「箸はあえて下手に持つけど…」朝ドラ・夫役演じるトミー・バストウが今もできない日本の習慣

トミー・バストウさん 写真提供:NHK
朝ドラこと連続テレビ小説「ばけばけ」(NHK)で主人公・トキ(髙石あかり)の夫・ヘブン役を演じるトミー・バストウさん。まもなく最終回を迎える本ドラマだが、日本語も当初よりかなり上達し、インタビューに応えてくれた。(ライター 木俣 冬)
『SHOGUN将軍』のセリフの方が大変だったけど…
トミー・バストウさんが取材会場に入ってくると、記者たちが拍手で迎えた。トミーさんは拳を握った腕を勢い良くあげながら笑顔で歩き席についた。
朝ドラこと連続テレビ小説『ばけばけ』(NHK)で主人公・トキ(髙石あかり)の夫・ヘブン役に抜擢されたトミーさん。夫役のオーディションで1767人の応募から選ばれた。世界的ヒット作でシーズン2も制作されるドラマ『SHOGUN将軍』にも出演している。
子どものとき、父親から世界中の映画を見せてもらい、俳優に憧れ、14歳から俳優業をはじめた。現在34歳。デビューから順風満帆だったわけではなく、仕事がないこともあった。「だから、朝ドラのレギュラーが決まって、1年間、仕事があることはとてもありがたい」と語る。
「朝ドラの影響力も実感している。放送がはじまると大きな反響があって、もともと日本が大好きだったので日本で有名な朝ドラに出られて夢が叶いました」
親日家で知られるトミーさんは日本語もうまい。半年間、日本語学校で日本語を学んだ経験もある。今回の取材会では、昨年、ヒロインの夫役が発表されたときや、初回の試写のときの会見時より、さらに通訳要らずになっているような印象を受けた。
「日本語のセリフを覚えるのは難しいですが、『SHOGUN将軍』のほうがもっと大変でした。戦国時代なうえ、日本人より日本語の巧い役だったので。5年前、『SHOGUN』をやったとき、日本語がペラペラだとアピールしましたが、実際は無理でした(笑)。いまのほうがうまく話せるようになりました」
『SHOGUN』では日本に来た西洋人の司祭を演じているトミーさん。『ばけばけ』で演じているレフカダ・ヘブン役も西洋から日本に単身渡った作家・ラフカディオ・ハーンこと小泉八雲をモデルにしている。
「小泉八雲さんは偉人だから、撮影がはじまる前はどう演じたらいいか責任を感じて緊張しました。けれど、面白いことに、彼のお墓を訪ねてから気持ちに変化がありました。ハーンさんを偉人と捉えるのではなく、ひとりの人間として感じるようになったんです。ハーンさんは知らない国に来て、全身全霊で頑張っていたのだと思います。僕も同じです。そこに共感しました。彼はただの人間、僕もただの人間、演じるうえではそれだけでいいと思いました」
出雲大社に入った西洋の俳優では「僕がはじめて」!?
会ったことのない人物を知る手立てとして、曽孫の小泉凡さんに会ったことの影響は大きかった。
「血の繋がった子孫にお会いしたとき、本当に小泉八雲という人がいたんだ、と実在する人物として捉えることができました。また、凡さんの笑顔の中に小泉八雲さんの笑顔が垣間見えた気がして、非常に有意義な経験でした」
偉人や作家である前に、同じ人間である、という考え方に行き着く前に、事前にできる限りの準備は行った。
「極力、準備には時間をかけました。ハーンの資料を調べて、ベースの役作りを行い、現場に入ったとき、それが自分にとってもリアルなものになっているようにしました。同じ人間とはいえ、もちろん私はハーンさんとは違う人間ですけれど、なるべくハーンさんと共感できるように、ハーンさんのリアルと自分の経験を組み合わせて役作りに生かせるように、取り組んでいます」
つまり、ハーンをリスペクトしつつ、そこに自分らしさも加えるということだ。これは、チーフディレクターの村橋直樹さんに相談して助言してもらった。
「日本の演技スタイルに合わせたほうがいいと思っていたのですが、村橋さんに西洋の芝居を持ち込んでくださいと言われました。芝居も文化も、西洋と日本の違いは大きいけれど、どんな環境下でも、そこに自分の真実があるかどうかが大事で、自分の真実は必ず持って演じてほしいとおっしゃいました。そういった演技のやり方は世界共通であろうということです」
ハーンは目が悪かったので、片方の目に白濁したコンタクトを特注して作って装着した。
撮影に入る前に聖地巡礼もした。
「松江をはじめとしてハーンさんにゆかりのあるいろいろなところを訪ねたことは、演技を深めるうえでとても役立ちました。出雲大社でロケをしたとき、ハーンさんが日本で最初に出雲大社に入った西洋人で、西洋の俳優では僕がはじめてと聞いて、ハーンさんに近づけたような気がしました」
トミー氏の意外なマイブーム
「聖地巡礼」というワードを使用しているところも現代日本を学んでいるのを感じる。
ドラマではヘブンが、作家として気難しい面もありつつ、ユーモラスな面もある。トキや家族への深い愛情も感じられる。それはトミーさんのキャラクターなのかもしれないし、ハーンももしかしたらこんな人だったのかもしれないと思えてくる。
「ヘブンが日本に来たばかりのときと晩年のヘブンとでは、日本語や箸の使い方などの変化を調整しながら取り組んでいます。僕は箸の持ち方は西洋人にしてはヘタではないほうと自負しますが、ヘブンを演じるときはあえてヘタに持つようにしています。続けて見ていただくと、じょじょに箸を持つ手の位置が上にあがっていっていると思います。ただ、箸は使えますが、正座は無理です(笑)」
「ハーンさんは知らない国に来て、全身全霊で頑張っていた」というトミーさんの言葉が印象的だ。トミーさんも異文化に興味をもち、熱心に学んでいる。そのモチベーションは何だろうか。
「僕は子どもの頃から西洋の文化に違和感を覚えることがありました。僕がハーンさんと似ていると思うのは自国で安住するのではなく他国へ冒険心をもって積極的に探求していこうとしているところでしょうか。ハーンさんのほうが異国を学ぶのはもっと大変だったと思いますから、その情熱を心から尊敬します。
100年以上前の日本で外国人が勉強するのは、並大抵なことではなかったはずです。西洋と大きく違う環境にひとりで飛び込んでいくには、根拠のない自信みたいなのものもきっとあっただろうと思います。
ほかの国の文化に触れるときは、探究心や冒険心が大切な要素です。自分の文化に馴染めない感覚や、どこにも属していないような感覚が大切で、自分に合う場所はどこなのか探求することに繋がると思います。あとは、未知なる世界に飛び込むには、多少の無知も大事な要素です。日本語がこんなに難しいとわかっていたら、たぶん、日本にこなかったかもしれません。しばらくいれば慣れるだろうと思っていたんです(笑)」
確かに、言葉が通じない国にひとりやって来て、すぐ帰る旅行でなく、研究テーマを探しながら長く生活していくのは、容易なことではない。でもそれを心配していたらはじまらない。思いきって未知なる世界に身を委ねる心の余裕(トミーさんの言う、多少の無知)が物事を成すうえでは大切なのかもしれない。
もちろん日本人側の協力も必要だ。撮影現場では共演者たちがトミーさんに寄り添っているという。
「僕以外は全員日本人だからたまに会話についていけないこともありますが、松野家のみなさんがやさしく、僕に対してわかりやすい日本語を選んで、何回も話してくれて嬉しいです」
大阪での生活も楽しんでいる。
「ムエタイが大好きで、大阪で撮影しない日は必ずキックボクシングに行きます。最近、マイブームは銭湯に行くことです。非常にリラックスしています」
ヘブンがトキを好きになったのはいつ頃?→トミーさんの意外な答え
トキ役の髙石あかりさんとの息もぴったり。
「出会った瞬間から、とても優しく話しかけてくれました。頼もしさもあって、撮影中、大きな虻が飛んでいて、僕はとても焦って対応できなかっただけど、あかりさんはプロらしく対処していてとてもかっこいいなと思いました」
もうひとり大事な存在がいる。錦織(吉沢亮)だ。「文学的に最も気が合う親友」と言うだけあって、強い絆で結ばれていたが、熊本に行くことになって悲しい別れをしてしまった。
「小泉八雲さんは熊本に引っ越してからも、錦織さんのモデルになった西田千太郎さんとは文通していて、100通以上の手紙のやりとりをしていたそうです。吉沢亮さんともこのふたりのようないい関係性を築いています」
取材中、終始朗らかだったトミーさん。サービス精神が旺盛で、ヘブンがトキを好きになったのはいつ頃だったのか、という質問には「病気になったとき、いいお嫁さんになるだろうと思ったのでしょう。あかりさんの芝居のおかげでキュンとなりました。表情がとてもかわいく、僕がたぶん恋に落ちたかな(笑)」とジョークまじりで髙石さんをリスペクトした。
また、出雲大社では何を祈ったかという質問には「視聴率が右肩上がりになるように。冗談ですが」とこれまたジョーク。さすがイギリス人はジョークが得意だ。
さらに、怪談好きなヘブンにかけて、こわい経験はないかというスポーツ新聞記者の質問には、一回だけタイに行ったとき、ベッドに長い黒髪の女性が座っているのを見たような気がするが、非常に疲れていた状態だったので、たぶん夢だったと思う、と控えめにサービストーク。
「UFOやゴーストなど、そういったホラー映画を心から楽しまれる層が一定数いますし、実際にそういった目に見えないものがあるのかもしれないですけれど」と、自分はそこまで怪奇現象には詳しいわけではないと前置きしたうえで語る慎重さを見せた。言語が違うからこそ、誤解のないように配慮する。でも相手の気持ちを尊重する。そういうところを見習いたいと感じた。
ちなみにこわい映画では、スタンリー・キューブリック監督のサスペンス『シャイニング』が好きだという。こわい映画ではないが日本映画のフェイバリット作は黒澤明の『用心棒』。三船敏郎が好きだそうだ。
朗らかで、ユーモアがあって、いざ芝居をすると重厚な芝居をするトミーさん。もうすぐお別れ(最終回)と思うとさみしい。
「朝ドラが終わってイギリスに帰っても、また日本の仕事をしに帰ってきたいです」
【プロフィール】
トミー・バストウ Tommy Bastow 俳優、ミュージシャン。1991年8月26日生まれ、イギリス出身。ロックバンド・FranKoのリードボーカルとしても活動。映画『ジョージアの日記/ゆーうつでキラキラな毎日』(08年)、ドラマ『THE CROSSING/未来からの漂流者』(18年)、配信ドラマ『SHOGUN 将軍』(24年)などに出演。連続テレビ小説『ばけばけ』のヒロインの夫役のオーディションで1767人の応募から選ばれた。
【データ】
連続テレビ小説「ばけばけ」毎週月~土曜 午前8時00分(総合)※土曜は一週間を振り返ります/ 毎週月~金曜 午前7時30分(NHKBS・BSP4K)【作】ふじきみつ彦 【出演】髙石あかり、トミー・バストウ/吉沢亮ほか 写真提供:NHK

連続テレビ小説『ばけばけ』
作品情報
連続テレビ小説「ばけばけ」。松江の没落士族の娘・小泉セツとラフカディオ・ハーン(小泉八雲)をモデルに、西洋化で急速に時代が移り変わっていく明治日本の中で埋もれていった人々を描きます。「怪談」を愛し、外国人の夫と共に、何気ない日常の日々を歩んでいく夫婦の物語です。
【作】 ふじきみつ彦
【音楽】 牛尾憲輔
【主題歌】 ハンバート ハンバート「笑ったり転んだり」
【出演】高石あかり(「高」の表記は、正確には「はしごだか」) トミー・バストウ / 柄本時生 さとうほなみ 円井わん 岩崎う大 前原瑞樹 / 渡辺江里子 木村美穂 / 吉沢亮 / 岡部たかし 池脇千鶴 朝加真由美 佐野史郎 小日向文世 ほか
【放送】 2025年9月29日(月)から放送開始