやりを人権とか多様性だと思っている人もいて、前提が違う中で何をはなしていてもなかなか通じない、難しいなと思うことはあります。制作現場でも、スタート地点で見ているものが違うと、同じ言葉を使っていても分かり合えないことはあるんですよね。

性加害者は相手を選んでいる

――性加害問題などをはじめ、普段良識ある方でも、なぜか通じない、場合によっては二次加害をしてしまう。言葉を尽くしても伝わらない相手、分かり合えない相手とどう向き合っていったら良いでしょう。

吉田:性欲について「抑えられないし、仕方ない」みたいなことを言う人がいるじゃないですか。でも、性加害をする側って、街中で勝手に脱ぎだすわけじゃないし、相手を選んでいる場合が大半です。ちょっとでも自分の好みに合う人、手を出しても大丈夫な人を選んで計画的に行っている時点で、理性が働いているはずなのに、「止められない」などと言う人、そういった性加害をした相手を擁護してしまう人には、どこから話していいかわからなくなります

佐野止められないというよりも、理性がきちんと育っていないということですよね。

吉田:性欲自体を否定されたと勘違いしてしまう人も多い気がします。多くの人が持っている性欲の否定ではなく性加害の否定を多くの方がもっと声を上げて伝えていって欲しいなと思います。ただ、私自身、10年前とか15年前の自分の作品を読むと、恋愛観などに違和感を覚えることもいっぱいあって。完璧な人なんていないから、その都度間違いを認めて、改めて更新していけば良いと思うんです。

その為には様々な意見を取り入れて対話をしていく必要があります。私もなるべく身近な人や大切なひとたちとは対話して差別的な感覚を持っていたら話して、少しでも変わってほしい、間違った方向に行っていたら引き戻したいという思いがある。けど、それをすべての人にするのは無理で、対話だけでは限界がある。心が折れそうな時もありますが、仕事においては多くの方相手に伝えていく立場でもあるので、とりあえずもう少しこのまま頑張って伝えてみよう、最大限を尽くそうというスタンスです。間違いや失敗から学んで取り返しがつくことと、取り返しがつかないことがあるから。取り返しがつかない所にいくと全てが変わってしまう。そうならない為にできることをしたいです。

佐野戦争も同じですよね。例えば家族の誰かが兵隊にとられていなくなると、今までの家族の形は崩壊するじゃないですか。性加害を受けた場合も、本人だけじゃなく、その人間関係がまた崩壊していくのは共通していて。当事者だけでなく、周りの人間までも崩壊させる、悪化させるみたいなことが起こりうるのだと思いました。

エンタメから学んだ「人権」, ヘイトとは「人種を主語にして語る」こと, 「人権」と「思いやり」の違い, 性加害者は相手を選んでいる, 戦争の足音が近づく今, 社会問題を描く「切符」をもらって

撮影/森清

戦争の足音が近づく今

――映画『ノー・アザー・ランド 故郷は他にない』をご覧になったあと、吉田さんはこのようにコメントされていました。「今起こっている恐ろしい出来事を私達は『遠い国のことだから』とか『わたしたちには関係ない』とかつい言い訳をして目を逸らしてしまう。だが目を逸らすという行為は、誰かから責められない程度にじんわりと戦争と虐殺を肯定していくことではないのか?

また、佐野さんは『氾濫の家』の中でヘイトの五段階を次のように紹介しています。「いちばん下が人に対して偏見を持っていても、思っているだけ。つぎが、その偏見が態度に出てしまうレベル。真ん中が偏見を口にしてしまうレベル。そして、偏見の相手を暴力で叩こうとするのが、上から二番目。で、最後は虐殺」  

お二人の戦争に対する今の思いをお聞かせ下さい。

エンタメから学んだ「人権」, ヘイトとは「人種を主語にして語る」こと, 「人権」と「思いやり」の違い, 性加害者は相手を選んでいる, 戦争の足音が近づく今, 社会問題を描く「切符」をもらって

『氾濫の家』では基地建設をめぐりヘイト問題が描かれる

吉田:少なくとも戦争が何十年も起こっていない日本に住んでいる私達だからこそつたえられることがあると思っていて、そういう意味で私達は自分にできることを果たせていない気がするんです。「戦争ダメじゃん」「虐殺ダメじゃん」という綺麗ごとは、どんな理由があっても普遍的な総意であっておかしくないはず。それなのに「でも、自分の国が侵略されたら戦うしかない」と、歴史的背景や構造をすっ飛ばして話しだす相手とは会話が難しい。せめて共通認識で「戦争は断固反対」になっていないとおかしくないか? と。戦争の足音が近づいているのは本当に怖いと思います。数十年後、今を振り返った時、歴史の教科書の上では私達は既に第三次世界大戦の中にいるのかもしれない。だからこそ、今何をするべきか、何を踏みとどまるべきかはずっと考えていきたいです。

エンタメから学んだ「人権」, ヘイトとは「人種を主語にして語る」こと, 「人権」と「思いやり」の違い, 性加害者は相手を選んでいる, 戦争の足音が近づく今, 社会問題を描く「切符」をもらって

撮影/森清

佐野:10年前に平和安全法制(憲法第9条の下では違憲とされてきた集団的自衛権の行使を可能にし、米軍などが起こした戦争に自衛隊が地理的限定なく参加する)を通しているでしょう。当時、これを通してしまったら戦争になると指摘した人もいるけど、そうじゃないということで通ってしまった。でも、一つの法律が木の幹だとしたら、それを運用するために枝となる法律をどんどん作っていくものなんですね。それが言論規制などにもつながっていく。1つ決まったら、関連でいろんなことが出てくるというパターンを頭に入れておいて、その影響で起こりうることを予見して物事を考えていかないと駄目なんだと思います

エンタメから学んだ「人権」, ヘイトとは「人種を主語にして語る」こと, 「人権」と「思いやり」の違い, 性加害者は相手を選んでいる, 戦争の足音が近づく今, 社会問題を描く「切符」をもらって

撮影/森清

社会問題を描く「切符」をもらって

――お二人の作品には、今起こっている、あるいはこれから起こりうる問題がたくさん描かれていますが、最終的には救いや希望が描かれていますよね。そこにはどんな思いがあるのでしょうか。

佐野:個人的にはドツボにはまった方が良いんじゃないかと思うこともあるんですよ。でも、そこは物語の要請です(笑)。

吉田:私自身は優しい世界も本来は好きで、これまでも書いてきたんですけど、そこだけという作品に今はあまり魅力を感じていない。でもせめて最後には希望を描きたいという思いがあるんです。ノンフィクションと違うのはそこかな、と。実際、人って変わらないし、変われないことが多いけど。私はここ数年、“「エンターテインメントにしつつ、作品の中で社会問題を描いて良い人」切符”をもらっているという思いがあって、だったらやり尽くしたいなと思っていて。その切符をもらいたくてずっとこの仕事をやってきたんです。でも、いざもらってみると、「トラつば」が100の味付けだとすると、作品によって50の味付けを求められるときも20のときもあったり、本当は0を求められていたのに、10を100ととらえる人がいたり。切符の使い方の難しさを感じているところですが。

佐野:そういう意味では私も5年くらい前に(2020年に、軽度認知障害と闘いながら謎に立ち向かう元刑事を描いた『わたしが消える』で第66回江戸川乱歩賞を受賞し)切符をもらったんですが、もう疲れちゃった(苦笑)。嫌な奴を書くのって疲れるんです。

吉田:小説家は全部を一人で背負うので疲れるのはわかります。私の場合、良くも悪くも分業が中心なので。それに、「これ(差別の話や社会問題)、どうして必要なの? この作品とあまり関係ないよね」と、私はずっと言われてきたから。ただ、『虎に翼』では、スタッフ全員が同じ方向を向けていた贅沢な時間を過ごしてしまっただけに、今後の他の作品では手探りでドキドキですが、いろんな人と一緒にやりたいし、いろんな作品を作りたいので、ようやくもらえた切符を頑張って最大限に使っていきたいと思います。

エンタメから学んだ「人権」, ヘイトとは「人種を主語にして語る」こと, 「人権」と「思いやり」の違い, 性加害者は相手を選んでいる, 戦争の足音が近づく今, 社会問題を描く「切符」をもらって

虎に翼スピンオフ「山田轟法律事務所」 

3月20日(金・祝)NHK総合 夜9:30~10:42 

※NHK ONE(新NHKプラス)で同時・見逃し配信予定