「8回以上の督促」さえ拒否――電動キックボードで全国初の書類送検、“免許不要制度”の構造的欠陥とは
講習拒否の初立件
都市の歩道や車道で急速に普及した電動キックボードの多くは、道路交通法上の特定小型原動機付自転車という車両区分に含まれる。2023年7月に始まったこの制度は、導入から2年余りが経過し、仕組みの至らなさが表面化している。
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警視庁は2026年3月4日、危険な運転を重ねた末に義務づけられた講習を拒んだとして、29歳の男性を書類送検した。受講命令に従わずに立件された事例は全国で初めてだ。
このニュースの核心は個人の違反行為という事実を超えたところにある。免許を必要としないルールを前提とした新しい交通の形が、
「管理の面で深刻な穴を抱えている」
実態を突きつけている。目先の違反を追うことよりも、制度の根幹が今の社会のあり方に合っているかを厳しく見定める時期に来ている。
免許という個人の能力を証明する仕組みを介さずに市場が広がった結果、行政が監視や指導に費やす費用や労力が膨れ上がっている現状が浮き彫りになった――。
免許不要という前提

電動キックボード(画像:写真AC)
電動キックボードなどの特定小型原動機付自転車は、特定の乗り物だけを指す名称ではない。これは法律上の枠組みであり、代表的な車両として電動キックボードが広く知られている。
こうした仕組みが導入された背景には、都市部での短距離移動の需要増や、シェアリング事業の拡大、脱炭素に向けた小型電動車両の普及促進がある。
自転車と原付の中間にあたる車両を普及させるため、16歳以上なら免許を持たずに公道を走れるルールが2023年7月から始まった。最高速度を20km/hに抑え、交通違反を繰り返した場合には講習を受けさせることで、知識や意識を高めようとしている。
参入の壁を極限まで下げることで市場を一気に広げようとした狙いがあるが、それは安全教育の負担を個人の責任から
「公的な役割」
へと移したことを意味している。知識を持たない利用者を車道へ送り出したことで、安全を維持するためにかかる労力を行政が引き受けている状態にある。
事故の実態

特定小型原動機付自転車の交通事故発生状況(令和7年中)(画像:警視庁)
制度の運用開始から約2年が経過し、統計データには無視できない傾向が表れている。警視庁のまとめによると、2025年における特定小型原動機付自転車の交通人身事故は280件に達しており、前年と比べて増加した。
発生時間帯は朝の通勤や通学の時間に集中している。特に8時から10時の間が最多となっており、移動の速さを求める時間帯に事故が多発している傾向がある。利用者の年齢層を見ると、全280件のうち20代による事故が120件と約4割を占めている。
若年層の間で便利な移動手段として選ばれている一方で、安全の確保が追いついていない。発生した事故のうち約9割において何らかの交通違反が確認されている。具体的な内容はハンドルやブレーキの操作ミスが最も多いが、信号無視や酒酔い運転といった重大な違反も発生している。
事故の形としては車両単独の事故が84件で最多となっており、出会い頭の衝突も目立つ。これらの事実は、事故の多くが車両の不具合ではなく、利用者の運転の仕方に問題があることを示している。
もともとの仕組みは講習を通じてルールを守らせることを想定していたが、実際には違反が極めて高い割合で事故に結びついている。効率的な移動を優先するあまり、安全を軽視する利用者の行動が今の交通ルールを形骸化させているのだ。
講習拒否の実態

特定小型原動機付自転車の交通事故発生状況(令和7年中)(画像:警視庁)
特定小型原動機付自転車には、危険な運転を繰り返した利用者に対して講習を義務づける仕組みがある。信号無視や通行区分違反、妨害運転など17種類の危険行為が対象となっており、これらを3年以内に2回以上繰り返すと講習を受けなければならない。
この仕組みは罰を与えることよりも、教育を通じて交通の秩序を保とうとする考え方に基づいている。だが今回の書類送検された事例は、この仕組みが想定していなかった事態を浮き彫りにした。
書類送検された29歳の男性は、2024年10月に信号無視や歩道走行で取り締まりを受けた後、2025年7月に東京都公安委員会から講習を受けるよう命じられた。警視庁は電話を5回、はがきを2回送るなど、合計で8回以上にわたって受講を促したが、男性は受講期限の10月までに応じなかった(『テレビ朝日』2026年3月4日付け)。
男性は任意の調べに対し、取り締まりの内容に納得していないから受講しなかったと話している。2025年、警視庁管内では2563人が講習を受けた実績があるが、本人の意思に関係なく強制的に従わせる力がこの仕組みには不足している。
行政が多大な労力をかけても、本人が納得しなければ指導が行き届かないという実態が明らかになった。電話やはがきによる繰り返しの督促は、それ自体が行政側の大きな負担となっている。
教育を重視する現在のやり方は、利用者の善意に頼りすぎており、意図的に従わない者に対しては効力を発揮できない。利用者が自分の判断で受講を拒み続ければ、安全を確保するための枠組みは機能しなくなるだろう。
免許制度との違い

特定小型原動機付自転車の交通事故発生状況(令和7年中)(画像:警視庁)
自動車やバイクには免許制度という仕組みが存在する。違反をすれば点数が引かれ、免許の停止や取り消しが行われる。行政は運転をする資格そのものを管理し、危険な運転者を道路から排除できる。
だが特定小型原動機付自転車にはこの資格の管理が存在しない。行政が持つ手段は現場での取り締まりや講習の命令、そして最終的な手続きである書類送検に限られる。
今回の事例では警視庁は対象の男性に対して、2024年10月の違反から2025年7月の受講命令を経て、少なくとも8回以上のやり取りを重ねた。これほど多くの労力をひとりの違反者に費やすことは、行政運営の面で大きな負担となる。
免許という仕組みがないため、受講を拒み続ける者に対して運転を止めるよう命じる手立てが乏しい。刑事手続きは非常に重い行程であり、すべての違反者に対して頻繁に活用することは現実的ではない。
結果として講習の命令に従わない者がそのまま運転を続けられる状況が生まれている。資格の有無で運転を制限できない交通の仕組みは、ルールを守らせるためのコストを際限なく増大させる要因となっているのだ。
市場拡大の副作用

特定小型原動機付自転車の交通事故発生状況(令和7年中)(画像:警視庁)
この問題はひとりの違反者による行動にとどまらない。その背景にはマイクロモビリティを扱う市場が急速に広がっている実態がある。特定小型原動機付自転車の普及はスマートフォンひとつで登録し、その場ですぐに乗れるシェアリング事業によって進んだ。
免許を持っていない人でも利用できるため、利用者が増える一方で、運転の経験や知識には大きな差が生じている。本来、市場が広がることは経済にとって好ましいが、交通のルールを守る意識が低い層まで取り込んでしまったことが今の混乱を招いている。
警視庁の調べでは事故のうち約9割に交通違反が確認されている。ルールを守る意識が高い利用者が、事故や周囲の厳しい視線を恐れて利用を控えるようになれば、マナーの悪い利用者ばかりが道路に残る恐れがある。
利便性を追い求めるあまり、安全を確保する仕組みが追いつかない現状は、市場の健全な発展を妨げる要因となっているのだ。
制度の課題

電動キックボード新制度の管理課題。
今後考えられる方向性はいくつかある。講習の命令に従わない者への対応を強めることや、資格が必要な仕組みを導入すること、あるいは車両の区分を根本から見直すことなどが挙げられる。どの道を選んでも、便利さと安全のバランスをどのように取るかという問題に向き合う必要がある。
今回の立件は新しい都市の交通手段が抱えている仕組みの歪みを初めてはっきりと示した出来事といえる。特定小型原動機付自転車がこれからも都市の移動を支える存在として定着するか、あるいは仕組みの変更を迫られるか、社会全体での判断が求められている。