武田久美子「シングルで育てた娘が、飛び級で医学生に」一度も「勉強しなさい」とは言わなかった、目からウロコの教育法

アメリカ・カリフォルニア州サンディエゴ在住の俳優、タレントの武田久美子さん。1人娘のソフィアさんを育ててきた、シングルマザーとしての顔も待つ。

【写真】姉妹に見える…!「お揃いのレオタード」に身を包んだ母娘 20年前、“ワンオペ育児”に奮闘していた頃の武田久美子さんも

ソフィアさんは高校と大学でそれぞれ1年ずつ飛び級し、19歳で大学を卒業。クリニックでのインターンやボランティア活動を経て、22歳となった2025年から、アメリカのメディカルスクール(医師を養成する4年制の大学院)に在籍している。

「勉強しなさい」と言ったことのない娘が医学生に, 乳幼児期から整えた「生活の型」, 勉強よりも「絶対に譲れなかったこと」, すべてをかけた習い事を「あっさり辞めさせた」ワケ, 反抗期に助けられた「ゴッドマザー」の存在, 「毒」は出させたほうがいい

「友だち親子」では決してないが、娘とは今も一緒に出かけることが多く仲はいい(画像:武田久美子公式インスタグラム @kumikotakedaofficialより)

武田さんによると、ソフィアさんは勉強一筋だったわけではなく、幼少期から本格的にフィギュアスケートに打ち込み、練習漬けの生活を送っていたという。

「娘に勉強しなさいと言ったことは一度もないんですけどね」と武田さんは屈託なく笑う。自身も、29歳から自主的に英会話を学び始め、31歳で渡米するなど、常にチャレンジを続けてきた。そんな武田さんが実践してきた子育てへの向き合い方について聞いた。

【写真を見る】まるで姉妹「お揃いのレオタード」に身を包んだ母娘ショット! 約20年前、“ワンオペ育児”に奮闘していた頃の武田久美子さんも(6枚)

「勉強しなさい」と言ったことのない娘が医学生に

2000年に結婚を機に渡米した武田さん。02年に出産、16年に離婚してからは、シングルマザーとして1人娘・ソフィアさんを育て上げてきた。

そのソフィアさんは高校生のとき、学校側から「もう、やることがない」と告げられ、1年飛び級で卒業することになった。武田さんにとっては、予想外だったという。

「幼い頃からフィギュアスケートに打ち込んでいたので、スポーツで大学の推薦を受けられたらいいなと何となく考えていたんです。娘の成績表はあまり見ていなかったので、そんなことがあるのかと戸惑いました」

ソフィアさんは飛び級で違う州の大学に入学することを希望したが、16歳で親元を離れて寮生活をすることを心配した武田さんは、まずは近所の「コミュニティ・カレッジ(公立の2年制大学)」に通い、そのあと4年制大学に編入することを提案。

すると、ソフィアさんはコミュニティ・カレッジを1年飛び級で修了し、大学に編入。19歳で大学を卒業した。現在は医師を目指し、メディカル・スクールに在籍している。

「勉強しなさい」と言ったことのない娘が医学生に, 乳幼児期から整えた「生活の型」, 勉強よりも「絶対に譲れなかったこと」, すべてをかけた習い事を「あっさり辞めさせた」ワケ, 反抗期に助けられた「ゴッドマザー」の存在, 「毒」は出させたほうがいい

メディカルスクールに入学し、ドクターから白衣を着せてもらったというソフィアさんと(画像:武田久美子公式インスタグラム @kumikotakedaofficialより)

これほどの経歴を聞くと、さぞ教育熱心に育てられたのだろうと感じるが、武田さんの答えは意外なものだった。

「勉強しなさいと言ったことは一度もないんです。私のいちばんの望みは、娘が健康で幸せにいてくれること。勉強に関しては、義務教育を終わらせることが目標で、それ以上は何も望んでいませんでした」

では、ソフィアさんの原動力は何だったのか。武田さんはこう振り返る。

「娘が学ぶことを好きなのは、生まれつきだと思います。私がやってきたのは、小さい頃からとにかくいろんな経験をさせること。娘の負けず嫌いな性格を抑えつけず、興味があることはとことんやらせてきました」

乳幼児期から整えた「生活の型」

「いろいろな経験をさせる」という武田さんの実践は、ソフィアさんが歩き出す前から始まっていた。

「正直に言うと、私自身は公園は大嫌いなんです(笑)。でも、1日2回は必ず連れて行って、太陽の光を浴びさせて目いっぱい遊ばせました。ディズニーランドやレゴランドの年間パスも買っていたし、とにかく外に出て、いろんなものを見せたかった」

自立を促すために、1歳になると同時に1人部屋を与え、1人で眠る習慣をつけた。就寝時間は夜6時半。12時間睡眠を徹底することで、日中は思い切り活動できるリズムを習慣化した。

「勉強しなさい」と言ったことのない娘が医学生に, 乳幼児期から整えた「生活の型」, 勉強よりも「絶対に譲れなかったこと」, すべてをかけた習い事を「あっさり辞めさせた」ワケ, 反抗期に助けられた「ゴッドマザー」の存在, 「毒」は出させたほうがいい

幼少期のソフィアさんと武田さん(画像:武田久美子公式インスタグラム @kumikotakedaofficialより)

しつけの面でも、一貫したスタンスがあったという。

「何か問題が起きたとき、まずは子どもと同じ目線でしゃがんで言い聞かせます。怒鳴ったり、頭ごなしに叱ったりすることはしません。それでも言うことを聞かないときは、『タイムアウト』を取っていました。

アメリカで広く知られている方法で、『この場から離れて、壁に向かって立っていなさい』というものです。どんなに楽しいことをしている最中でも、タイムアウトになったらそこを離れなければならない。注意してもやめないときは、『それ以上するなら、タイムアウトだよ』と警告するんです。小さい頃から繰り返すことで、やってはいけないことがわかるようになっていきました」

勉強よりも「絶対に譲れなかったこと」

また、武田さんが「絶対に譲れない一線」としていたのは、親をバカにする言動だった。

「それを見逃したら、学校の先生も、上司も、社会もバカにするようになる。人様に迷惑をかけることになるので、そこだけは厳しく正していました。娘が私をバカにしたら父親が叱る。父親をバカにしたら『お父さんになんてことを言うの、謝りなさい』と私が叱る。両親が一貫した態度をとるようにしていました」

「子どもに嫌われたくないから叱れない」という親が増えているという声も聞かれる昨今だが、武田さんは「親子は友だちじゃない」と言い切る。

「その気持ちはわかりますが、善悪を教えられるのは親だけです。それがあとになって、子どもを守ることになると思っています」

「子どもの世界を広げたい」という思いは、習い事への取り組み方にも表れていた。

ソフィアさんは2歳半のときにバレエ、3歳からはフィギュアスケートを始めた。とくにフィギュアスケートのレッスン量は、同じ習い事をする子どもたちの2〜3倍。週に何度も早朝4時に起きてリンクへ送迎し、そのあと学校へ送る生活が7年間続いた。

送迎だけでなく、振り付けやジャンプなど各分野のコーチたちのスケジュール管理に、武田さんは追われる日々だったという。

「勉強しなさい」と言ったことのない娘が医学生に, 乳幼児期から整えた「生活の型」, 勉強よりも「絶対に譲れなかったこと」, すべてをかけた習い事を「あっさり辞めさせた」ワケ, 反抗期に助けられた「ゴッドマザー」の存在, 「毒」は出させたほうがいい

実は武田さんも40歳前からバレエを始めた。ソフィアさんとバレエレッスンを受けることも(画像:武田久美子公式インスタグラム @kumikotakedaofficialより)

すべてをかけた習い事を「あっさり辞めさせた」ワケ

習い事に関しては、武田さんのこんな思いがあった。

「学校だけが世界じゃないと、自然に感じてほしかったんです。学校でうまくいかないことがあっても、同じ目標を持った友だちが別の場所にいれば、逃げ場になると思いました」

本人が「スケートに専念したい」と申し出たため、バレエは14歳半で終止符を打った。そして16歳半で、フィギュアスケートに没頭する日々も幕を閉じた。

「ある日突然、娘が早朝4時に起きられなくなったんです。コーチを3人セットアップし、毎朝トータルで200ドルくらいのレッスン代が発生しているのに。正直、最初は怒りましたよ(笑)」

しかし、ソフィアさんが「やめたい」と言ったときは何も言わなかった。

「成長して体型が変化するとジャンプも飛びにくくなっていくし、本人が嫌だと感じたなら、それが答えだと思ったんです。無理やり続けさせても子どもの心には残らない。やりたいという気持ちがあるときにこそ、全力でやらせてあげることに意味があると思います」

結婚生活では、夫は出張が多く、育児はほぼワンオペだった武田さん。なるべく自分の手で育てたいと、ベビーシッターやスクールに預けるのではなく3歳まで自宅保育をしていた。娘を抱きながらトイレに行く間も惜しんで、立ったまま食事をしていた時期もあったという。

そんな中、ソフィアさんが11歳のときに離婚を決意。しかし、打ち明けた際の娘の反応は、意外なものだった。

「第一声で、『私のスケートはどうなるの?』と言われたんです(笑)。だから、何も変わらないよ、パワーアップするよ!って。実際、すぐにコーチを増やしました」

「勉強しなさい」と言ったことのない娘が医学生に, 乳幼児期から整えた「生活の型」, 勉強よりも「絶対に譲れなかったこと」, すべてをかけた習い事を「あっさり辞めさせた」ワケ, 反抗期に助けられた「ゴッドマザー」の存在, 「毒」は出させたほうがいい

すっかり大人の女性に成長したソフィアさん。写真の日は母の日のお祝いをしてくれた(画像:武田久美子公式インスタグラム @kumikotakedaofficialより)

反抗期に助けられた「ゴッドマザー」の存在

武田さんが育児で「いちばん大変だった」と振り返るのが、その後に訪れた反抗期だった。

「娘が12歳から14、5歳の頃は、本当に大変でした。ホルモンバランスの変化もあって、本人にもどうにもならない部分があるんですよね。でも、母親だって人間だから、つらいものはつらいんです」

そこで武田さんが頼ったのが、「ゴッドマザー」という存在だった。アメリカにある習慣で、子どもが生まれたときに、両親に万が一のことがあった際に子どもを託す人物として指名するもの。武田さんは元夫の親友であるアイリーンさんを選んでいた。

「アイリーンに頼んで、娘と話してもらいました。炎天下のモールで3時間、娘と向き合ってくれて。もちろん、それだけで完全に改善することはないのですが、その存在がとても心強く、1人で抱え込まなくてよかったと感謝しています。離婚した後も、アイリーンは何かあると相談する仲です」

「毒」は出させたほうがいい

娘の反抗期を経て、武田さんは「毒は出させたほうがいい」と確信したという。

「思春期にぶつかってくるのは、子どもが親を信頼しているから。抑えつけると、大人になってから“毒”が出てくるかもしれません。社会人になってから無気力になったり、挫折から立ち直れなくなったりすると、すごく困りますよね。スポーツで汗をかかせたほうがいいように、感情も発散させてあげることが大事だと思います」

子育てに奮闘する人たちへ、武田さんはこんな言葉を贈る。

「渦中にいると、この苦労はいつ終わるんだろうと感じるのですが、今振り返ると、子育てはあっという間でした。アメリカでは、妊婦さんを見かけると『エンジョイして!』と声をかけるんです。大変でも、今しか感じられないものがありますから。

余裕のない毎日でも、楽しもうと自分に言い聞かせて乗り切っていくと、意外なほど早く過ぎ去っていくかもしれません。子どもはすぐに大きくなってしまうから、この瞬間を噛み締めてほしいですね」