全身やけど、失明、片足を失っても...ウクライナ負傷兵たちが失わなかった人間らしさ

全身やけど、失明、片足を失っても...ウクライナ負傷兵たちが失わなかった「人間らしさ」
重度のやけどで障害を負ったイゴールはPTSDに悩む兵士の支援をする(1月29日、キーウ) PHOTOGRAPHS BY TORU YOKOTA
<テクノロジーが戦争の形を変えても、戦争で傷ついた人間を救うのはやはり人間だ>
ウクライナ南東部のザポリージャ州にあるFPV(一人称視点)ドローン(無人機)部隊で研究や開発を行う26歳の女性兵士オリガ・ルカヴィシュ二コワは、戦闘で左目を失った。
オリガは音楽家の母の影響で、4歳からバイオリンとピアノを始めた。5歳でコンサートホールの舞台で演奏した彼女は、リセンコ記念キーウ中等音楽学校に入学、さらに最高峰のキーウ音楽院に進んだ。在学中に数々の国際コンクールで1位を取り、音楽家として将来を期待されていたオリガが大学院生だった2022年2月、ロシア軍のウクライナ侵攻が起きる。
「2月24日の朝、キーウの実家にいると複数の着弾音が響いた。軍に入隊したいと家族にどう伝えればいいか悩んだが、家から一番近い募集事務所に駆け込んで入隊手続きをした」
新兵訓練を終えたオリガは同年5月に東部ルハンスク州の最前線で、軽機関銃や携行式ロケット弾(RPG)の射手として戦った。部隊では女性兵士はオリガ1人という環境だった。13歳から空手とボクシングを始め、極真空手の黒帯を持つ闘志あふれる彼女は男性兵士と肩を並べて任務を担っていた。
ハルキウ州ではロシア陣地から100メートルの距離で戦い、砲弾が隣の塹壕を直撃。意識が回復したオリガは砲弾が雨のように降り注ぐなか、仲間を助けに向かった。
「仲間は土に埋もれていたが、意識があったので『私たちが病院に連れて行くから大丈夫』と励まし続けて運んだ。仲間の1人は頭に被弾していて頭蓋骨から脳がはみ出し、本当に苦しそうだった。救急搬送車にたどり着いた時には亡くなっていた」

「領土分割のままの停戦であってはいけない」とオリガは言う(1月25日、ザポリージャ) PHOTOGRAPHS BY TORU YOKOTA
左目に破片を浴びて
仲間を救出した後、オリガの隠れていた塹壕から1メートルの距離に砲弾が落ちて、彼女自身も脳震盪を起こして体に破片を受けた。軽傷だったこともあり、すぐ部隊に復帰したが、同じ地域で再び惨事に見舞われた。
「車で移動中に地雷が爆発した。その瞬間に意識を失い、昏睡状態に陥ったようだ。左目と身体に破片を浴びて、その1つは頸椎の真ん中に刺さった。一歩間違えていたら大変なことになっていた」と、オリガは言う。
「左目以外にも障害が残るところだったが、日々、鍛えていた筋肉が守ってくれた。今は回復して、週に6回、ボクシングジムでトレーニングをしている」
開戦当初からオリガと共に戦い続ける上官はこう語る。
「オリガは歩兵時代から私の部隊に所属しており、家族のような存在。利己心がなく、素直で目的意識が高い。女性だからといって特別扱いをしないでほしいと言われた。左目を負傷した時は私も一緒にいたが、言葉にできないほど不安になった。彼女の回復後に私がドローン部隊に異動になったタイミングで彼女も一緒に連れてきた」
FPVドローンの開発はオリガにとって前線よりも安全な場所での任務だ。だが時折、再び最前線で戦いたいという気持ちになるという。彼女が借りているアパートの一室には、電子ピアノとギターが置かれている。
負傷後、数カ月間は腕を全く動かせなかったが、今ではようやく楽器を弾けるまでに回復した。戦場の最前線で経験した出来事や、目の前で命を落とした仲間のことを想いながら演奏をする。
「生き残ることが難しい状況下で私は生還できた。でも幸運には限りがあるということも理解している。私にとって、音楽は人生の大部分を占めている。音楽は言葉だけでは伝え切れないことを人々に伝えることができる手段だ」
彼女が奏でるピアノの旋律からは、戦争で体験した悲惨さというメッセージが伝わってきた。
◇ ◇ ◇
ドネツクとザポリージャの取材を終えた私は、キーウ市内で開催されている傷痍軍人向けの俳優育成を目的にしたワークショップを訪れた。
会場の文化センターには老若男女30人ほどが集まっており、2人のベテラン俳優の話に真剣に耳を傾け、そして笑いが起きるというアットホームな雰囲気に包まれていた。ドローンによって殺されることが常態化したウクライナで久しぶりに人間味に触れ、張り詰めていた神経が一気に弛緩するのを感じた。
グループの中に腕や足を失った兵士たちの姿があった。彼らがいま稽古している演目は、ウクライナの古典文学を代表する作品『エネイーダ』だ。
劇団では東洋武術などさまざまな活動も取り入れており、ボランティアの学生たちがサポートしている。

音楽が流れるなか、振付師のオリガが兵士の手を取りダンスを始める(1月29日、キーウ) PHOTOGRAPHS BY TORU YOKOTA
「この劇団は1年前にスタートした。芝居の稽古を始める前に、まずはトレーニングから始めた。参加者の多くは障害を負った退役軍人で、日常生活での体の使い方や転び方など、体をどうやって制御するかというところから学んできた」と、振付師のオリガ・セミョシキナは言う。
「ようやく3カ月前から舞台の準備を始めることができた。今日のワークショップは、国立劇場のプロの俳優たちと経験を共有することが目的だ」
舞台上の動き、喜びや絶望の表現、演出家とのコミュニケーションなどを学ぶが、障害を抱える彼らだからこそ表現できるものがあるという。
あまりに痛ましい火傷姿
夫婦でワークショップに参加するイヴァンは、24年5月にハルキウの前線でロシア軍の滑空爆弾による空爆を受けて左足を失った。あごや額にも破片を受け、脳に近い部位ということもあり手術は困難を極めたという。妻のソロミヤは夫が負傷した当時のことを振り返る。
「それまで頻繁に連絡を取り合っていた彼と6時間以上も連絡が取れなくなった。異常事態が起きたと思い、所属する部隊に連絡を取ったところ、空爆でけがをして病院にいると言われた。5日後に『やあ、俺だよ。命に別条はないけど片足を失った。でも世界最高の義足が手に入るから心配しないで』と連絡があった」

左足を失ったイヴァンは妻ソロミヤの勧めで演劇を始めた(1月29日、キーウ) PHOTOGRAPHS BY TORU YOKOTA
その後、キーウの病院に移され入院生活を送るイヴァンをソロミヤは毎日、献身的に介護した。
「彼のあごが砕けていたのでストローで流動食を取らなければならなかった。膝を切断する可能性があると医師から告げられたが『膝は切断しないで』と反対し、別の病院に移ったことで、結果的に膝を残すことができた」
退院後、イヴァンとソロミヤは結婚した。体が不自由になったことで夫が家に引きこもってしまうことをソロミヤは心配していた。あごの手術を担当した主治医から連絡があり、この劇団を紹介された。夫が難色を示すのではないかと心配したが、劇団に参加することに賛成した。
「左足を失ったことで生活に支障が出たが、私の人生は続いており、妻に対する責任もある。彼女の勧めもあり、リハビリの一環として劇団に参加した。私のような障害を持つ兵士たちに生きる希望を与えられたらと思う」
現在、イヴァンは演劇のほかにも昔からの趣味だったバイク、スノーボードと活動的な日々を送っている。
ワークショップに参加している兵士の中で、頭部にやけどを負ったひときわ目立つ若い兵士の姿があった。これまで負傷して障害を負った多くの兵士を見てきたが、頭部のやけどに加えて全ての指を失っていた彼のあまりにも痛ましい姿に私はカメラを向けることをためらうほどショックを受けた。
現在、27歳のイゴール・パペンコは国境警備隊の教育機関で心理学を学び、国境警備隊の将校として任務に就いていた。ロシアの侵攻後、内務省管轄下でミコライウに派遣された。
「海岸沿いにあった陣地内の建物で休憩中に爆撃を受けて、私の部屋が炎に包まれた。近くの病院に搬送されたが、私は意識を失っていて、より専門的な治療が必要となったのでオデーサの病院へ移された」と、イゴールは言う。「意識が戻った後、一番怖かったのは呼吸ができなかったことだ。喉の内部も激しくやけどを負っていた」
「困った人を助けたい」
オデーサの病院で3カ月間の治療を受けたイゴールは、より専門的な治療とリハビリを受けるためにスペインの病院へ送られた。呼吸機能の回復を目的に2年半にわたり治療を受けたが、あまり効果は得られなかったという。つらいリハビリを支えてくれたのは母親と妹の存在だ。
「事故があった2週間後に母がオデーサの病院に来てくれた。顔を見ることはできなかったが、気丈に振る舞っていた。母と妹はスペインにも同行し、ずっとそばで付き添ってくれた。長くつらい期間を耐えることができたのは家族の支えがあったからだ」
ではなぜ、俳優として演じることに興味を持ったのか?
「以前は演劇や芸術には興味がなかった。でも劇団の監督に会い、彼が『やる気』を与えてくれた。気分が落ち込む時もあるが、リハーサルに来ると参加している皆が素晴らしく、インスピレーションを与えてくれる。落ち込んだ気分も吹き飛ぶ。振付師のオリガは人の強みを見つけて正しい方向へと導いてくれる」
かつて心理学を学んだイゴールは、傷痍軍人向けの支援をしているリハビリ施設「TYTANOVI(タイタノヴィ)」で心理カウンセラーとしての職を得た。キーウ市内にある施設のフィットネスジムで、専属トレーナーと共にリハビリを続けている。
近接するアートセンターにはギターやドラム、DJミキサーがあり、気軽に音楽を楽しめるほか、絵画やアロマセラピーの講座も受講できる。戦争の長期化で負傷し、障害を負う兵士が激増していることもあり、ウクライナの各都市にはこのようなリハビリ施設が増えている。
イゴールは心理学の知識を生かし、戦争で心に傷を負った、いわゆるPTSD(心的外傷後ストレス障害)に悩む兵士向けにカウンセリングに当たっている。
「あなた自身も障害に苦しんでいるのに、なぜカウンセラーに?」と聞くと、「困った人を助けたいからですよ!」と、優しい表情で答えた。その言葉が私の胸に突き刺さる。
ウクライナ戦争は5年目に入った。今年2月の時点でウクライナ軍の戦死者・負傷者は50万人を超え、その数はさらに増加が見込まれる。
今回の取材で出会ったウクライナ兵士の多くは、今年も戦争は続くだろうと語っていた。戦場ではドローンやAI(人工知能)技術が発達している。しかし戦場で重傷を負い、障害を抱えた兵士たちのリハビリや精神的なケアは、最終的には人間にしか担えない。
横田 徹(戦場ジャーナリスト・カメラマン)