「お米の香りに涙」疲れた彼女が“おかゆ”愛した訳

お粥研究家の鈴木かゆさん。旅先のベトナムでカエル粥を食べているところ(写真提供:鈴木かゆさん)
“おかゆ”に魅了されたITエンジニア
離乳食や病人食のイメージが強い、おかゆ。
【クリックして写真を見る】お粥研究家の鈴木かゆさん。おいしく作るコツは「構い過ぎないこと」。必要以上に混ぜず、混ぜるときはやさしく。基本の味付けは塩のみだという。
「どろっとした食感が苦手」
「地味過ぎて、おいしさがわからない」
という人もいるかもしれない。
そんなおかゆを、2020年コロナ禍の時期からほぼ毎日作り続けているのが、鈴木かゆさんだ。自営業のITエンジニアとして医療系システムのコンサルティングや開発を生業としているが、近年は趣味が高じて「お粥研究家」としても活動している。ウェブサイト「おかゆワールド」やInstagramでの情報発信のほか、2024年にはレシピ本『日本、台湾、韓国etc. ととのうおかゆ365日』(KADOKAWA)も出版。テレビやラジオなど、メディア取材もひっきりなしだ。
おかゆにハマったのは、ITエンジニアとして勤務していた会社員時代だった。
「一度ハマるととことんのめり込む極端な性格」というかゆさん。そのせいで食生活が乱れたり、睡眠時間を削ったりすることもたびたびだった。20代のうちはそれでも平気だったが、内心では「こんな生活はずっとは続かない。ちゃんとしなきゃ」と考えていたという。
「当時住んでいたのがギークハウス(※ITエンジニアやプログラマーなどインターネットやコンピューターに造詣の深い人たちが共同生活を送るシェアハウス)だったこともあり、仕事が終わってもIT開発にのめり込む毎日でした。
凝り性なので、ラーメンが気に入れば3食ラーメンを食べるし、自炊をするときも材料を完璧に揃えてレシピ本に忠実に作るような凝った料理ばかり作っていました」(鈴木かゆさん。以下、同)
お米の優しい香りに包まれて、涙が出た
出かけることも、人としゃべることも大好き。毎日のようにイベントのある生活をしていたが、2020年に始まったコロナ禍でそれができなくなった。在宅勤務になり、時間はたっぷりある。ちゃんと自炊をしてみよう、と思い立った。
「それで最初に作ったのがおかゆだったんです。当時はコロナ禍で物流が滞り、近所のスーパーからすぐに食べられるパンなどが真っ先になくなりましたが、お米だけは売っていました。おかゆなら量も増えるし、という理由もありましたね」
ネットでレシピを検索して、初めて米からおかゆを炊いた。ふつふつとおかゆの煮える鍋を見守っていたら、突然涙があふれた。
「ふいにお米の優しい香りに包まれて、涙が出たんです。いま考えれば、コロナ禍での慣れない働き方や暮らし方に疲れていたのかもしれません」
温かいおかゆに心身を癒され、翌日も「また作ってみようかな」と思ったかゆさん。気づいたら毎日作るようになっていた。
体重3kg減→おかゆを1日1回に制限
ここでも凝り性を発揮して1日に何種類も作ったり、一度に2種類作ったりしていたところ、おかゆでお腹いっぱいになって他のものを食べられなくなり、一気に3kg体重が減った。以来、おかゆは1日1回、朝食だけと決めている。

おかゆづくりに欠かせない、かゆさんの「三種の神器」。蓋付きの鍋、吹きこぼれ防止のための箸、お玉(写真提供:鈴木かゆさん)
「1シーズンに1週間だけ、カロリーや栄養が不足していないか、アプリでチェックしています。おかゆはカロリーが少ないし、栄養が偏っているので、昼と夜はしっかり食べるようにもしていますね。女性なら、昼に男性と同じくらいの量を食べて1日のカロリー摂取量の帳尻を合わせる感じです」
いまや、おかゆを作らないのは絶食が必要な健康診断の日ぐらい、というかゆさん。出張時はAirbnbを取り、スーツケースに鍋を入れて滞在先でもおかゆづくりを欠かさない。まだ見ぬおかゆメニューやおかゆに合う食材を求めて国内外を旅することも多い。

出張先にも愛用の鍋を持っていく(写真提供:鈴木かゆさん)
「その土地の食材、水、塩を使って作ると、味にまとまりが出ておいしいんです。市場や物産館、ローカルのスーパーに行くのも好きですね。お米の品種、水、塩、煮込む時間、蒸らす時間……1つ変えてもガラッと味が変わるから、こだわり出したら”沼"です」
かゆさんが作るおかゆの基本の味つけは、塩のみ。和風出汁やスープの素を使ったこともあったが、水だけで炊いたほうがおいしいと気づいてからは、米、プラス具材1、2種類のおかゆを作ることが増えた。
「具だくさんにするより、そのほうが米と具材、両方のおいしさを味わえるんですよ」

利尻昆布を求めて北海道北部の礼文島へ(写真提供:鈴木かゆさん)
「肌つやつや」おかゆがもたらした暮らしの変化
コロナ禍から約6年。朝のおかゆづくりを続けた結果、かゆさんの暮らしには変化が生まれている。
「朝に温かいものを食べるせいか、暮らしにサイクルが生まれて、昼寝をしなくなり、夜はしっかり寝られるようになってきました。肌もつやつやになり、『おかゆ(お米)に似てる』とよく言われるようになりました(笑)」
それまで自身の体調不良に気づきにくかったが、早い段階で気づけるようにもなったという。
「二日酔いの次の日のしじみ汁って、身体に沁みる感じで、すごくおいしいじゃないですか。あの感覚をおかゆで味わえる日があって、私はそれを『今日のおかゆは決まった!』と表現しています。この感覚を得られたときは、疲れや不調があるときだとわかったので、早めにケアしています」

鈴木かゆさん(写真提供:鈴木かゆさん)
仕事でも大きな変化があった。趣味のおかゆが「仕事」になったのだ。
かゆさんの勤め先は、コロナ禍が落ち着いても在宅勤務のままだった。会社が好きで、人と話すのが好きなかゆさんは「オフィスに行けないなら、会社員でなくてもいいかも」と考えて、独立を決意。自営業のITエンジニアとして働き始めた。
その後、おかゆの活動にも力を入れたいと考え、「お粥研究家」も名乗り始める。
「おかゆの仕事をするために独立したわけじゃなかったんです。でも、こんなにおかゆを作って食べているのに、先に誰かに『お粥研究家』を名乗られたら私は傷つくなと思って覚悟を決めました」
名刺を作り、「お粥研究家」を名乗り始めると、どんどんおかゆ関係の仕事が舞い込み始めた。
「名乗ったら、やりたいことが集まってくる。名刺を作るのは大事だなあと思いましたね。テレビやラジオでやってみたいことを口に出すとご縁がつながるようにもなりました。好きなことばかりさせていただいていて、ありがたいなと思っています」
趣味を仕事に…プロの厳しさを味わった
ただ、「好きを仕事に」したことで、プロフェッショナルの厳しさも味わった。
「自分の好みは別として、一歩引いた客観的な視点でコメントしなければなりませんし、予算や期限もありますから、際限なく試作ができない、使っていい食材が限られているといった制限もある。もっと思い切りやりたいのに、できなくてもどかしい! と思うことはたくさんあります。趣味と仕事の違うところですね」
いまやお粥研究家としての活動は、オリジナルレシピの発信にとどまらない。企業との商品開発、テイスティング、店舗のブランドアドバイザーなど多岐に及ぶ。収入は、お粥研究家の活動だけで会社員時代を上回るようになった。ただ、「だからといって、お粥研究家一本に絞るつもりはまったくない」とかゆさんは言う。
「医療福祉系のシステム開発に関わることが多いのですが、おかゆは漢方や薬膳、介護食、ケアの観点でお手伝いしている領域との親和性が高いんです。おかゆの知識でお役に立てたプロジェクトもあったので、エンジニアの顔、お粥研究家の顔、これからも両方大事にしていきます」
しかし、まったくタイプの違う仕事を同時並行するのは難しそうだ。日によって仕事を分けているのだろうか。
「いえ、”ごった煮”です。ITエンジニアはスピードが求められますが、おかゆの仕事関係の方々はそれに比べると時間の流れ方がゆっくりしています。なので、1日の中で両方の仕事を進めることが自然と気分転換になっているんです。在宅で仕事をしている夫には『エンジニアの時とお粥研究家の時では顔が違うね』と言われます」
3時45分に起床し、15時には仕事を終える生活
かゆさんの朝は早い。3時45分に起床し、早朝に1人でできる仕事を進めて、5時台には24時間のジムへ。自宅に戻って6時半ごろからおかゆを作り、自然光で撮影してから食べる。15時ごろには仕事を終えて、その後はおかゆの調べ物をしたり、好きなことをしたり、飲みに行ったり。ただ、疲れたら無理はしない。
「続かない、と思うことはパッとやめるたちですが、おかゆの活動は絶対にやめたくないので無理はしないようにしています。たとえば、SNSで疲れたなと思ったら、更新を休むこともあります」

おかゆの本がたくさん詰まった本棚。国会図書館や都立図書館でおかゆ関連の書籍や論文、新聞記事なども定期的にチェックする(写真提供:鈴木かゆさん)
いまは、この夏に東京都新島村にオープンする宿の朝食の監修の仕事を進めている。取材時には、3月上旬に開催されるZINEフェスで販売するZINEの制作にも取り組んでいたかゆさん。最後にこれからやってみたいことを聞いた。
「ワンオペ育児や病気の記憶と結びついていて、おかゆはそれほど好きじゃないという方もいらっしゃると思います。でも、おかゆはお米、水、塩と材料がシンプルで、どんな素材も抱き留めてくれる包容力がある。自由で楽しいし、おもしろいし、何よりおいしい! そんなメッセージをいろんなアプローチで、おかゆ好き以外の人にも広く届ける活動を続けていきたいと思っています」
目をキラキラさせて熱っぽく語るその姿は、まるでおかゆの女神か、伝道師のよう。これからも、かゆさんの「おかゆワールド」はますます広がっていくに違いない。
続く後編では、鈴木かゆさんに教えてもらった、誰でも簡単においしく作れるおかゆレシピを紹介する。