EV全振り戦略の死角――ハイブリッド車の「SDV」化は可能か? “負の遺産”を資産に変えるエンジン技術の再設計

EVシフトの一服とHV回帰

 自動車業界を席巻した電気自動車(EV)シフトの熱狂は、いまや一落ち着きを見せている。代わって浮上してきたのが、日本勢のみならず欧米各社によるハイブリッド車(HV)への回帰だ。この背景には、高止まりするバッテリーコストや不十分な充電インフラ、さらには需要の地域格差といった現実的な壁がある。

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 投資家の目も厳しくなった。もはや電動化への幻想は捨て去られ、どれだけ実利を生むかという、投下資本に対するリターンが厳格に問われるフェーズに入ったといえる。

 こうしたなか、メーカーに突きつけられているのは、過去の遺産をどう扱うかという問いだ。これまでエンジン開発に投じてきた膨大な資金や知見を、

「負の遺産」

として切り捨てるのは得策ではない。むしろ、これらをソフトウェア定義車両(SDV)へとつなげるための資源として捉え直し、経営の効率を高めていく。そんな、地に足の着いた判断が求められている。

HVとSDVの融合という課題

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SDVと自動運転/電動化開発の関係(画像:PwC)

 ここで浮かび上がるのは、次世代車両の主役とされるSDVが、HVにおいてどう形を成すか、という問いだ。

 これまでSDVは、その成り立ちからしても、仕組みの単純なEVとの相性が最も良いと目されてきた。対して、エンジンとモーターを巧みに操るHVは、その複雑な機構ゆえにソフトによる更新や一括制御の壁がEVよりずっと高い。

 だが、世界が再びHVを求め始めている以上、エンジン車も含めた

「走るスマホ」

への進化はもはや避けられない。これは各メーカーの生き残りをかけた重い課題だ。ということで、HVをSDVへと変える際の技術的な壁や採算性を整理し、複雑な仕組みを持つからこそ生まれる付加価値という、意外な可能性を探ってみたい。

SDVの基本とEVとの親和性

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SDV以前・以後のビジネス変化(画像:富士通)

 そもそもSDVとは何を指すのか――。

 経済産業省などが「モビリティDX戦略」で掲げるように、

「制御系ソフトウェアをアップデート可能なOTA(無線アップデート)機能を搭載した車両」

である。これまでの車は、エンジンや足回りといった目に見える部品と、それを動かすソフトがわかちがたく結びつき、工場を出た瞬間にその性能が決まっていた。故障でもしない限り、買った後に性能が上がるなどあり得なかったわけだ。SDVはこの当たり前を塗り替え、ハードとソフトを切り離す。物理的な土台はそのままに、中身を書き換えることで、スマホのように走りや安全性を後から高めていく。

 EVがSDVと相性が良いとされる理由は、その仕組みの軽さにある。エンジンを持たずモーターで走るEVは部品が少なく、制御の筋道が立てやすい。電力で全てを賄う構造そのものが、デジタルの論理と重なり合う。テスラが市場で成功したのも、車を極限まで削ぎ落とし、ソフトで機能を広げていく発想があったからだろう。

 ただ、作りが易しいEVはテック企業の参入を招き、激しい安売り合戦に巻き込まれる危うさも抱える。一方で、世界が再びHVに目を向けるなか、懸念されるのはその制御の難しさだ。

 エンジンとモーター、さらには電池や変速機をひとつの生き物のように動かさなければならない。この複雑さが進化の足を引っ張り、日本勢が得意とするHVがデジタル化の波に取り残される恐れも確かにある。だが、考えようによっては、この難解さこそが武器になる。ソフトの力で複雑な機構を使いこなし、使い勝手の良さに変えることができれば、新興勢力には真似できない強みへと変わるはずだ。

HVのSDV化における技術的な壁

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トヨタ・アリーンの開発プロセス(画像:ウーブン・バイ・トヨタ)

 EVの骨組みともいえる「E/Eアーキテクチャ」は、いまや車全体の制御を一手に担う方向へとかじを切っている。電子制御ユニット(ECU)をまとめ上げ、中央で一括管理する「ゾーンアーキテクチャ」への移行が、開発の主流となった。

 一方で、エンジンを積むHVには、特有の難しさがある。ガソリンを燃やす制御と電気の管理を、高い次元で突き合わせなければならないからだ。とりわけエンジンの燃焼制御は、一瞬の遅れも許されない。目に見える物理現象としてのエンジンの動きを、ミリ秒という極小の単位でソフトの命令に同期させる作業は、気の遠くなるような緻密さを要する。

 熱力学的な不確かさを抱えるエンジンを、論理の世界であるソフトの規律に従わせる。その過程で磨かれる車の立ち振る舞いこそが、ブランドの価値を決める源泉となるはずだ。

 もっとも、EVとHVの制御をどちらも追いかけることは、開発現場に重いコストの二重負担を強いる。トヨタ自動車の「アリーン(Arene)」に象徴されるように、高度な車載OSを作りながら、同時に内燃機関も磨き続けるという投資判断は、極めて難しいものだ。EVに全振りする中国勢やテスラに比べれば、このマルチパスウェイ戦略が効率の面で不利なのは間違いない。

 それでも、自前のOSを立ち上げる意義は大きい。将来的にEVや燃料電池車(FCV)まで含めたあらゆる動力源を、ひとつの共通した論理で動かすための土台になるからだ。この共通の基盤をいま固めておくことが、巡り巡って将来の研究開発費を大きく抑えることにつながっていく。

エンジンとAIが生む新たな価値

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SDVレベル(画像:PwC)

 エンジンの制御にAIを掛け合わせることは、他社にはない強みを作るきっかけになる。わかりやすいのが、エネルギーを先読みして管理する手法だ。ナビが示すルートや道のアップダウン、渋滞の予測をAIが読み解き、エンジンとモーターをいつ切り替えるのが最も賢いかを弾き出す。これだけで燃費はぐっと良くなる。

 また、e-fuelのような新しい燃料への対応も面白い。燃料によって燃える癖は違うが、ソフトを書き換えて“燃焼の地図”を更新すれば、すでに街を走っている車でも最新の環境性能を発揮できる。これまでの常識では考えられなかった脱炭素のやり方だ。古い車を使い捨てず、ソフトの力で寿命を延ばしていく。車という資産の価値を守るための、現実的な答えといえるだろう。

 乗り手の好みに合わせた走りの味付けも、ソフトの領分だ。アクセルを踏んだ時の反応やエンジンがかかるタイミングをいじれば、一台の車が時にスポーツカーのように、時に高級セダンのように表情を変える。もはや移動の道具ではなく、体験そのものを売るビジネスだ。

 AIがドライバーひとりひとりの運転の癖を学び、部品が痛まないように動きを制御すれば、中古車としての価値も下がりにくくなる。こうした

「エンジン × AI」

がもたらす恩恵は、仕組みが単純なEVではなかなか味わえない。前述のとおりHVのように複雑で、制御しがいのある仕組みがあって初めて成り立つ価値なのだ。

HVとSDVの経済的な合理性

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グローバルサウスと「西のグローバルサウス」(画像:野村総合研究所)

 HVとSDVを掛け合わせることは、理にかなった経済戦略だ。充電の設備が追いついていないグローバル・サウス(アジア、アフリカ、ラテンアメリカなどに位置する発展途上国や新興国の総称)などの地域では、ソフトの更新を通じて自動運転や最新機能に触れられる環境こそが、人々の暮らしを支える現実的な答えになるはずだ。電気が不安定な場所なら、自ら発電できるHVの強みを生かし、地域全体の電力を補う分散型の電源として役立てる道も開ける。

 環境への負荷を測るライフサイクルアセスメント(LCA)の視点でも、HVの強みは際立つ。エンジンとモーターを併用することで電池の量を抑えられるため、車を作る段階でのCO2排出をEVより小さくできるからだ。特定の国に頼らざるを得ない希少な資源を奪い合うリスクを避けながら、ソフトの力で燃費を極限まで引き上げる。これは、国の経済を守る基盤にもなり得るだろう。

 ソフトでエネルギーの使い方を突き詰めれば、最も無駄のない脱炭素の形が見えてくる。HVをEVまでの

「つなぎ」

と見る向きもあるが、むしろ将来にわたって使い続けられる確かな選択肢として捉え直すべきではないか。

2030年に生き残る条件

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次世代モビリティHV×SDV戦略。

 2030年に向けた競争の軸は、もはやEVかエンジン車か――といった二択の話ではない。SDVが広まるなか、メーカーに問われているのは、複雑な仕組みを抱えたまま、それを知的に操り切る統合の力だ。

 EVへとなだれ込むのではなく、エンジンの熱効率とソフトの知能を掛け合わせた構えを貫く。内燃機関をより完成された姿へと引き上げる進化こそが、欠かせない視点となる。

 生き残りの条件は、エンジンという制御の難しい物理現象を、デジタルの秩序に従わせ、ひとつの優れた体験へとまとめ上げる力にある。ハードの多様さを保ちつつ、ソフトの土台をひとつに束ねた先に、本当の強さが宿るはずだ。

 いくつもの動力源を持ちながらも、ソフトの基盤は共通化し、無線を通じて車を育て続ける。形あるものを作る製造業と、データを使いこなすビジネスを高い次元で両立させたメーカーこそが、先行き不透明な時代を勝ち抜く基盤を手にすることになるだろう。