南海フェリー撤退 2時間航路はなぜ競争に勝てなかったのか?――明石海峡大橋が変えた本州~四国ルートとは
巨大橋開通と航路の役割変化
南海電鉄は2028年3月、徳島と和歌山を結ぶ南海フェリー事業から撤退する。明石海峡大橋の開通以降、本州と四国を結ぶ移動の主役は陸路へ移り、2021年度以降は債務超過が続く。
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乗船時間がおよそ「2時間」という条件は、移動手段としては遅く、船旅としては短い中途半端な長さとなった。
利用者は約35万人規模を保っているが、老朽化した船の更新も難しく、事業の維持は限界に達している。
本稿では、巨大橋の開通で役割を失いつつある地域航路の歩みと、地方交通が直面する時間の制約の実態を整理する。
鉄道連絡船としての役割

南海フェリーの甲板(画像:写真AC)
南海フェリーは1975(昭和50)年に発足した、和歌山港~徳島港(61km)を結ぶ短距離航路である。前身の南海汽船の時代を含めると、1956年から約70年にわたり本州と四国を結んできた。
かつては徳島側で国鉄小松島線(1985年廃止)とつながり、南海電鉄と国鉄を結ぶ
「鉄道連絡船」
として、本州四国連絡の主な経路のひとつを担っていた。現在も和歌山港駅と通路で直結し、南海電鉄との連絡運輸を続けている点は、ほかの航路にはない特徴である。
1995(平成7)年度には年間97万人の利用があったが、1998年の明石海峡大橋の開通を機に、関西圏と徳島を結ぶ移動の中心は神戸経由の陸路へ大きく移った。同社は、
・南海電鉄全駅で使える割引乗車船券「好きっぷ」の展開
・日本で初めてとなるタッチ決済による乗り継ぎの導入
・和歌山・徳島両市との連携による利用促進
など、さまざまな手を打ってきた。しかし、2020年度以降は新型コロナウイルスによる利用減少が重なり、2021年度以降は債務超過が続く。2024年度の利用者は約35万人まで落ち込んだ。
現在は2隻で1日8往復を維持しているが、2019年就航の「フェリーあい」に対し、1999年就航の「フェリーかつらぎ」は更新の時期を迎えている。燃料費の高騰と債務超過が重なる中、数十億円にのぼる新造船の費用を自力で確保することは難しい。和歌山・徳島の両県に支援を求めたが、巨額の公費投入への合意は得られず、2028年3月末(前倒しの可能性あり)での撤退を決める直接の理由となった。
筆者の意見

南海フェリーのウェブサイト(画像:南海フェリー)
結論からいえば、南海フェリーは明石海峡大橋の開通時点で、幹線航路としての役割を大きく縮めていた。開通前は関西と四国を結ぶ重要な航路であったが、現在は和歌山県と徳島県を結ぶ地域の移動を補う交通としての性格が強い。
和歌山県と徳島県、両市や関係機関は2009(平成21)年度に「和歌山徳島航路活性化協議会」を立ち上げ、さまざまな取り組みを進めてきたが、旅客の減少は止まっていない。とくにコロナ禍の2020年度には、前年から20万人以上減少した。その後は持ち直しの動きがあるものの、コロナ前の水準には戻っていない。
南海フェリーは旅客とトラックの輸送を担うが、旅客の動きを見ると立ち位置ははっきりしている。国土交通省の「全国幹線純流動調査」によれば、徳島~大阪間はバスが年間102万6000人に対し船は3万9000人にとどまる。一方、徳島~和歌山間ではバスが年間2000人に対し船が6万4000人と逆転している。
関西圏への主な移動はすでに高速バスへ移っており、南海フェリーは地域間の輸送として一定の役割を持つにとどまる。和歌山港に近い関西国際空港への移動でも、高速バスの優位は明らかだ。徳島駅と関西空港を比べると、フェリーは約1000円安いものの、所要時間はほぼ同じで、乗り換えが不要で確実性の高い高速バスが選ばれている。
船旅としての価値でも、2時間という乗船時間は不利に働く。明石海峡大橋と競合するジャンボフェリー(神戸~高松)は、船内設備を整え、4時間の船旅としての魅力を打ち出し、多くの旅客を集めた。一方、2時間では船の時間を楽しむには短く、移動手段としてほかの交通との競争にさらされる。
ではトラック輸送はどうか。時刻表には深夜2時台の便があり、一定の需要があることがうかがえる。国土交通省の「物流センサス」を見ると、徳島~大阪間はトラックが3日で6874tに対し、フェリーは852tにとどまる。これに対し、徳島~和歌山間はトラック473t、フェリー424tとほぼ同水準である。
徳島~大阪間ではトラックが大半を占めるが、フェリーも一定の物流を担っている。ただし、短距離フェリー全体の状況は厳しい。2015年の休憩時間の扱い見直しや、いわゆる2024年問題で長距離フェリーの需要は増えたが、短距離ではその効果は限られる。
国土交通省四国地方整備局は、関西~高松~八幡浜~九州を結ぶフェリー併用の近道で約200km短くなると見ているが、南海フェリーはこの主要な近道に入っていない。このため、役割は地域内の物流に偏りやすい。一定の需要はあるものの、地域の輸送手段の枠を抜け出せていない。
便数を減らして効率を上げる方法もあるが、減便は物流の使い勝手を下げ、さらなる利用減を招く。バスやトラックといった代替手段があることに加え、燃料費や人件費、維持費の増加、船員の確保難を踏まえると、南海フェリーの撤退は避けがたい流れといえる。
筆者への反対意見

南海フェリーからの眺め(画像:写真AC)
一方で、今ある需要だけで要るかどうかを決めるのではなく、幅広い見方が欠かせないとの反論もある。南海フェリーは和歌山と徳島を結ぶ唯一の海上交通であり、地域の経済に与える影響も小さくない。
また広い物流のつながりという観点から見れば、南海フェリーは災害や事故の際に代わりとなる経路を担う重要な基盤でもある。明石海峡大橋の利点ばかりが強調され、
「もし明石海峡大橋の経路が長く止まった場合にどうするのか」
という視点の議論は、ほとんど見えてこない。
阪神・淡路大震災では、止まった東海道・山陽本線を補う回り道として加古川線が役割を果たした。東北大震災では、磐越西線を使い、石油を貨物列車で運んだことも記憶に残る。加古川線も磐越西線も、ふだんは赤字の地方路線である。それでも、つながりの一部として残る意味はある。
もちろん、公共交通は採算だけで評価すべきではないという考えの裏には、自治体の財政の限界や、バスや鉄道など他の交通機関との税負担の公平性という、厳しい現実がある。
特定の航路を維持するために多くの公金を投じれば、地域全体の交通網のバランスを崩す不公平な扱いになりかねない。
それでも求められるのは、安易な廃止ではない。限られた公的資源をどう振り分け、無理なく続けられる形で「社会の保険」を保つのか。そこまで踏み込んだ議論が欠かせない。
また、今も一定の需要がある点は見過ごせない。航路廃止の動きから存続に転じた例として、かつて近鉄と名鉄の傘下にあった伊勢湾フェリーがある。廃止提案の前年である2009(平成21)年度の実績は、南海フェリーと同じく約35万人だった。
現在も利用者数は減り気味ではあるが、2024年度は1億2786万円の黒字を確保している。一定の需要があれば、経営のやり方しだいで存続の余地はあるといえる。
さらに、トラックドライバーにとっては、海上区間を休憩時間に充てられる利点がある。環境面でも、陸路と海路のどちらが二酸化炭素の排出を抑えられるかは明らかだ。旅客輸送でも、短い時間でも船旅を楽しむ需要は確かにある。
南海フェリーには、経営と営業の両面で見直しの余地が残されている。
民間と公共の対立軸

フェリー事業撤退の背景。
南海フェリーをめぐる議論は、採算を重んじる民間の考え方と、代わりの経路を確保するという公の考え方が正面からぶつかる地点にある。2時間という所要時間は、市場での競争では高速バスや大橋に及ばず、収益を得にくい状況を生む。一方で、物流ドライバーの休息や災害時の輸送路として、見過ごせない役割も持つ。本稿で示した
・公的支援の限界
・インフラの多面的な価値
という対立を踏まえると、論点は民間事業として続けるのか、採算を無視して維持するのかという二者択一にとどまらない。短距離航路を、利益を稼ぐ事業として見るのか、それとも広域の交通網を支える仕組みとして位置づけるのかが問われている。
従来の旅客中心の事業には限界があるのは確かだ。しかし、反対意見が示す
「社会の保険」
としての役割も、代わりがきかない現実である。
結局のところ、南海フェリーの撤退判断は、一企業の経営のつまずきにとどまる話ではない。モータリゼーションと巨大橋の整備が進んだ日本において、
「多目的・一般旅客型の短距離フェリー」
という形そのものが役割を終えつつあることを示している。
今後の焦点は、伊勢湾フェリーのように公設民営化や上下分離方式を取り入れ、役割を絞った形へ進むのか、それとも納税者の公平性を重視し、明石海峡大橋という一つの経路に地域の行く末を委ねる判断を受け入れるのかに移る。
今回の事案は、同じように「2時間の壁」を抱える各地のローカル航路にとって、これまでの延長では先が見えないことを示す警告だろう。読者の皆さんはどう考えるだろうか。