NHK朝ドラ「ばけばけ」最終回へ! ひ孫が語る八雲とセツが意思の疎通を図った「ヘルン言葉」と「思い出の記」誕生秘話

■きっかけは、日本の神話の本, ■ ふたりが絶大な信頼を寄せた“西田千太郎”, ■セツが語るのを筆録 , ■ 八雲のいたずら

 NHK連続テレビ小説「ばけばけ」の最終回が迫るなか、小泉セツと文豪・八雲の人生を伝える『セツと八雲』(朝日新書)の著者で、夫妻のひ孫小泉凡さん(64)による講演会が3月19日に東京の朝日カルチャーセンター新宿教室で開かれた。ひ孫ならではの視点で逸話が語られ、浪曲「耳なし芳一」の実演もあり、という賑やかな会になった。

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■きっかけは、日本の神話の本

「1850年、ギリシャ・レフカダ島で生まれ、アイルランド・ダブリンで育ちます。19歳でアメリカに渡り、39歳で来日。54歳で東京で他界します」

 日本に関心を持つきっかけは、20代の頃に米国ニューオーリンズにいたとき、フランス語で紹介された日本の神話の本を読んでいたことだという。八雲はフランス語が堪能だ。

 「出雲神話の概要が掲載されていて、『八雲立つ 出雲八重垣 妻籠みに~』っていう古事記に出てくるスサノオノミコトが詠んだ和歌も、説明がついた上で出ているのですね。さらにはニューオーリンズで万博があって、日本はパビリオンを出していた。そこに通う中でも関心を持ちました」

 いつか出雲に行ってみたいという願いはふくらんだ。雑誌社の特派員として来日する機会を得たが、契約条件をめぐって雑誌社と決別。松江の島根県尋常中学校の英語教師の空きができたので、松江に赴任することができたという。

■きっかけは、日本の神話の本, ■ ふたりが絶大な信頼を寄せた“西田千太郎”, ■セツが語るのを筆録 , ■ 八雲のいたずらNHKで放送中の朝ドラ「ばけばけ」のファンだけでなく、小泉八雲に魅力を感じている人たちで、会場は満席に(撮影/御堂義乗)

 ほどなく小泉セツと出会う。セツは没落士族の娘で、住み込みの世話係となった。英語ができないセツと、日本語が不自由な八雲。ふたりは「ヘルン言葉」といわれる独特なやりとりを通じて、意思の疎通を図った。ヘルン言葉とは、島根県に赴任したとき、県との条約書に「ラフカヂオ・ヘルン」と記されたことに由来するという。

 助詞を省略し、動詞や形容詞の活用はさせず、語順は英語式に。セツも同じような調子で語り合い、ふたりはこのヘルン言葉を駆使して、いつしか法律問題などもわかり合えるようになったという。

 ヘルン言葉の一例として、凡さんは八雲からセツに送った手紙の一文を紹介した。八雲が世を去る1カ月前、最後の夏を静岡・焼津で過ごした時、1904(明治37)年のことだ。

 「スタシオンニ タクサン マツ ノ トキ アリマシタ ナイ」

 「実は『ばけばけ』の主人公のマツノトキっていう名前はここから取られているのですね。つまり、待つの時(ウェイティングタイム)がなかった。これすなわち新橋駅で汽車の待ち時間があまりなかったので、子供にアイスクリーム買ってやれなかった、という意味なのですね」

■ ふたりが絶大な信頼を寄せた“西田千太郎”

■きっかけは、日本の神話の本, ■ ふたりが絶大な信頼を寄せた“西田千太郎”, ■セツが語るのを筆録 , ■ 八雲のいたずら

 そうは言っても、英語を解さぬセツと日本語が不自由な八雲。知り合った当初は、コミュニケーションをとるのも大変だった。そこでふたりが絶大な信頼を寄せたのが西田千太郎という人物だ。尋常中学校の教頭で、英語が堪能。「ばけばけ」では吉沢亮が演じた錦織友一だ。

 「西田と八雲は本当に最強の親友でした。八雲のために力を尽くし、八雲が幸せな日々を送ることができたのは、本当この人のおかげですね。八雲も30回ぐらい西田の家に行ったようです。それから西田は、克明な日記をつけていました。『西田千太郎日記』という本が出版されていますが、190日くらいに渡ってヘルンの名が出ています。西田はけっして見返りを求めない親切な心を持っていて、でも悪いことは悪いと言ってくれるし、本当に素晴らしい人だと絶賛しています」

 いま、松江では西田千太郎の旧居を保存しようという動きが出てきている。

 「地元の町内会と島根大学(准教授)の宮澤文雄さんが中心になって保存活動をしていて、クラウドファンディングでお金が集まっています」

近頃、西田の130回忌の法要も営まれることになり、凡さんも参列したという。

 この大親友への賛辞を、セツはこんな風に記憶している。

「利口と、親切と、よく事を知る、少しも卑怯者の心ありません、私の悪い事、皆いってくれます、本当の男の心、お世辞ありません、と可愛らしいの男です」 

■セツが語るのを筆録 

こうした追憶は、セツによる回想記『思ひ出の記』に織り込まれている。

 「セツが夫との13年8ケ月を回想した記録が『思ひ出の記』です。一昨年にあたる2024年は怪談出版から120年です。八雲晩年の本はセツとの共同制作と言ってもいいような、そのぐらい彼女の役割が大きかった。そういう節目に、セツに光を当てようと僕らは考えていて、新装版として刊行となりました」

 もともとは八雲没後10年に発表された作品だ。

 「三成重敬(みなり・しげゆき)という人が、セツが語るのを筆録したのですけれども、なかなかの人でした。丹念に聞き書きをして出来上がったのが『思ひ出の記』なのです」

 「文章もすごく達意な文体で、この原稿が出来上がった時に長男の小泉一雄がそれを持って坪内逍遥先生のところに見てもらいに行ったんです。読了の知らせを受けて取りに行くと、『妻と共に拝読して感涙しました』と言われたそうです。それでじゃあ自信を持って出そうということになったわけです。おかげさまでセツにしか語れない夫の思い出ということでいい評判をうむようになります」

 新装版『思ひ出の記』はハーベスト出版(松江市)から刊行されている。

■ 八雲のいたずら

■きっかけは、日本の神話の本, ■ ふたりが絶大な信頼を寄せた“西田千太郎”, ■セツが語るのを筆録 , ■ 八雲のいたずら

 講演の後、浪曲師・木村勝千代さんと曲師・広沢美舟さんによる「耳なし芳一」の実演があった。勝千代さんは10歳からこの世界に入っているという大ベテラン。美舟さんの三味線の音色が響くなか、朗々とした声で会場を耳なし芳一の世界に包み込んだ。

 勝千代さんは実演前、驚きを隠せない表情を浮かべながら『セツと八雲』を読んで気づいたことがあると明かした。同書には、小泉八雲が最後に住んだ西大久保の家に引っ越してきた日が、講演日と同じ3月19日とあたるのだ、と。

 しかも、西大久保の家も、この日の会場も、同じ現・新宿区に位置する。凡さんはこの話を聴き、これは偶然ではないだろうと言った。「つまり、八雲のいたずらです」とほほえんだ。「八雲という人は妖精のように稚気に富み、時折、現世の人に思わざることを仕掛けてきます。今回もまた、見えざる力を発揮したのでしょう」

構成・文/木元健二(朝日新聞社)

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